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2004.10.22

西行(さいぎょう)

落語には、こんな名高い人も登場するんですねえ。この1枚:西行

遍歴の歌人として名高い西行法師。

もとは佐藤兵衛尉憲清という、禁裏警護の北面の武士だった。

染殿の内侍が南禅寺にご参詣あそばされた際、
菜の花畑に蝶が舞っているのをご覧あって、
「蝶(=丁)なれば二つか四つも舞うべきに
一つ舞うとはこれは半なり」
と詠まれたのに対し、
憲清が
「一羽にて千鳥といへる名もあれば
一つ舞うとも蝶は蝶なり」
と御返歌したてまつったのがきっかけで、
絶世の美女、染殿の内侍に恋わずらい。

身分が違うから、
打ち明けることもできず悶々としているうちに、
このことが内侍のお耳に達し、
気の毒に思しめして、
憲清あてに御文をしたためて、
三銭切手を張ってポストに入れてくれた。

「佐藤さん、郵便」というので、
何事ならんと憲清が見ると、夢にまで見た内侍の御文。

喜んで開けてみると、隠し文(暗号)らしく、
「この世にては逢はず、
あの世にても逢はず、
三世過ぎて後、
天に花咲き地に実り、
人間絶えし後、
西方弥陀の浄土で我を待つべし、
あなかしこ」
とある。

「はて、この意味は」
と思い巡らしたが、
さすがに憲清、たちまち謎を解く。

この世にては逢わずというから、
今夜は逢われないということ、
あの世は明の夜だから明日の晩もダメ。

三世過ぎて後だから四日目の晩、
天に花咲きだから、星の出る項。
地に実は、草木も露を含んだ深夜。
人間絶えし後は丑三ツ時。

西方浄土は、西の方角にある阿弥陀堂で待っていろ
ということだろう、と気づいた。

ところが憲清、待ちくたびれてついまどろんでしまう。

そこへ内侍が現れ
「我なれば鶏鳴くまでも待つべきに
思はねばこそまどろみにけり」
と詠んで帰ろうとした途端に
憲清、危うく目を覚まし、
「宵は待ち夜中は恨み暁は
夢にや見んとしばしまどろむ」
と返した。

これで内侍の機嫌が直り、
夜明けまで逢瀬を重ねて、
翌朝別れる時に憲清が、
「またの逢瀬は」と尋ねると
内侍は
「阿漕(あこぎ)であろう」
と袖を払ってお帰り。

さあ憲清、阿漕という言葉の意味がどうしてもわからない。

歌道をもって少しは人に知られた自分が、
歌の言葉がわからないとは残念至極と、
一念発起して武門を捨て歌の修行に出ようと、
その場で髪をおろして西行と改名。

諸国修行の道すがら、伊勢の国で木陰に腰を下ろしていると、
向こうから来た馬子が、
「ハイハイドーッ。さんざん前宿で食らやアがって。
本当にワレがような阿漕な奴はねえぞ」。

これを聞いた西行、
はっと思って馬子にその意味を尋ねると、
「ナニ、この馬でがす。前の宿揚で豆を食らっておきながら、
まだ二宿も行かねえのにまた食いたがるだ」

「あ、してみると、二度目の時が阿漕かしらん」

【うんちく】

阿漕って?

阿漕とは、
 伊勢の海阿漕(あこぎ)が浦に
 ひく網も度重なれば人もこそ知れ
という古今六帖の古歌から。

阿漕ケ浦は、
今の三重県津市南部の海岸。

伊勢神宮に供える魚を捕るため、
一般には禁漁地でした。

内侍って?

内侍は、
禁断の恋も、
しつこいのはお互いに身の破滅よ、
と歌によそえてぴしゃりと言い渡したわけです。

馬子は、
だから歌を介して発生した
「アコギ=欲深でしつこい」という語意で、
馬を罵っているのですが、
西行先生、
「豆」が女陰の隠語ということだけが頭に浮かんで、
「二回もさせたげたのに、未練な男ね」
と怒ったのかと、
即物的な解釈をしたわけです。

このあたりが落語の機微で、
歌をひねくりまわしているうちに
いつの間にかエロ噺と化しているのですね。

セックスといえども、
大らかなウィットの衣で包み込むセンスは、
ぜひ見習いたいものですね。

染殿の内侍は1118年生まれの
西行とは200歳ほども「年上」。

おすすめは?

この噺、
「柳亭痴楽はイイオトコ」の
痴楽がたまに演じていました。

おすすめCD西行

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