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2005.02.15

火事息子(かじむすこ)  落語

こういう火消しを臥煙(がえん)と呼んだんですね。  この1枚:火事息子

神田三河町の、伊勢屋という大きな質屋。

ある日近所で出火し、火の粉が降りだした。

火事だというのに大切な蔵に目塗りがしていないと、
だんながぼやきながら防火に懸命だが、
素人で慣れないから、店中おろおろするばかり。

その時、屋根から屋根を、
まるで猿のようにすばしこく伝ってきたのが一人の火消し人足。

身体中見事な刺青で、
ざんばら髪で後ろ鉢巻に法被という粋な出で立ち。

ぽんと庇の間に飛び下りると、
「おい、番頭」

声を掛けられて、
番頭の左兵衛、仰天した。

男は火事好きが高じて、火消しになりたいと家を飛び出し、
勘当になったまま行方知れずだったこの家の一人息子・徳三郎。

慌てる番頭を折釘へぶら下げ、
両手が使えるようにしてやった。

「オレが手伝えば造作もねえが、
それじゃあおめえの忠義になるめえ」

おかげで目塗りも無事に済み、
火も消えて一安心。

見舞い客でごった返す中、
おやじの名代でやってきた近所の若だんなを見て、
だんなはつくづくため息。

あれは伜と同い年だが、親孝行なことだ、
それに引き換えウチの馬鹿野郎は今の今ごろどうしていることやら……
と、そこは親。

しんみりしていると、
番頭がさっきの火消しを連れてくる。

顔を見ると、なんと「ウチの馬鹿野郎」。

徳か
と思わず声を上げそうになったが、
そこは一徹なだんな。

勘当した伜に声など掛けては、
世間に申し訳がないとやせ我慢。

わざと素っ気なく礼を言おうとするが、
こらえきれずに涙声で、
「こっちィ来い、この馬鹿め。
……親ってえものは馬鹿なもんで、
よもやよもやと思っていたが、
やっぱりこんな姿に……
しばらく見ないうちに、たいそういい絵が書けなすった
……親にもらった体に傷を付けるのは、親不孝の極みだ。
この大馬鹿野郎」

そこへこけつまろびつ、
知らせを聞いた母親。

甘いばかりで、
伜が帰ったので大喜び。

鳥が鳴かぬ日はあっても、
おまえを思い出さない日はなかった、
どうか大火事がありますように
と、ご先祖に毎日手を合わせていたと言い出したから、
おやじは目をむいた。

母親が法被一つでは寒いから、
着物をやってくれと言うと、
だんなはそこは父親。

勘当した伜に着物をやってどうすると、
まだ意地づく。

そのぐらいなら捨てちまえ。

捨てたものなら拾うのは勝手……。

意味を察して母親は大張り切り。

「よく言ってくれなすった、
箪笥ごと捨てましょう、お小遣いは千両も捨てて……」

しまいには、この子は小さいころから色白で黒が似合うから、
黒羽二重の紋付きを着せて、小僧を供に……
と言いだすから、
「おい、勘当した伜に、そんななりィさせて、どうするつもりだ」
「火事のおかげで会えたんですから、火元へ礼にやります」

【うんちく】

初級・命知らずの臥煙渡世

ここでは、徳三郎は町火消ではなく、
定火消、すなわち武家屋敷専門の火消人足に
なっている設定です。

これは臥煙(がえん)とも呼ばれますが、
身分は旗本の抱え中間(武家奉公人)で、
飯田町(今の飯田橋辺)ほか、10か所に火消屋敷という本拠がありました。

もっぱら大名、旗本屋敷のみの鎮火にあたり、
平時は大部屋で起居して、一種の治外法権のもとに、
博徒を引き入れて賭博を開帳していたため、
その命知らずとガラの悪さとともに、
町民の評判は最悪でした。

せがれが臥煙にまで「身を落とした」ことを
聞いたときの父親の嘆きが推量できますが、
この連中は町火消のように刺し子もまとわず、
法被一枚で火中に飛び込むのを常としたため、
死亡率も相当高かったわけです。

中級・小説「火事息子」

落語の筋とは直接関係ありませんが、
劇作家・演出家でもあった
久保田万太郎(1889~1963)に、
やはり、爽やかな明治の江戸っ子の
生涯を描いた同名の小説があります。

これは、作者の小学校同窓であった、
山谷の名代の料亭「重箱」の主人の半生を
モデルとしたものです

重箱は、今でも赤坂にある鰻屋です。
1人軽く1万5000円はするという、超高級店です。

一生に一度は行ってみたいのですがね。
まだ行ってません。

中級・八代目正蔵の生一本

徳三郎は、番頭を折釘にぶらさげて
動けるようにしてやるだけで、目塗りを
直接には手伝わず、また父親も、必死に
こみあげる情を押さえ通して、
最後まで「勘当を許す」と自分では口にしません。

ともすればお涙頂戴に堕しがちな展開を、
この親子の心意気で抑制させた、
すぐれた演出です。

こうした、筋が一本通った古きよき
江戸者の生きざまを、数ある演者の中で、
特に八代目林家正蔵が朴訥に、見事に表現しました。

明治期には初代三遊亭円右の十八番で、
昭和に入っては正蔵始め、六代目三遊亭円生、
五代目古今亭志ん生、三代目桂三木助など、
名だたる大看板が競演しています。

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