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2004.10.23

妾馬(めかうま)

妾馬

落語でお大名といったら、この人ですね。

丸の内に上屋敷を持つ大名
赤井御門守(あかいごもんのかみ)。

正室にも側室にも子供が生まれず、
このままでは家が絶えるというので、
この際身分は問わず、よさそうな女を見つけて妾にしようと、
町屋まで物色している。

たまたま、好みの町娘が味噌漉を下げて、
路地裏に入っていくのを駕籠の中から認め、
早速家来をやって、大家に話させる。

すぐに、娘はその裏長屋住まいで名はお鶴、
今年十七で、母親と兄の職人・八五郎の三人暮らしと知れた。

大家は名誉なことだと喜び、
お鶴は美人の上利口者だから、
何とか話をまとめて出世させてやろうと、
すぐに八五郎の長屋へ。

出てきた母親にお鶴の一件を
話して聞かせると大喜び。

兄貴の八五郎には、大家が直接話をする。

その八五郎、
大家に、お屋敷奉公が決まれば、
百両は支度金が頂けると聞き、びっくり仰天。

こうなると欲の皮を突っぱらかして二百両にしてもらい、
めでたくお鶴はお屋敷へ。

兄貴の方は、持ちつけない大金を持ったので、
あちこちで遊び散らし、結局スッカラカン。
面目ないと長屋にも帰れない。

一方、お鶴、
殿さまのお手がついて間もなく懐妊し、
月満ちてお世継ぎを出産。

にわかに
「お鶴の方さま」「お部屋さま」と大出世。

兄思いで利口者だから、
殿さまに甘えて、
一度兄にお目見えを
と、ねだる。

お許しが出て、
早速長屋に使いがきたが、
肝心の八五郎は行方知れず。

やっと見つけ出し、
一文なしなので着物も全部大家が貸し与え、
御前へ出たら言葉をていねいにしろ。

何でも頭へ「お」、
尻に「たてまつる」をつければ
それらしくなると教えて送りだす。

さて、いよいよご対面。

側用人の三太夫が、
どたまを下げいのしっしっだのと、うるさいこと。

殿さまがお鶴を伴って現れ、
「鶴の兄八五郎とはその方か」
と声をかけてもあがって声が出ない。

「これ、即答をぶて」
と言うのを「そっぽをぶて」と聞き違え、
いきなり三太夫のおつむをポカリ。

「えー、おわたくしはお八五郎さまで、
このたびはお妹のアマっちょが
餓鬼をひりだしたてまつりまして」
と始めた。

殿さまは面白がり
「今日は無礼講であるから、
朋友に申すごとく遠慮のう申せ」

ざっくばらんにやっていいと聞いて、
安心した八五郎、
今度は調子に乗って言いたい放題。

まっぴらごめんねえ
とあぐらをかき
「なあ、三ちゃん」

はてはお女中を
「婆さん」などと始めたから、
三太夫カリカリ。

殿さまは一向気に掛けず、酒を勧める。

八、酔っぱらうとお鶴を見つけ、
感極まって
「おめえがそう立派になってくれたって聞けば、
婆さん、喜んで泣きゃあがるだろう。
おい、殿さましくじんなよ。
……すいませんね。
こいつは気立てがやさしいいい女です。
末永くかわいがってやっておくんなさい」
と、しんみり。

最後に景気直しだと都々逸をうなる。

「この酒を止めちゃいやだよ酔わしておくれ、
まさか素面じゃ言いにくい、
なんてなぁどうでえ殿公」

「これっ、ひかえろ」
「いや、面白いやつ。召し抱えてつかわせ」
というわけでツルの一声、
八五郎が侍に出世するという、おめでたい一席。

【うんちく】

演題

「めかう(ん)ま}と読みます。
本来は(下)があって、
侍に取り立てられた八五郎が、
殿様に使者を申しつかり、
乗り慣れぬ馬に乗って暴走。

必死にしがみついているところで、
「そのように急いでいずれへおいでなさる?」
「行く先は、馬に聞いてくれ」
とサゲます。

緻密に演じると、一時間近くは
かかろうという大ネタで、
明治大正の名人・四代目円蔵なども
屋敷の表門で八が門番と
珍問答するあたりで切っていました。

もちろん眼目は大詰めで、
べろべろになった八だけの
一人芝居のような長台詞のうちに
その場の光景、
その場にいない母親の姿などを
ありあり浮かび上がらせる
大真打の腕の見せ場です。

五代目志ん生は全体に
ごくあっさり演じていましたが、
六代目円生は胃にもたれるほど
すべての場面をたっぷりと、
そして志ん朝は、前半を
思い切ってカットし、
最後の酔態で悲痛なほど、
肉親の情愛と絆を
浮き彫りにする演出でした。

音源はやはり志ん生、円生が
ほとんどで、変わったところは
志ん生・馬生の
親子リレー版もあります。

残念ながら、志ん朝の音源は
今のところ未発売です。

はなしと芝居1

「妾馬」で思い出すのが
歌舞伎の「魚屋宗五郎」。
河竹黙阿弥の傑作です。

酒に酔って殿様の面前で
言いたい放題くだをまくのは
共通していますが、
こちらは悲劇で、
旗本の屋敷奉公にあがった妹が
こともあろうに無実の罪で
お手討ちになったくやしさに、
一本気な宗五郎が、
やけ酒の勢いで
屋敷に暴れ込み、
斬られるのを覚悟で
洗いざらい恨み言をぶちまけます。

おめでたい「妾馬」とは違って、
弱者の精一杯の抵抗と抗議が
観客の胸を打ちますが、
殿様の「ゆるせ」のたった一言で
へなへなになってしまいます。

悲劇と喜劇(?)の違いこそあれ、
権力者に頭をなでられれば、
すぐ猫のように大人しくなる
下層民のメンタリティは
八五郎にも共通しているのでしょう。

松竹映画「運がよけりゃ」(1966)で
賠償千恵子扮するおつるは、
恋仲の百姓の若者への思いを
貫くため、敢然と殿様のお召しを
はねつけ、長屋一同もそれを
応援しますが、
少なくとも江戸時代には、
そのようなことは、
天地がひっくりかえっても
ありえなかったでしょう。

はなしと芝居2

四代目小さんの聞き書きによると、
「妾馬」は昔、「御座り奉る」
という名題で、歌舞伎で
上演されたことがあるそうです。

そのほか、劇化された落語に、
「大山まいり」「祇園会」
「三軒長屋」「締め込み」
「粗忽の使者」「らくだ」
「ちきり伊勢屋」
とあり、現在も上演されるものに
「芝浜」「文七元結」
があります。
むろん、円朝の
怪談ものなどは別です。

「大山まいり」「らくだ」は
ともに岡鬼太郎脚本で、それぞれ
「坊主烏賊」「眠駱駝物語」
の名題。

「大山まいり」(「坊主烏賊」)
は初代中村吉右衛門、
「祇園会」「芝浜」「文七元結」
は六代目尾上菊五郎、
「三軒長屋」は
七代目松本幸四郎・十五代目市村羽左衛門

と、いずれも名優が主演しています。
ただし、

「どうも道具立てがどっさりで、落語
から芝居にしたものは、妙にみんな
面白くありませんな」。
(安藤鶴夫「四代目小さん・聞書」)

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