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2005.02.14

蒟蒻問答(こんにゃくもんどう)  落語

無言の話芸。勘違いのおかしさのきわみ。ホント、笑っちゃいます。 この1枚:蒟蒻問答

八王子在のある古寺は、
長年住職のなり手がなく、荒れるに任されている。

これを心配した村の世話人・蒟蒻屋の六兵衛は、
江戸を食い詰めて自分のところに転がり込んできている八五郎に、
出家してこの寺の住職になるように勧めたので、
当人もどうせ行く当てのない身、
二つ返事で承知して、にわか坊主ができあがった。

二、三日はおとなしくしていた八五郎だが、
だんだん本性をあらわし、
毎日大酒を食らっては、寺男の権助と二人でくだを巻いている。

金がないので
「葬式でもない日にゃあ、坊主の陰干しができる。
早く誰かくたばりゃあがらねえか」
とぼやいているところへ、
玄関で「頼もう」と声がする。

出てみると蘆白(あじろ)笠を手にした坊さん。

越前永平寺の僧で沙弥托善と名乗り、
諸国行脚の途中立ち寄ったが、
看板に「葷酒(くんしゅ)山門に入るを許さず」とあるので禅寺と見受けた、
ぜひご住職に一問答お願いしたい
と言う。

なんだかわけがわからないが、
権助が言うには、問答に負けると如意棒でぶったたかれた上、
笠一本で寺から追い出されるとのこと。

住職は留守だと追っ払おうとしたが、
しからば命の限りお待ち申す
という。

大変な坊主に見込まれたものだと、
八五郎が逃げ支度をしていると、
やって来たのが六兵衛。

事情を聞くと、
俺が退治してやろう
と身代わりを買ってでた。

「問答を仕掛けてきたら黙ったままでいるから、
和尚は目も見えず口も利けないと言え。
それで承知しやがらなかったら、
咳払いを合図に飛びかかってぶち殺しちめえ」

さて翌日。

住職に成りすました六兵衛と托善の対決。

「法界に魚あり、尾も無く頭もなく、中の鰭骨を保つ。大和尚、この義はいかに」

六兵衛もとより何にも言わない。

坊主、無言の行だと勘違いして、
しからば拙僧も
と、手で○を作ると
六兵衛、両手で大きな○。

十本の指を突き出すと、
片手で五本の指を出す。

三本の指にはアッカンべー。

托善、
「恐れ入ったッ!!」
と逃げだした。

八五郎が追いかけてわけを聞くと
「なかなか我等の及ぶところではござらん。
『天地の間は』と申すと『大海のごとし』というお答え。
『十方世界は』と申せば『五戒で保つ』と仰せられ、
『三尊の弥陀は』との問いには『目の下にあり』。
いや恐れ入りました」

六兵衛いわく
「ありゃ、にせ坊主に違えねえ。
馬鹿にしゃあがって。俺が蒟蒻屋だてえことを知ってやがった。
指で、てめえんとこの蒟蒻はこれっぱかりだってやがるから、
こォんなに大きいと言ってやった。
十でいくらだと抜かすから、
五百だってえと、三百に負けろってえから、アカンベー」

【うんちく】

実在した沙弥托善

この噺、禅僧から落語家になったという
二代目林家(屋)正蔵が、幕末の嘉永年間に
作ったそうです。

噺の中であやうく殺されかかる(?)
旅の禅僧・托善(沙弥は出家し立ての少年僧のこと)は、
正蔵の坊主時代の名です。

なお、原典については、このほかに、
やはり禅僧出身の二代目三笑亭可楽とする説、
もっとずっと古く、貞享年間(1684~88)刊の
笑話本「当世はなしの本」中の
「ばくちうち長老になる事」とする説もあります。

仏教と落語の深い関係

まあ、こういうことを言い出すと辛気臭くなって、
落語が面白くなくなるかも知れませんが、
「落語家の元祖」といわれる安楽庵策伝
(→「てれすこ」「子ほめ」)からして
高僧でしたし、「寿限無」「後生鰻」「宗論」
など、仏教の教説に由来する噺は
少なくありません。

仏教と落語の結びつきは強いのです。
落語は元々、節談説教(僧が言葉に抑揚を付け、
美声とジェスチャーで演技するように語りかける
説教-関山和夫「落語風俗帳」)から起こった
という説もあるぐらいです。

現在の落語協会会長である三遊亭円歌が
日蓮宗の僧籍にあるのも、
落語の伝統からして、
別に珍しいことではない、といとことなりますね。

ヴィジュアルで楽しむ仕方噺

「蒟蒻問答」では、後半の六兵衛と托善の禅問答は無言で、
パントマイムのみになります。
このように、動作のみによって噺の筋を
展開するものを「仕方噺(しかたばなし)」といいます。
目で見る落語のことです。

「愛宕山」「狸賽」「死神」など、
一部分に仕方噺を取り入れている噺は多いのですが、
「蒟蒻問答」ほど長くて、
しかもストーリーの重要部分をジェスチャーだけで
進めるものはほかにありません。

