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2004.12.15

掛取万歳(かけとりまんざい)  落語

大晦日の噺は多いのですが、これはとりわけにぎやかな。 この1枚:掛取万歳

大晦日。
掛け買いの借金がたまった夫婦、
当然支払える当てはないため、
ひとつ、掛け取りの好きなもので言い訳してケムにまき、
追い返してしまおう
と作戦を練る。

まずは大家。

風流にも蜀山人を気取って狂歌に凝っている。
何せ七か月も店賃(たなちん)をためているので、
なかなか手ごわい相手。

そこで即興の狂歌攻め。

「僧正遍照(=返上)とは思えども金の通い路吹き閉じにけり」
「何もかも有りたけ質に置炬燵かかろう島の蒲団だになし」
「貧乏の棒は次第に太くなり振り回されぬ年の暮れかな」
……。

案の定、大家はすっかり乗せられて、
「貸しはやる借りは取られるその中に何とて大家つれなかるらん……
オレも時平(=ヒデエ)ことは言わねえ、
梅桜の杉(=過ぎ)王まで松(=待つ)王としよう」
と芝居の「菅原」尽くしで帰ってしまう。

次は魚屋の金さん。

この男は、けんかが飯より好き。

今日こそはもらえるまで帰らねえ
と威勢よくねじこんでくるのを、
「おおよく言った。
じゃあ、オレの運が開けるまで、六十年がとこ待っていねえ。
男の口から取れるまで帰らねえと言った以上、
こっちも払うまで一寸でも敷居の外はまたがせねえ」
と無茶苦茶な逆ネジ。

挙げ句の果てに借金を棒引きさせて、見事に撃退した。

こんな調子で義太夫、芝居とあらゆる手で難敵を撃破。

最後に、三河屋のだんな。

これは三河万歳(まんざい)のマニアだ。

双方万歳で渡り合い、
亭主が扇子を開き
「なかなかそんなことでは勘定なんざできねえ」
と太夫で攻めれば、
だんなは
「ハァ、でェきなければァ二十年三十年」
と、こちらは才蔵。

「ハァ、まだまだそんなことで勘定なんざできねえ」
「そーれじゃ一体いつ払う」
「ひゃーく万年もォ、過ぎたならァ」

【うんちく】

大晦日の攻防戦

昔は、日常の買い物はすべて掛け買いで、
決算期を節季(せっき)といい、
盆・暮れの二回でした。

特に大晦日は、商家にとっては、
掛売りの借金が回収できるか、
また、貧乏人にとっては踏み倒せるかどうかが死活問題で、
古く井原西鶴(1642~93)の「世間胸算用」でも、
それこそ笑うどころではない、
壮絶な攻防戦がくりひろげられています。

むろん、江戸でも大坂でも掛売り(=信用売り)するのは、
同じ町内の生活必需品(酒、米、炭、魚など)に限ります。
落語では結局うまく逃げ切ってしまいますが、
現実は厳しかったことでしょう。

演者の限られる大ネタ

筋は単純で、
掛け取り(集金人)それぞれの好きな芸事を利用して
相手をケムに巻き、
撃退するというだけの噺です。

それだけに義太夫などの音曲、芝居、三河万歳と
あらゆる芸能に熟達しなければならず、
よほどの大真打で、
多方面の教養を身に着けた者でなければこなせません。

明治では伝説の名人・四代目橘家円喬の速記が残りますが、
円喬は万歳の部分を出さず、
「掛取り」の題で、
最後は主人公がシンバリ棒をかって籠城してしまうので、
掛取りが困って隣の主人に「火事だ」
と叫んで追い出してくれと頼みますが、
亭主が窓から五十銭出して
「これで火を消してくれ」
というオチにしています。
戦後は六代目三遊亭円生の独壇場でした。

