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2004.11.15

垂乳根(たらちね)

たらちね

おとしばなしの代表格。こんなお笑い、いまどきと思っても笑っちゃうかも。

長屋でただ一人の独り者の八五郎のところに、
大家が縁談を持ちかけてきた。

年は十九で、
近所の医者の姪だという。

器量は十人並み以上、
夏冬の着物もそろえているという、
まことに結構な話。

結構すぎて眉唾なくらい。

「そんな女が、あっしのような男のところへ来るわけがない。
なんか、疵でもあるんじゃないですか」

「ないと言いたいが、
たった一つだけある」

もとは京の名家の出で、
言葉が女房言葉。

馬鹿丁寧すぎてまるきりわからないという。

この間も、
目に小石が入った時
「ケサハドフウハゲシュウシテ、ショウシャガンニュウス」
つまり
「今朝は怒風激しゅうして、小砂眼入す」
と、のたもうたそうな。

そんなことはなんでもない
と八五郎がOKしたので、
その日のうちに祝言となった。

なるほど美人なので、八五郎は大喜びだが、
いざ話す段になると、これが相当なもの。

名を聞くと
「そも我が父は京都の産にして
姓は安藤
名は慶三
あざなを五光、
母は千代女と申せしが、
わが母三十三歳の折、
ある夜丹頂の鶴の夢を見て
はらめるがゆえに、
たらちねの胎内を出でしときは
鶴女と申せしがそれは幼名、
成長の後これを改め清女と
申しはべるなぁりいー」

「ナアムミョウ、チーン、
ご親類の方からご焼香を」

これではかみ合わない。

ネギが一文字草、
米はしらげ
と、通訳がいるくらい。

朝起きれば起きたで
「アーラ、わが君、
しらげのありかはいずこなりや」

頼むから、
そのアーラワガキミてえのはやめてくれ
と言っているところへ、葱屋がやって来た。

「こーれ、門前に市をなすあきんど、
一文字草を朝げのため買い求めるゆえ、
門の敷居に控えておれ」

「へへへー」

ようやく味噌汁ができたが、
「アーラわが君。
日も東天に出御ましまさば、
うがい手水に身を清め、
神前仏前へ燈灯(みあかし)を備え、
御飯も冷飯に相なり候へば、
早く召し上がって然るべう存じたてまつる、恐惶謹言」

「飯を食うのが恐惶謹言なら、
酒ならよって(=酔って)件の如しか」

【うんちく】

女房言葉

宮中の女官が用いた言葉です。
代表的なものに「かもじ」=髪、「いしいし」=
団子、「おすもじ」=寿司、「うちまき」=米、
「あか」=小豆、「こもじ」=鯉、「しゃもじ」=
杓子などがあります。

たらちね

垂乳根と書き、「母」に掛かる枕詞です。
父の枕詞は「たらちを(垂乳男)」です。

東西の演出

大阪の「延陽伯」が東京に移されたものです。
大阪では、女は武家娘という設定なので、
漢語をやたらに使いますが、
東京では京女ということで、女房ことばや
京ことばを使うことになっています。

求む!暗号(?)解読

明治27年4月の「百花園」誌上に掲載された
四代目橘家円喬の速記では、女の珍言葉の部分が
さらに長く、

「天は梵天地は奈落比翼連理とどこまでも・・・・」

などとありますが、まったく解読不能なのが、

「せんにせんだんにあって是を学ばざれば
 金たらんと欲す」(原文通り) 

というフレーズです。どなたか、博識な方で意味の
お分かりになる方がおられましたら、当サイトまで
お知らせ頂ければ幸いです。

続編「つる女」

大阪では、「つる女」という「たらちね」の
後日談があります。今はもう、誰も演じ手は
ないようですが。

なかなか言葉が普通にならない細君が、大家の
夫婦喧嘩の仲裁に入り、

「御内儀には白髪秋風になびかせたまう御身にて、
嫉妬に狂乱したまうは、省みて恥ずかしゅうは
思し召されずや。早々にお静まりあってしかるべく
存じたてまつる」

とケムに巻き、火を消します。

「どないして急にピタリと治まったんやろ?」
「つる(鶴女=東京の清女)の一声」。

おすすめCDたらちね

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落語のあらすじ 」カテゴリの記事

コメント

"せんだん"は、Netで調べると栴檀って木を、江戸城西の丸を造営する時献上された、、などという記述を見つけました。
http://www.pref.tottori.jp/kids/yomimono/text/mottottori_t.html

