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2004.10.31

反対車(はんたいぐるま)  

威勢はいいのですが、ここまでそそっかしいのはいかがなものか……。

人力車が盛んに走っていた明治のころ。

車屋といえば、
金モールの縫い取りの帽子に
きりりとしたパッチとくれば速そうに見えるが、
さるだんなが不運にも声を掛けられた車屋は、
枯れた葱の尻尾のようなパッチ、
色の褪めた饅頭笠と、
どうもあまり冴えない。

「上野の停車場までやってくれ」
と言うと、
「言い値じゃ乗りますまい」
「言い値でいいよ」
「じゃ十五円」

十五円あれば、
吉原で一晩豪遊できた時分。

「馬鹿野郎、神田から上野まで十五円で乗る奴がどこにいる」

勝手に値切ってくれと言うから、
「三十銭」
「ようがしょう」
といきなり下げた。

それにしても車の汚いこと。
臭いと思ったら、
「昨日まで豚を運搬していて、
人を乗せるのはお客さんが始めてだ」
と抜かす。

座布団はないわ、
梶棒を上げすぎて客を落っことしそうになるわ。

おまけに提灯は
お稲荷さまの奉納提灯をかっぱらってきたもの。

どうでもいいが、やけに遅い。

若い車屋ばかりか、
年寄りの車にも抜かれる始末。

「あたしは心臓病で、
走ると心臓が破裂するって医者に言われてますんで。
もし破裂したら、死骸を引き取っておくんなさい」
と言い出したから、だんなはあきれ返って、
「二十銭やるからここでいい」
と言うと、
「決めだから三十銭おくんなさい」
と図々しい。

「まだ万世橋も渡っていない」と文句を言うと
「それじゃ上野まで行きますが、
明後日の夕方には着くでしょう」

だんなはとうとう降参して、
三十銭でお引き取り願う。

次に見つけた車屋は、
人間には抜かれたことがない
と威勢がいい。

それはいいが、
乗らないうちに「アラヨッ」と走りだす。

飛ばしすぎてこっちの首が落っこちそう。

しょっちゅうジャンプするので、
生きた心地がない。

走りだしたら止まらない
と言うから、
観念して目をつぶると、
どこかの土手へ出てやっとストップ。

見慣れないので、
「どこだ」
と聞いたら
埼玉県の川口。

「冗談じゃねえ。
上野まで行くのに、こんなとこへ来てどうするんだ」

しかたなく引き返させると、
また超特急。

腹が減って目がくらむので、
川があったら教えてくれ
と言う。

汽車を追い抜いてようやく止まったので、
命拾いした
と、値を聞くと十円。

最初に決めなかったのが悪かったと、
渋々出したが、
「見慣れない停車場だな」
「へい、川崎で」

また通り越した。

ようやく上野に戻ったら午前三時。

「それじゃ、終列車は出ちまった」
「なあに、一番列車には間に合います」

【うんちく】

人力車あれこれ

明治3年、和泉要助ら三人が製造の官許を得て、
初お目見えしたのは明治八年でした。
車輪は当初は木製でしたが、後には鉄製、
さらにゴム製になりました。

登場間もない明治初年には、
運賃は一里につき一朱。
車夫は駕籠屋からの転向組がほとんど。
ただし、雲助のように酒手をせびることは
明治政府により禁止されました。
明治十年代までは、二人乗りの
「相乗車」もあったようです。

落語家も売れっ子や大看板になると、
それぞれお抱えの車夫を雇い、
人気者だった明治の爆笑王・
初代三遊亭円遊の抱え車夫が、
あまりのハードスケジュールに、
血を吐いて倒れたというエピソードもあります。

全盛時は全国で三万台以上を数え、
東南アジアにも「リキシャ」の名で輸出されましたが、
大正十二年の関東大震災以後、
自動車の時代の到来とともに
急激にその姿を消しました。

「車屋の……」

この噺の本家は大阪落語の「いらち車」ですが、
大正初期には、六代目立川談志(1888~1952)が
「反対車」で売れに売れました。
住んでいた駒込辺りで、「人力車の・・・・」と
言いかければ、すぐ家が知れたほど。

で、ついた異名がそのものずばり「車屋の談志」。
その談志も、人力車の衰退後は
不遇な晩年だったといいます。

昭和初期には、七代目林家正蔵の十八番でした。
現橘家円蔵のも、若手の月の家円鏡時代から、
漫画的なナンセンスで定評があります。

客が二人目の車屋に連れて行かれる先は、
演者によって大森、赤羽などさまざまで、
「青森」というのもありました。

人力車の噺いろいろ

人力車は明治の文明開化の象徴。
それを当て込んでか、

勘当された若旦那が車夫になる「素人人力」、
貧しい車屋の悲喜劇を描く「大豆粉のぼた餅」、
初代三遊亭円左の古い速記が残る怪談「幽霊車」

など、多くの新作がものされましたが、
今では「反対車」のほかはすべてすたれました。

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