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2005.02.11

宿屋の富(やどやのとみ)  落語

この噺、見栄の張り方がなんとも見え透いてて、そうがす。

馬喰町の、あるはやらない宿屋。

そこに飛び込んできた客が、
家には奉公人が五百人いて、
あちこちの大名に二万両、
三万両と貸しているの、
漬物に千両箱を十乗せて沢庵石にしているの、
泥棒が入ったので好きなだけやると言ったのに、
千両箱八十くらいしか持っていかなかったのと、
好き放題に吹きまくる。

人のいい主人、
これは大変な大金持ちだとすっかり感心。

実は私どもは宿屋だけではやっていけないので、
富の札を売っているが、
一枚余ったのを買ってくれないか、と持ちかける。

値は一分で、一番富千両、二番五百両。

千両ぽっち当たってもじゃまでしょうがないから嫌だ
というのを無理に説得、
買ってもらった上、
万一当たったら半分もらうという約束を取り付けた。

男は一人になると、
なけなしの一分取られちゃったと、
ぼやくことしきり。

「あれだけ大きなことを吹いたから、
当分宿賃の催促はねえだろう。
のむだけのんで食うだけ食って逃げちゃおう」
と開き直る。

翌朝、
二万両返しにくる予定があるので、
断ってくると宿を出た男、
なんとなく湯島天神の方に足が向く。

ちょうど富の当日で、
境内では一攫千金を夢見る輩が、
ああだこうだと勝手な熱を吹いている。

ある男、
自分は昨夜夢枕に立った神様と交渉して、
二番富に当たることになっているので
「当たったら一反の財布を作って、
五百両を細かくして入れ、吉原へ行きます」
と、素見でなじみみの女郎と口説の上、
揚がって大散財し、女郎を身請けするまでを一人二役の大熱演。

「それでおまえさん、当たらなかったらどうすんの」
「うどん食って寝ちまう」

騒いでいるうち、
寺社奉行立ち会いの上、いよいよ富の抽選開始。

子供のかん高い声で
「おん富いちばーん、子のォ、千三百、六五ばァん」
と呼び上げる。

二番富になると、
さっきの夢想男、持ち札が辰の二千三百四十一番なので、
期待に胸をふくらませる。

「おん富にばーん、たつのォ、二千三百四十」
「ここですよ、女を身請けするか、うどん食って寝るかの別れ目は。一番ッ」
「七番」
「ふわー」

哀れ引っくり返った。

一方、一文無しになった宿の客、
当たり番号を見て
「オレのが子の千三百六十五番。少しの違いだな。
うーん、子の、三百六十五番……三百六十五……
うわっ、当たったッ、ウーン」

ショックで寒気がし、そのまま宿へ帰ると、
二階で蒲団かぶってブルブル震えている。

旅籠のおやじも、
後から天神の森に来て、
やっぱり
「子の千三百六十五……アリャリャリャリャー、ウワーッ」

こっちもブルブル震えて、飛ぶように家に帰ると、
二階へすっとんで行き
「あたあた、ああたの富、千両、当たりましたッ」
「うるせえなあ、貧乏人は。千両ばかりで、
こんなにガタガタ……おまえ、座敷ィ下駄履いて上がってきやがったな。
情けないやつだね」
「えー、お客さま、
下で祝いの支度ができております。一杯おあがんなさい」
「いいよォ、千両っぱかりで」
「そんなこと言わずに」
と、ぱっと蒲団をめくると、客は草履をはいたまま。

【うんちく】

毎日どこかで富くじが

各寺社が、修理・改築の費用を捻出するために興行したのが
江戸時代の富くじで、単に「富」ともいいます。
文政年間(1818~30)の最盛期には
江戸中で毎日どこかで富興行があったといいます。

有名なところは
湯島天神、
椙森稲荷、
谷中天王寺、
目黒不動境内
など。

これら寺社では、
多い時は月に20日以上、
小規模な富が行われましたが、
当サイト「富久」でご紹介したように、
千両富となるとめったにありませんでした。

◆陰富もあった

当たりの最低金額は一朱(1/16両)でした。
「突き富」の別名があるのは、木札が入った箱の
中央の穴から錐で突き刺すからで、
ほとんどの場合、邪気のない子供にさせました。

普通、二番富から先にやりますが、
落語では演出上、細かい点は気にしません。

なお、富はあくまで公儀=寺社奉行の許可を得て
その管轄下で行うものですが、
幕末には「陰富」という非合法な興行が、
旗本屋敷などで密かに催されるようになりました。
黙阿弥作の「天衣紛上野初花(くもにまごう・うえののはつはな)」に、
今はカットされますが、「比企屋敷陰富の場」があり、
大正15年11月の帝劇でただ1回上演されています。

これも上方から

上方落語の「高津の富」を、
三代目柳家小さんが大阪の四代目桂文吾に教わり、
明治末に東京に移植しました。

その高弟の四代目小さん、七代目三笑亭可楽を
経て五代目小さんに受け継がれましたが、
小さんの型は、境内のこっけいがなく、すぐに主人公が登場します。

オチは、あらすじで参照した五代目古今亭志ん生や
子息の志ん朝は「客は草履をはいたままだった」と
地(説明)で落としましたが、小さんでは、
「あれっ、お客さんも草履はいてる」
とセリフになります。

◆馬喰町(ばくろうちょう)は繁華街だった

東京都中央区日本橋馬喰町。
当時は江戸随一の繁華街で、
元禄6(1693)年に信濃善光寺の開帳(秘蔵物を見せて金を取ること)が
両国回向院で行われたとき、
参詣人が殺到して以来、旅籠町として発展しました。
「お神酒徳利」にも登場します。

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