何か関係あるかもしれませんね。
漢文と江戸に詳しい方、お願いしまーす

投稿: 茶ネコ | 2005.09.17 07:29

茶ネコさま、貴重なご教示どうもありがとうございました。

この「格言」、漢文としてもまったく構文の体をなさず、
支離滅裂なので、速記する際の聞き取り間違いかとも思いますが、
恐らく、はっきりした答えは出ないでしょうね。

投稿: たか | 2005.09.18 10:50

「延陽伯」を見ますと新妻が来訪しての挨拶の部分ですから、通常の儀礼と勘案して見ますと、「何ぶん(私は)ふつつか者ですがよろしくお願いします」のような場面です。
後半の「是れ学ばざれば金たらんと欲す」は「金たり」を「勤たり」の誤写(あるいは借字)と見て、「学んでおりませんので(ふつつかですので)勤勉にお仕えしようと思います」という意味では無いでしょうか。
前半の「せんにせんだんにあって」は「延陽伯」では「せんぎょくせんだんにいって」となっており「せんぎょく」は自称の「賤妾」の転、「せんだん」も自らが居たところを意味するのかも知れません。

投稿: 落ちこぼれ古典教師 | 2006.02.26 23:33

上記追加になります。さらに考えました。
「せんだんにあって」の「せんだん」は「せんたん」の転としますと、「浅短」がぴったりです。これは「浅はかで不十分なさま」の意ですから、
「せんだんにあって…」以下は「浅短にあって是れ学ばざれば勤たらんと欲す」となり、「ふつつかで無学でありますので(せめて)勤勉にお仕えしようと思います」の意ですっきり通ります。
「せんに」=「せんぎょく」の部分は「せんじつ」になっている噺もあるようですが「せんしょう」(歴史的かなづかいでは「せんせふ」)の転と考えると「賤妾」(妻の夫に対する謙称)があてはまり、「わたくしは」の意になります。

投稿: おちこぼれ古典教師 | 2006.02.27 21:29

「おちこぼれ古典教師」さま

ご教示、心より御礼申し上げます。
不明にして、「せんぎょくせんだんに」の例は
存じませんでした。

お説の通り、「せん」に、それぞれ「賎」「浅」を当てれば、
辻褄が合ってきますね。
「浅短にあって」だとすれば、文法的には本来は「浅短にして」
であったのかもしれません。

「賤妾、浅短にして」(あるいは「賤、性、短慮にして」?)」ならば、
なるほど、前半は何となく分かりそうです。

ところで、先にご指摘頂いた「勤たり」という形容動詞につき、
通常の古語辞典には載っていませんが、
これは語彙としては普通に存在したものなのでしょうか?
再々のご教示を賜れば幸いです。


投稿: たか | 2006.02.28 09:05

たか様
ご指摘ありがとうございます。
落語はTV・ラジオで楽しむ程度で深く研究しているわけではありませんが、このページがふと目にとまり、ちょっと興味をそそられた次第です。
手持ちの資料もないため、ネット上で検索したところ、該当箇所を載せるページとして、

http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakugo56.htm

があり、そこに「せんぎょく」とあったので引用させていただきました。枝雀師匠の音源のようです。

さて、「勤たり」ですが形容動詞としては用例があるとは言えませんし、漢文の世界で「勤」が形容詞として出てくる用例は見あたりません。ただ、前からの謙遜部分を受けて「精一杯お仕えしますのでよろしくお願いいたします」のような意にならなければ文意が通らず、「キン」の音に当てはまる字を考えた場合、「勤」が思い当たったわけです。
漢文で形容詞として使われるものから意味の通りそうなものを考えると他に「謹たり」も考えられますが、ちょっとすっきりしない気がします。

長文あいすみませんでした。またご指摘よろしくお願いします。

投稿: おちこぼれ古典教師 | 2006.02.28 18:40

「おちこぼれ古典教師」さま

こちらこそ、貴重なご教示本当にありがとうございました。
今後とも何卒よろしくお願いします。

投稿: たか | 2006.02.28 19:54

「せんにせんだんにあって是を学ばざれば金たらんと欲す」の意味に関して、こちらのサイトが参考になるかと思いますが。。。如何でしょう?

http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2010/11/post-cdbb.html

投稿: サフィー | 2015.10.08 22:31

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『夢空間15周年記念公演3days 5公演』の内の一公演(八月十三日昼公演)の落語会に行ってきました。夢空間というのはイベント企画会社の名前です。 場所は、東京の有楽町にある“よみうりホール”。 番組は以下の通りです。 三遊亭あおもり(前座) 「たらちね」 キャリア一年ほどの前座さんです、 頑張れ!!!と言っておきます。 柳家三三 「道具屋」 落語家としてはまだお若いのに、どんな話を語っても上手な方です。 三遊亭兼好 「大山詣(まい)り」 話し方と仕草を少し現代風にして解りやすく... [続きを読む]

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