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2004.11.03

粗忽の使者(そこつのししゃ)

粗忽の使者

いまどき「そこつ」なんて。使ってみると、意外にいい語感かも。

杉平柾目正(まさめのしょう)という
大名の家臣・地武太治部右衛門という
間抜けな名の侍。

驚異的な粗忽者だが、
そこが面白いというので
殿さまのお気に入り。

ある日、
大切な使者を仰せつかり、
殿さまのご親類の赤井御門守の屋敷に赴かねばならない。

家を出る時がまた大変。

慌てるあまり猫と馬を間違えたり、
馬に後ろ向きで乗ってしまい、
「かまわぬから、馬の首を斬って後ろに付けろ」
と言ってみたりで大騒ぎ。

先方に着くと、
きれいに口上を忘れてしまう。

腹や膝をつねって必死に思い出そうとするが、
どうしてもダメ。

「かくなる上は……その、
あれをいたす。
それ、あれ……プクをいたす」

「ははあ、腹に手をやられるところを見ると
セッップクでござるか」

「そう、そのプク」

応対の田中三太夫、気の毒になって、
「何か思い出せる手だてはござらぬか」
と聞くと、治部ザムライ、
幼少のころから、物忘れをした時には、
尻をつねられると思い出す、
ということをようやく思い出したので、
三太夫が早速試したが、
今まであまりつねられ過ぎてタコになっているため、
いっこうに効かない。

「ご家中にどなたか指先に力のあるご仁はござらんか」
と尋ねても、
みな腹を抱えて笑うだけで助けてくれない。

これを耳にはさんだのが、
屋敷で普請中の大工の留っこ。

そんなに固い尻なら、
一つ釘抜きでひねってやろうと作事場に申し出た。

三太夫はわらにもすがる思いでやらせることにしたが、
大工を使ったとあっては当家の名にかかわるので、
留っこを臨時に武士に仕立て、
中田留五郎ということにし、
治部右衛門の前に連れていく。

あいさつは丁寧に、
頭に「お」、しまいに「たてまつる」と付けるのだと言い含められた留、
初めは
「えー、おわたくしが、おあなたさまのおケツさまを
おひねりでござりたてまつる」
などとシャッチョコばっていたが、
治部右衛門と二人になると途端に地を出し、
「さあ、早くケツを出せ。
……汚ねえ尻だね。
いいか、どんなことがあっても後ろを向くなよ。
さもねえと張り倒すからな」

えいとばかりに、釘抜きで尻をねじり上げる。

「ウーン、痛たたた、
思い出してござる」

「して、使者の口上は?」
「聞くのを忘れた」

【うんちく】

この続き

今では演じられませんが、この後、
治部右衛門が使者に失敗した申し訳に
腹を切ろうとし、九寸五分の腹切刀と扇子を
間違えているところに殿様が現れ、

「ゆるせ。御門守殿には何も用がなかった」

と、ハッピーエンドで終わります。

使者にも格がある

治部右衛門は直参ではなく、大名の家来の陪臣、
それも下級藩士ですから、直接門内に
馬を乗り入れることは許されません。
必ず門前で下馬し、くぐり戸から入ります。

作事場とは?

大名屋敷に出入りする職人、特に大工の
仕事場です。
「作事小屋」「普請小屋」ともいい、
庭内に小屋を建てることもありました。

大大名では、作事奉行、作事役人が
指揮することもあります。

おなじみの「太閤記」では、木下藤吉郎が
作事奉行で実績をあげ、出世の糸口としています。

赤井御門守

赤井御門守(あかいごもんのかみ)とは、
ふざけた名前です。

もちろん架空の殿様です。

あるいは「赤門」で
加賀百万石・前田家をきかせたのかも知れませんが、
どう見てもそんな大大名ではありません。

「妾馬」での円生によると、
ご先祖は公卿・算盤数得卿玉成で、
任官して「八三九九守」となった人とか。
石高は123,456石7斗8升9合半と伝わっています。

「火焔太鼓」では太鼓、
「妾馬」では女と、
やたら物を欲しがるのも特徴です。

落語の殿様にはこのほかに、
根引駿河守
吝(やぶ)坂慾之守
治部右衛門の主君、杉平柾目正
などがいます。

でも、赤井の殿様ほど
有名じゃありませんね。 

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