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2005.04.08

後生鰻(ごしょううなぎ) 落語

本末転倒のばかばかしさ。何度聴いても吹き出しちゃいます。 この1枚:後生鰻

さる大家の主人、
すでにせがれに家督を譲って隠居の身だが、
これが大変な信心家で、殺生(せっしょう)が大嫌い。

夏場に蚊が刺していても、
つぶさずに、必死にかゆいのを我慢しているほど。

ある日、
浅草の観音さまへお参りに行った帰りがけ、
天王橋(てんのうばし)のたもとに来かかると、
ちょうどそこの鰻屋のおやじが蒲焼きをこしらえようと、
ぬるりぬるりと逃げる鰻と格闘中。

隠居、早速、義憤を感じて、
鰻の助命交渉を開始する。

「あたしの目の黒いうちは、一匹の鰻も殺させない」
「それじゃあ、ウチがつぶれちまう」
と、すったもんだの末、二円で買い取って、前の川にボチャーン。

「あー、いい功徳(くどく)をした」

翌日、また同じ鰻屋で、同じように二円。

ボチャーン。

「あー、いい功徳をした」

その翌日はスッポンで、
今度は八円とふっかけられたが、
「生き物の命はおアシには換えられない、買いましょう」
「ようがす」
というわけで、またボチャーン。

これが毎日で、喜んだのは鰻屋。

なにしろ隠居さえ現れれば、
仕事もしないで確実に日銭が転がり込むんだから、
たちまち左うちわ。

仲間もうらやんで、
「おい、おめえ、いい隠居つかめえたな。
どうでえ、あの隠居付きでおめえの家ィ買おうじゃねえか」
などという連中も、出る始末。

ところがそのうち、
当の隠居がぱったりと来なくなった。

少しふっかけ過ぎて、
ほかの鰻屋にまわったんじゃないかと、
女房と心配しているところへ、
久しぶりに向こうから「福の神」。

「ちょっとやせたんじゃないかい」
「患ってたんだよ。ああいうのは、いつくたばちまうかしれねえ。
今のうちに、ふんだくっとこう」

ところが、
毎日毎日隠居を当てにしていたもんだから、
商売は開店休業。

肝心の鰻もスッポンも、一匹も仕入れていない。

「生きてるもんじゃなきゃ、しょうがねえ。
あの金魚……ネズミ……
しょうがねえな、もう来ちゃうよ。
うん、じゃ、赤ん坊」

生きているものならいいだろうと、
赤ん坊を裸にして、割き台の上に乗っけた。

驚いたのは隠居。

「おいおい、その赤ちゃん、どうすんだ」
「へえ、蒲焼きにするんで」
「馬鹿野郎。なんてことをしやがる。これ、いくらだ」

隠居、生き物の命にゃ換えられないと、
赤ん坊を百円で買い取り、前の川にボチャーン。

「あー、いい功徳をした」

【うんちく】

後生とは?

昔はよく
「後生が悪い」とか「後生がいい」とかいう言い方をしました。
後生とは仏教の輪廻転生説でいう、来世のこと。

現世で生き物の命を助けて功徳(よい行い=善行)を積めば、
生まれ変わった来世は安楽に暮らせると、
この隠居は考えたわけです。

史上に悪名高い五代将軍・綱吉の「生類憐(しょうるいあわれ)みの令」も、
この思想が権力者により、
ゆがんだ、極端な形で庶民に強制された結果の悲劇ですね。

何事も、ほどほどがよろしいようで。

江戸市中に鰻の蒲焼が大流行したのは、天明元年(1781)の初夏でした。
てんぷらも、同じ年にブームになっています。

それまでは、鰻は丸焼きにして、たまり醤油などをつけて食べられていたものの、
脂が強いので、馬方など、
エネルギーが要る商売の人間以外は食べられなかったとは、
よく言い習わされている説ですね。

ただし、それまでも、眼病治療には効果があるので、
ヤツメウナギの代わりとして、薬食いのように
食べられることは多かったようです。

落語屈指のブラック名品

オチが効いています。

こともあろうに、落語にモラルを求める野暮で愚かしい輩は、
ごらんの結末ゆえに、この噺を排撃しようとしますが、
料簡違いもはなはだしく、
このブラックなオチにこそ、えせヒューマニズムをはるかに超えた、
人間の愚かしさへの率直な認識が見られます。

「一眼国」と並ぶ、毒と諷刺の効いたショートショートのような
名編の一つでしょう。

ただし、くれぐれもホントにやってはいけません。
近ごろでは、シャレになりませんから。

志ん生、金馬のやり方

上方落語の「淀川」を東京に移したもので、
明治期では、四代目橘家円喬の速記が残っています。

戦後では、五代目古今亭志ん生、三代目三遊亭金馬、
三代目三遊亭小円朝がそれぞれの個性で得意にしました。
志ん生、金馬は、信心家でケチな隠居が、亀を買って放してやろうとし、
一番安い亀を選んだので、残った亀が怒って、
「とり殺してやるっ」
という小ばなしをマクラにしていました。

また、小円朝は、ふつう隠居が「いい功徳をした」と言うところを、
「ああ、いい後生をした」とし、あとに
「凝っては思案にあたわず」
と付け加えるなど、細かい工夫、配慮をしていました。

なお、この噺は、別題を「放生会(ほうじょうえ)」といいますが、
これは旧暦八月十五日に、生き物を放してやる儀式に
ちなんだものです。

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