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2004.12.09

富久(とみきゅう)  落語

土俵際でうっちゃり。まるでハリウッド映画みたいなストーリーです。

浅草安部川町の長屋に住む幇間の久蔵は、
人間は実直だが大酒のみが玉に瑕。

酒の上での失敗であっちのだんな、
こっちのだんなとしくじり、
仕事にあぶれている。

ある年の暮れ
深川八幡の富くじを、
義理もあってなけなしの一分で買った。

札は「松の百十番」。

一番富に当たれば千両、
二番富でも五百両。

久蔵、
大神宮さまのお宮(神棚)に札をしまい、
二番富で結構ですから当たりますようにと祈る。

そうしたら堅気になり、
二百三十両で売りに出ている小間物屋の店を買って、
岡ぼれしている料亭「万梅」の仲居・お松っつあんを嫁にもらって、
と楽しい空想にふけりながら、
一升酒をあおってそのまま高いびき。

夜中にすきま風で目を覚ますと、
半鐘の音。

火事は芝金杉見当だという。

しくじった田丸屋のだんなの店がその方角なので、
久蔵、ご機嫌を取り結ぶのはこの時とばかり、
おっとり刀で火事見舞いに駆けつけると、
幸い火は回っていない。

期待通りだんなが喜んで、
出入りを許されたので久蔵は大喜び。

早速、火事見舞い客の張付けに大奮闘するが、
ご本家から届けられた酒を見ると、
もう舌なめずりで上の空。

だんなが苦笑して
「のむのはいいがな、
おまえは酒でしくじったんだから、
たんとのむなよ」
と言ってくれたので、
大喜びで冷酒をあおっているうち、
またもへべれけで寝入ってしまう。

夜更けに、また半鐘の音。

今度は久蔵の家がある浅草鳥越方向というので、
だんなは急いで久蔵を起こすと、
万一のことがあれば必ず店に戻ってこいと、
ろうそくを持たせて帰す。

とんだ火事の掛け持ちで、
久蔵、冬の夜空を急いで長屋に戻ると既に遅く、
家は丸焼け。

しかたなく田丸屋に引き返すと、
だんなは親切に店に置いてくれたので、
久蔵は田丸屋の居候になる。

数日後、
深川八幡の境内を通ると、
ちょうど富くじの抽選。

ああ、そう言えばオレも一枚買ったっけ
と思い出したが、
どうもあの札も火事で焼けちまったと、
諦め半分で見ていると
「一番、松の百十番」の声。

「あ、当たったッ」

久蔵、卒倒した。

今すぐ金をもらうと二割引かれるが、
そんなことはどうでもいい。

八百両あれば御の字だ。

「札をお出し」
「札は……焼けちまってないッ」

当たり札がなければダメだと言われ、
よくも首っくくりの足を引っ張るようなまねをしやがったな、
覚えてやがれ、
俺は先ィ死んでてめえをとり殺すと、
世話人にすごんでみても、
ダメなものはダメ。

諦めきれずに泣く泣く帰る途中、
相長屋の鳶頭にばったり。

「火事だってえのに何処へ行ってたんだ。
布団と釜は出しといてやった。
それにしても、さすがに芸人だ。
立派な大神宮様のお宮だな。
あれも家にあるよ」

「ど、泥棒ッ」

大神宮様を出せッと半狂乱で
喉首を締め上げたから、
鳶頭は目を白黒。

やっと事情を聞いて
「なるほど、千両富の当たり札とは、
狂うのも無理はねえ。
運のいい男だなァ。
おまえが正直者だから、
正直の頭に神宿るだ」

「へえ、これも大神宮様のおかげです。
近所にお払いをいたします」

【うんちく】

八代目文楽の名人芸

江戸時代の実話をもとに、円朝が創作したと
いわれる噺ですが、速記もなく、詳しいことは
分かりません。

この噺のスタンダードは、やはり昭和の巨匠・
八代目桂文楽でしょう。
文楽はすぐれた描写力で、冬の夜の寒さ、
旦那と幇間の人間関係まで見事に浮き彫りにし、
押しも押されぬ十八番に練り上げました。

当サイトのあらすじも文楽版をテキストに
していますが、強いていえば、
人物の性格描写が時に類型的で、きれいごとに
過ぎるのがこの師匠の難点だったでしょう。

志ん生のリアリズム

五代目古今亭志ん生の「富久」も、文楽の
それとはまったく行き方の違う名品でした。

文楽が久蔵の実直さ、気の弱さを
全面に出すのに対し、志ん生は酒乱と
貧乏ゆえの居直り、ふてぶてしさを強調しました。
志ん生の久蔵は、決して旦那にこびてはいません。

若い頃、貧窮のどん底を経験した志ん生は、
久蔵の不安、やるせなさ、絶望感、それを
酒に逃避する弱さを、自らの体験そのものとして
リアルに演じ、それが観客の胸を打ちました。

火事で家に急ぐ場面でも、文楽は「しょい、しょい、
しょいこらしょっ」と様式的。
志ん生は「寒い寒い、寒いよォ」と、嘘も飾りもない
裸の人間そのまま。
両者の違いがはっきり出ています。

地名:浅草阿部川町

現・東京都台東区元浅草三、四丁目から
寿一、二丁目。町名主が駿河・阿部川から
移住してきたことから、この名があります。

元々寺社地だったところが町屋になったためか、
今でもこの辺りは寺ばかりです。

江戸のころは、裏長屋や同心などの御家人の
住居が多く、正徳3年(1713)、町奉行所の
直轄御支配地になっています。

大神宮様のお宮

伊勢神宮を祭る神棚で、浅草の歳の市などで
売っていました。当時、伊勢参宮はできても
生涯一度のもので、大半の市民にとっては
夢のまた夢。せめても、江戸にいながら
参拝ができるようにと、伊勢神宮が代用品に
売り出していたものです。

そうはいっても高価なので、買うのは
芸者や幇間など、花柳界の者が中心。
芸人の見栄で、無理しても豪華なものを
買う習わしでした。

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