三河万歳

万歳は三河、大和、尾張など各地にあり、
江戸は三河万歳の縄張りでした。

暮れになると日本橋に才蔵市が立ち、
三河・幡豆郡の村々から出張してきた太夫が
よさそうな相棒を選び、コンビを組みます。

太夫は烏帽子に袴で扇子を持って舞い、
掛け合いではツッコミ役。才蔵は小鼓を持ち
囃し方とボケ役を担当します。

武家屋敷を回る屋敷万歳、町屋を担当する
町万歳などがありましたが、古くは
千秋(せんず)万歳といい、初春に悪鬼を祓い
言霊によって福をもたらすという民間信仰が
芸能化したものといわれます。

菅原づくし

浄瑠璃および歌舞伎で有名な
「菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)」三段目
「車引」の登場人物でシャレています。

歌はこの後の「寺子屋の段」で松王丸が詠じる
「梅は飛び桜は枯るる世の中に
       何とて松のつれなかるらん」
のパロディで、続けて
「来春はきっと埋め(=梅)草をします」
と、梅王丸でしめます。

芝居

六代目円生では、酒屋の番頭を上使に見立て、
「近江八景」づくしのセリフで言い訳した後、
「今年も過ぎて来年、あの石山の秋の月」
「九月下旬か」
「三井寺の鐘を合図に」
「きっと勘定いたすと申すか」
「まずそれまではお掛取りさま」
「この家のあるじ八五郎」
「来春お目に」
「かかるであろう」
と,
めでたく追い払います。

改作二題

大阪では、古くはのぞきからくり芝居の口上を
まねて、オチを、

「これぞゼンナイ(ゼンマイ=ゼニ無い)のしかけ」

としていましたが、明治初期に二代目林家菊丸が
芝居仕立てのオチに改作したものが
「大晦日浮かれの掛取り」として今に残っています。

もう一つ、昭和初期に、六代目春風亭柳橋が
近代的に改作、野球好きの米屋と「都の西北」
「若き血」の替え歌で応酬した後、

「これで借金は取れん(=ドロー、引き分け)
ゲームになりました」

とダジャレで落とす「掛取り早慶戦」で
大当たりしました。

円生のギャグから

六代目円生で、亭主が魚屋を逆に脅し、
借金を棒引きにさせたあげく、
「帰るなら払ったことになるな」
と、幻の領収書を書かせるところが爆笑。
無理やり「毎度ありがとうございます」
と言わせたうえ、
「6円70銭。10円渡した(つもり!)から
つりを置いてけ」。

まことにどうも、けしからんもんで。

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コメント

はじめまして、ボラーチョと申します。
膨大な落語データの泉を発見した思いで、欣喜雀躍しております。

福岡に住んでいてなかなか生の落語に触れる機会がありませんが、30数年前の子供の頃に米朝師匠と枝雀さんを好きになって以来の落語ファンです。
先日こちらで行われた「博多・天神落語祭り」でひさしぶりに生を堪能してまいりました。
そのとき桂小米朝さんが演じられたのが「掛取り」で、芝居好きを相手に近江八景をせりふに読み込んで断る場面を福岡の地名に置き換えて演じられてました。地元の人間でもピンと来ないマイナーなところまで相当な数を入れてやられていたので、そのサービス精神に会場は拍手喝采でした。以前に一門会で同じネタを福岡でやられた時は普通にやられていましたので、この日のためだけに準備をされたのだと、後になって気づいて随分得した気分を味わいました。

これからも時々寄らせていただきます。

投稿: ボラーチョ | 2007.12.05 11:14

ボラーチョさま

レスが遅くなりまして、申し訳ありません。

お褒めのお言葉、恐縮です。
まだまだ不備・未熟なことも多いので、
皆様のご叱責を糧にして、
いっそう充実した内容にしていきたいと存じますので、
これからもどうぞご贔屓に願います。

小米朝、ぐんぐんのびてきましたね。
彼も50を越し、オヤジの域に達するのは至難のワサ
でしょうが、マクラの親父ネタをもう少しセーブして
がんばっていただきたいものでんな。

それでは、よいお年を。(た)

投稿: | 2007.12.29 17:21

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