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2004.10.22

火焔太鼓(かえんだいこ) 

だまし絵のようなおかしさが魅力ですね。 この1枚:火焔太鼓

道具屋の甚兵衛は、
女房と少し頭の弱い甥の定吉の三人暮らしだが、
お人好しで気が小さいので、商売はまるでダメ。

おまけに恐妻家で、
しっかり者のかみさんに、
毎日尻をたたかれ通し。

今日もかみさんに、
市で汚い太鼓を買ってきたというので小言を食っている。

なにせ甚兵衛の仕入れの「実績」が、
清盛のしびんだの、
清少納言のおまるだの
「立派」な代物ばかりだから、
かみさんの怒るのも無理はない。

それでも、
買ってきちまったものは仕方がないと、
定吉にハタキをかけさせてみると、
ホコリが出るわ出るわ、
出尽くしたら太鼓がなくなってしまいそうなほど。

調子に乗って
定吉がドンドコドンドコやると、
やたらと大きな音がする。

それを聞きつけたか、
赤井御門守(あかいごもんのかみ)の家臣らしい
身なりのいい侍が
「コレ、太鼓を打ったのはその方の宅か」

「今、殿さまがお駕籠でお通りになって、
太鼓の音がお耳に入り、
ぜひ見たいと仰せられるから、
すぐに屋敷に持参いたせ」
と言う。

最初は
どんなお咎めがあるかとビビっていた甚兵衛、
お買い上げになるらしいとわかってにわかに得意満面。

ところがかみさんに
「ふん。そんな太鼓が売れると思うのかい。
こんなに汚いのを持ってってごらん。
お大名は気が短いから、
『かようなむさいものを持って参った道具屋。当分帰すな』
てんで、
庭の松の木へでも縛られちゃうよ」
と脅かされ、
どうせそんな太鼓はほかに売れっこないんだから、
元値の一分で押しつけてこいと家を追い出される。

さすがに心配になった甚兵衛、
震えながらお屋敷に着くと、
さっきの侍が出てきて
「太鼓を殿にお目にかけるから、
暫時そこで控えておれ」

今にも侍が出てきて
「かようなむさい太鼓を」
ときたら、
風のようにさっと逃げだそうと、
びくびくしながら身構えていると、
意外や意外、
殿様がえらくお気に召して、
三百両の値がついた。

聞けば
「あれは火焔太鼓といい、
国宝級の品」
というからまたびっくり。

甚兵衛感激のあまり、
百五十両まで数えると泣きだしてしまう。

興奮して家に飛んで帰ると、
早速かみさんに五十両ずつたたきつける。

「それ二百五十両だ」
「あァらま、お前さん商売がうまい」
「うそつきゃあがれ、こんちくしょうめ。それ、三百両だ」
「あァら、ちょいと水一ぱい」
「ざまあみゃあがれ。オレもそこで水をのんだ」
「まあ、おまえさん、たいへんに儲かるねェ」
「うん、音のするもんに限ラァ。おらァこんだ半鐘(はんしょう)を買ってくる」
「半鐘? いけないよ。おジャンになるから」

【うんちく】

おジャン

オチの「おジャン」は江戸ことばで
「フイになる」こと。
江戸名物の火事の際、鎮火すると
ゆるく「ジャン、ジャン」と、
二度打って知らせたことから、
「終わり」の意味がついたものです。

戦後この噺を専売にしていた
五代目古今亭志ん生が前座時分、
神田の白梅で聞き覚えた
初代三遊亭遊三の演出では、実際に
半鐘を買ってしまい、
小僧に叩かせたので、
近所の者が店に乱入、
道具はメチャメチャで
儲けが本当におジャンという
「悲劇」に終わっています。

この噺は随所にギャグ満載で、
「本物の火焔太鼓は高さ3mを
超える化太鼓だから、とても
持ち運びなどできない」
という真っ当な批判など
鼻で吹き飛ばすような面白さがあります。