苦肉の実況解説付き

そのため、実際に寄席やテレビなど
目の前で見ている客はいいのですが、
レコードやラジオなどで耳だけで聞いていると、
噺のもっともオイシイ部分で音声がとぎれてしまい、
何がなんだかわからなくなってしまいます。

そこで、この噺を得意にした五代目古今亭志ん生が
この噺をラジオ放送したときは、
苦肉の策で、なんと歌舞伎並みの同時解説がつきました。
「山藤章二の志ん生ラクゴニメ」の音源も同じを使っています。

このように手間がかかるためか、
昔から「蒟蒻問答」のレコードや放送は数少なく、
現在出ているCDは、志ん生、八代目正蔵のものだけです。

ホントはくだらない禅問答

噺では、六兵衛のジェスチャーを托善が
勝手に誤解し、一人で恐れ入って
退散してしまいますが、
最初の「法界に魚あり・・・・」は、魚という字から
頭と尾(上下)を取れば、残るのは「田」。
そこから、鰭骨(きこつ=中骨)、つまり
|の部分を取り除けば、「日」の字になります。
つまらない、単なる言葉遊びです。
これこそハッタリというのでしょう。

次の「十万世界」は、東西南北、艮(うしとら
=北東)巽(たつみ=東南)坤(ひつじさる=
南西)乾(いぬい=西北)の八方位に上下を
加えた世界で、広大無辺の宇宙を表します。

「五戒」は禅の戒律(タブー)で、
殺生戒 殺さない
偸盗戒 盗まない
邪淫戒 エッチしない
妄語戒 うそをつかない
飲酒戒 酒を飲まない
の五つをさします。

こぼればなし

「葷酒(くんしゅ)山門に入るを許さず」は
禅寺の表看板として紋切型ですね。
「葷」とは、ネギやニンニなど臭気を放つ野菜のことです。
以下は、三代目三遊亭金馬の思い出話。

明治の昔、大阪の二代目桂文枝が上京して、柳派の寄席に出演。
ところがさらに、対立する三遊派の席にも出て稼ごうとすると止められました。
楽屋内の張り紙に「文枝、三遊に入るを許さず」。

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コメント

とても魅力的な記事でした。
また遊びに来ます!!

投稿: 履歴書の送付状 | 2013.09.18 13:10

こんにゃく問答は宗教の形而上学的な内容を世俗の智慧から揶揄したようでとても面白いです。
「宗教とはそれほどの悟りでもない」ことを逆に主張しているようでなんだかスキッとします。
宗教よりも庶民の生きる智慧のほうが勝っていますよね。そんな無宗教の見本みたいな話です。
いやあ、面白い!!!

投稿: ぜんよ | 2014.12.31 18:51

ぜんよ さま

ご投稿ありがとうございます。

仰られる通り、日本人は宗教的に「無節操」で
無定見であることでかえって、キリスト教やイスラム
など、一神教が陥りがちな血なまぐさい抗争や、
狂信的な原理主義を免れてきたのでしょうね。

何せ、下手をすれば坊主や神主がクリスマス・ツリーを
飾りかねない国民ですから(笑)。この噺は、江戸時代に
定着した、よい意味での宗教的アナーキズムを最もよく
象徴していると思います。何せ、これをこさえたのが
ほかならぬ坊主なのですから。何をかいわんやです。

宗教者が、自分自身を笑い飛ばすのですから、
18世紀、19世紀で、これほど大らかで広やかな
精神を持つ国は少なかったでしょう。

それでは、今後ともどうか当サイトを
どうぞよろしくお願いします。

投稿: たか | 2015.01.08 11:49

人間は自分の見たいものを見る。という典型話だね。

宗教的に無節操というか、そもそも宗教自体が人間の妄想で作り上げられたものだから、宗教自体が無節操なんだけどね。

人間が神(仏でも何でも良いですが)と呼んでいる概念は、

基本的には
「(完璧・完全な)ボス猿を求める本能」と
「自分(達)に重大な危機をもたらす自然現象や病気(をもたらす何か)、或いは死そのもの」

等を混合したもので構成されていますよ。


後、本当に宗教が 悟り なるものに到達しているのであれば、そもそも宗教自体この世界に必要なくなりますよね。

この世界に宗教というものが存在しているのは、現段階の人類が『この世界』が理解出来ていないから、神という概念に頼り、

神も仏もいない、全く救いの無い世界で生きているが故に、人間は救いを求め 神という概念 を生み出した訳ですからね。


この世界の真理(世界の全て)を理解した人間が存在するのであれば、その人間が人類を救えばいい訳で、他に神や仏など必要無くなってしまうし、

この世界に(人間の求める)神(仏等)が存在するのであれば、『それ』が全ての問題を解決してしまい、人間は救いを求める必要が無くなってしまう。

投稿: | 2016.09.30 00:39

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