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2004.11.29

千早ふる(ちはやふる)  落語

苦し紛れのつじつまあわせの妙。いやあ、あっぱれです。

あるおやじ、
無学なので、
学校に行っている娘にものを聞かれても答えられず、
困っている。

正月に娘の友達が集まり、
百人一首をやっているのを見て、
花札バクチと間違えて笑われる始末。

その時、
在原業平の
「千早ふる神代も聞かずたつた川からくれないに水くぐるとは」
という歌の解釈を聞かれ、
床屋から帰ったら教えてやるとごまかして、
そのまま自称物知りの隠居のところに駆け込んだ。

隠居もわからないのでいい加減にごまかそうとしたが、
おやじは引き下がらない。

で、苦し紛れに
「龍田川ってのはおまえ、相撲取りの名だ」
とやってしまった。

もうここまできたら、毒食らわば皿までで、
引くに引けない。隠居の珍解釈が続く。

龍田川が田舎から出てきて
一心不乱にけいこ。

酒も女もたばこもやらない。

その甲斐あってか大関にまで出世し、
ある時客に連れられて吉原に夜桜見物に出かけた。

その時ちょうど全盛の千早太夫の花魁道中に出くわし、
堅い一方で女に免疫のない大関龍田川、
いっぺんに千早の美貌に一目ぼれ。

早速、茶屋に呼んで言い寄ろうとすると、
虫が好かないというのか
「あちきはいやでありんす」
と見事に振られてしまった。

しかたがないので、
妹女郎の神代太夫に口をかけると、
これまた
「姉さんがイヤな人は、ワチキもイヤ」
とまた振られ。

つくづく相撲取りが嫌になった龍田川、
そのまま廃業すると、
故郷に帰って豆腐屋になってしまった。

「なんで相撲取りが豆腐屋になるんです」
「なんだっていいじゃないか。当人が好きでなるんだから。
親の家が豆腐屋だったんだ」

両親にこれまで家を空けた不幸をわび、
一心に家業にはげんで十年後。
龍田川が店で豆を挽いていると、
ボロをまとった女の物乞いが一人。

空腹で動けないので、
オカラを恵んでくれという。

気の毒に思ってその顔を見ると、
なんとこれが千早太夫のなれの果て。

思わずカッとなり
「大関にまでなった相撲をやめて、
草深い田舎で豆腐屋をしているのは、
もとはといえばおまえのためだ」

オカラはやれないと言って、
ドーンと突くと千早は吹っ飛び、
弾みで井戸にはまってブクブクブク。

そのまんまになった。

これがこの歌の解釈。

千早に振られたから
「千早ふる」、
神代も言うことを聞かないから
「神代も聞かず龍田川」、
オカラをやらなかったから
「からくれないに」。

「じゃ、水くぐるってえのは?」
「井戸へ落っこって潜れば、水をくぐるじゃねえか」

【うんちく】

「ちはやふる……」

「千早振る」は「神」にかかる枕詞で、もちろん本当の解釈は、

 (不思議なことの多かった)神代でさえ、
  龍田川の水が 紅葉の美しい紅でくくり染め
 (=しぼり染め)にされるとは聞いたこともない。

という、面白くもおかしくもないものです。
隠居の解釈の方が、よほど共感を呼びそうです。

龍田川は、奈良県生駒郡斑鳩町の南側を流れる川で、
古来、紅葉の名所で有名でした。

原話とやり手

今でも、前座から大看板まで、
ほとんどの落語家が手掛けるポピュラーな噺です。

「やかん」と同系統で、
知ったかぶりの隠居が
でたらめな解釈をする「無学者もの」の一つです。

古くは「木火土金水(もっかどごんすい)」という、
小ばなしのオムニバスの一部として演じられることが
多く、その場合、この後「やかん」につなげました。

安永5年(1776)刊「鳥の町」中の「講釈」を、
初代桂文治(1773~1815)が落語化したものです。
明治期では三代目柳家小さんの十八番でした。

本来は、「千早振る」の前に、「つくばねの嶺より
落つるみなの川・・・・」の歌を珍解釈する「陽成院」が
つけられていました。

オチの異同

あらすじのテキストにしたのは、五代目古今亭志ん生の
速記ですが、志ん生が「水をくぐるじゃねえか」で
切っているのは、むしろ珍しい部類でしょう。

普通はこのあと、

「じゃ、『とは』ってえのはなんです?」
「それは、ウーン、千早の本名だった」

と苦しまぎれのオチになります。

花魁(おいらん)道中

起源は古く、
吉原がまだ日本橋葺屋町(ふきやちょう)にあった
「元吉原」といわれる時代(寛永年間、1624-44)に
さかのぼるといわれます。

本来は
遊女の最高位「松の位」の太夫が、
遊女屋から揚屋(のちの引手茶屋。上客を接待する場)まで
出向く行列をいいましたが、
宝暦年間(1751-64)を最後に太夫が絶えると、
それに次ぐ位の「呼び出し」が、
仲の町を通って茶屋に行く道中を指すようになりました。

廓が点灯する七ツ半(午後5時)ごろから
始まるのが普通でした。

「陽成院」

陽成院の歌、

つくばねのみねより落つる男女(みな)の川
恋ぞつもりてふちとなりぬる

の珍解釈。

京都の陽成院という寺で開かれた勧進相撲で、
筑波嶺と男女の川が対戦。

男女の川が山の向こうまで
投げ飛ばされたから
「筑波嶺の峰より落つる男女の川」

見物人の歓声が天皇の耳に入り、
筑波嶺に永代扶持(ふち)をたまわったので、
「声(=こい)ぞつもりてふち(扶持=淵)となりぬる」

しまいの「ぬる」とは何だ
と突っ込まれて、
「扶持をもらった筑波嶺が、
かみさんや娘に
京の『小町香』、
要するに香水を買ってやり、
ぺたぺた顔に塗りたくったから、『塗る』だ」

というわけです。

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