実際、長男の先代馬生が
そのことを言うと、
志ん生は、
「だからてめえの噺はダメなんだ!」
と、しかったといいます。

二男の志ん朝は、
甚兵衛の人間描写・心理も掘り下げ、
軽快さと登場人物の存在感では
親父まさりの「火焔太鼓」に仕上げ、残しました。

現在、音源は、志ん生のほかには
志ん朝、十代目文治、現・橘家円蔵
などのものがあります。

火焔太鼓の急所

最後の、甚兵衛がこれでもかと
金をたたきつけ、神さんが逆に
ひっくり返るところがクライ
マックスでしょう。

志ん生独自の掛け合いの面白さ。

「それ百両だ」「あーら、ちょいと」
「それ百五十両だ」「あーら、ま」

畳み掛けるイキは無類。
志ん朝だと序幕で神さんの横暴さを
十分に強調してありますから、
この場は、何年も耐えに
耐えてきた甚兵衛のうっぷんが
一気に爆発するようなカタルシスがあります。

火焔太鼓のギャグ

まだまだ無数にあります。
まずは一度聞いてみてください。

その1

(太兵衛=甚兵衛)
「金は、フンドシにくるんで」
(侍)
「天下の通用金を褌にくるむ
やつがあるか」
(太)
「どっちも金です」(①遊三)

その2
(甚兵衛)
「この目を見なさい。馬鹿な
目でしょう。これはバカメと
いって、おつけの実にしか
ならない」(⑤志ん生)

その3

(甚兵衛)
「顔をごらんなさい。ばかな顔してるでしょ。あれはバカガオ
といって、夏ンなると咲いたりなんかすンですよ」(③志ん朝)

その4

(かみさん)
「おまいさんはね、人間があんにゃもんにゃなんだから、自分てえもの
を考えなくちゃいけないよ。血のめぐりが悪いんだから、人間が少し足りないんだからって」(⑤志ん生)

【コラム 古木優】

五代目古今亭志ん生が、
神田白梅亭で初代三遊亭遊三のやった「火焔太鼓」を聞いたのは、
明治40年ごろのこと。

前座なりたてのころだったらしい。

それから約30年後、
志ん生はじっくり練り直した「火焔太鼓」を演じる。

世評を喝采させて不朽の名作に仕立て上げてしまった。

とはいえ、全編にくすぐりをてんこ盛りにした噺にすぎない。

噺の大筋は遊三のと変わっていないのだが。

海賀変哲は、
この噺を「全く以ってくだらないお笑いです」と評している。

遊三の専売だったそうだ。

遊三のは、
太鼓でもうけたあとに半鐘を買ってきて小僧がジャンジャン鳴らしたら、
近所の人が火事と間違えて店に乱入。

飾ってあった道具はめちゃくちゃに。

「ドンと占めた太鼓のもうけが半鐘でおジャンになった」
というオチになっている。

五代目桂文楽は、
火事のくだりで、懐からおもちゃのまといを取り出して振るという所作をしてたそうだ。

大正のころ。

うーん、こんな芸で受けたのだろうか。

志ん生のは、金を差し出してかみさんを驚き喜ばせるくだりで
笑いがピークに達したところで、
すーっと落とす筋の運び。

見事に洗練されている。

遊三のでは、甚兵衛ではなく銀座の太兵衛。

お殿さまは赤井御門守、
侍は平平平平(ひらたいらへっぺい)。

落語世界ではお決まりの面々だ。

それを、志ん生は甚兵衛以外名なしで通した。

おそらく、筋をしっかり聞いてほしいというたくらみからだったのだろう。

リアリティーなどどうでもいいのだ、
この噺には。

火焔太鼓とは、舞楽に使うもの。

太鼓の周りが火焔の文様で施されている。

一般に、面の直径は6尺3寸(約2メートル)という。

まあ、庶民には縁のなさそうな代物だ。

志ん生の長男・金原亭馬生が
「火焔太鼓ってのは風呂敷で持っていけるようなものじゃないよ、おとっつぁん」
と詰め寄ったという逸話が残っている。

遊三の「火焔太鼓」でも、
太兵衛は風呂敷でお屋敷に持参している。

志ん生は遊三をなぞっているわけだから、当然だ。

考証や詮索にうつつを抜かしすぎると、
野暮になるのが落語というもの。

リアリティーを出すために太鼓を大八車に載せては、
それこそおジャンだ。

この噺の眼目は、別のところにあるのだから。

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