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2005.04.27

粗忽の釘(そこつのくぎ) 落語

これまた滑稽噺の極北。こんなのんきなあわてん坊は、憎めません。

粗忽者の亭主。

引っ越しのときは、おれに任せろ
と、家財道具一切合切背負ってしまって動けない。

おまけに、
慌てて荷物と一緒に家の柱まで
縛ってしまう始末。

結局、ツヅラだけ背負って、
先に家を出たはいいが、
いつまで経っても帰らない。

かみさんが先に着いて気をもんでいると、
朝早く出たのが、
げんなりした顔でやっと現れたのが夕方。

なんでも、
大通りへ出て四つ角へ来ると、
大家の赤犬とどこかの黒犬がけんかしているので、
義理上「ウシウシ」と声を掛けると、
赤の方が勢いづき、
ぴょいと立ち上がった拍子に自分が引っくり返った。

ツヅラを背負っているので起き上がれず、
もがいているのを通りがかりの人に助けてもらったとたん、
自転車と鉢合わせ。

勢いで自転車が卵屋に飛び込み、
卵を二百ばかり踏みつぶす
という騒動。

警官が来て取り調べのため、
ずっと交番に行っていたという次第。

ようやく解放されたが、
自分が捜してきた家なのに、
今度は新居を忘れた。

しかたがないから引っ返して、
大家に頼んで連れて来てもらった
と、いうわけ。

かみさんはあきれ果てたが、
とにかく箒を掛ける釘を打ってもらわなければ
と、亭主に金槌を渡す。

亭主は大工で専門家なので、
これくらいは大丈夫だろうと安心していたら、
場所を間違え、
瓦釘という長いやつを壁に打ち込んでしまった。

長屋は棟続きなので、
隣に突き抜けて物を壊したかもしれない
と、かみさんが心配し
「おまえさん、落ちつけば一人前なんだから」
と、言い含めて聞きに行かせると、
亭主、
向かいの家に入ってしまい、
いきなり
「やい、半人前なんて人間があるか」
と、怒鳴ってしまう。

すったもんだでようやく隣に行けば行ったで、
隣のかみさんに、
お宅は仲人があって一緒になったのか、
それともくっつき合いか
などと、聞いた挙げ句、
実はあっしどもは……
と、ノロケかたがたなれそめ話。

「いったい、あなた、家に何の用でいらしたんです」
と聞かれて、ようやく用件を思い出す。

調べてもらうと、
仏壇の阿弥陀様の頭の上に釘。

「お宅じゃ、ここに箒をかけますか?」
と、トンチンカンなことを言うので、
「あなたはそんなにそそっかしくて、
よく暮らしていけますね。
ご家内は何人で?」
「へえ、女房と七十八になるおやじと
……いけねえ、中気で寝てるんで、
もとの二階へ忘れてきた」
「親を忘れてくる人がありますか」
「いえ、酔っぱらうと、ときどき我を忘れます」

【うんちく】

江戸の引っ越し事情
「小言幸兵衛」「お化け長屋」でも、
新しく店(たな=長屋のひと間)を借りに来る様子が描かれますが、
だいたいは、たとえば大工なら棟梁か兄貴分が
請け人(身元引受人、保証人)になります。
夜逃げでもないかぎり、元の大家に
きちんと店賃を皆済した上、
保証人になってもらう場合も当然ありました。

大家は町役を兼ね、
町内の治安維持に携わっていましたから、
店子がなにかやらかすと責任を取らされます。

そこで、入居者や保証人の身元調査は厳重でした。

この噺のように新居まで付き添ってくれるというのは
よほど親切な大家でしょうが、
違う町に移る場合は、新しい大家が
当人の名前、職業、年齢、家族構成など
すべてを町名主に届け、
名主が人別帳(にんべつちょう=戸籍簿)に記載して、
奉行所に届ける仕組みになっていました

店賃(たなちん)

今回のあらすじは、
三代目三遊亭小円朝の速記を参考にしましたが、
自転車が登場することで分かる通り、
明治末から大正初期という設定です。

このころはインフレで物価騰貴が激しく、
「値段の風俗史」(朝日文庫)で見ると、
二部屋、台所・便所付の貸家または長屋で、
明治32年で七十五銭、同40年で二円八十銭、
大正3年で五円二十銭と、七~八年ごとに
倍倍ゲームではねあがっています。

さかのぼって江戸の昔を見ると、
長屋の店賃は文化・文政期(1804~30)で、
通りに面した表店(おもてだな)で月一分程度、
二部屋・九尺二間の裏店(うらだな)で四百文ほど。
幕末の慶応年間(1865~68)で六百文ですから、
真っ当にやっていれば、十分暮らしていけたでしょう。

ねだん・自転車と卵

自転車は明治22年ごろから輸入され、
国産品は明治40年代からで、
五十円から百五十円しました。
前記の店賃でいうと、何と最低一年半分です。

卵は大正2年ごろで一個二十銭。
昔はけっこうぜいたく品でした。
二百個ぶっつぶせば、都合四十円の損害です。

粗忽ばなしの代表格

江戸時代から口演されてきた古い噺で、
文化4年(1807)にはすでに記録があります。

「粗忽長屋」「粗忽の使者」「堀の内」などと並んで
代表的な粗忽ばなしですが、伸縮自在なため
古くからさまざまなギャグやオチが考えられました。

最近ではあらすじのように、明治・大正の設定で
演じられることが多くなっています。

明治期では、円朝門下の初代三遊亭円左が、
前の家との距離を、視線の角度と指で示すなどの工夫を加えました。

サゲはくだらないので、現行では
「ここに箒をかけますか?」
で切る場合が多くなっています。そのほか、
「ここまで箒をかけに来なくちゃならない」
などとする場合もあります。

故人では六代目春風亭柳橋、五代目柳家小さんがよく演じ、
現存の長老では三笑亭夢楽が、小円朝直伝で得意ですが、
ウケやすい噺なので、若手もよくやっています。

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