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2005.04.14

稽古屋(けいこや)  落語

高座だと鳴り物入りでやられます。珍しい噺ですね。 この1枚:稽古屋

少し間の抜けた男、
隠居のところに、
女にもてるうまい方法はないか
と聞きにくる。

「おまえさんのは、顔ってえよりガオだね。
女ができる顔じゃねえ。
鼻の穴が上向いてて、煙草の煙が上ェ出て行く」

顔でダメなら金。

「金なら、ありますよ」
「いくら持ってんの?」
「しゃべったら、おまえさん、あたしを絞め殺す」
「何を言ってんだよ」

お婆さんがいるから言いにくい
というから、わざわざ湯に出させ、猫まで追い出して、
「さあ、言ってごらん」
「三十銭」

どうしようもない。

隠居、
こうなれば、人にまねのできない隠し芸で勝負するよりない
と、横丁の音曲の師匠に弟子入りするよう勧める。

「だけどもね、そういうとこィ稽古に行くには、無手じゃ行かれない」
「薪ざっぽ持って」
「けんかするんじゃない。膝突ィ持ってくんだ」

膝突き、つまり入門料。

強引に隠居に二円借りて出かけていく。

押しかけられた師匠、
芸事の経験はあるかと聞けば、
女郎買いと勘違いして「初会」と答えるし、
何をやりたいかと尋ねても
トンチンカンで要領を得ないので頭を抱えるが、
とりあえず清元の「喜撰」を
ということになった。

「世辞で丸めて浮気でこねて、
小町桜のながめに飽かぬ……」
と、最初のところをやらせてみると、まるっきり調子っ外れ。

これは初めてでは無理かもしれない
と、短い「すりばち」という上方唄の本を貸し、
持って帰って、高いところへ上がって
三日ばかり、大きな声で練習するように、
そうすれば声がふっ切れるから
と言い聞かせる。

「えー、海山を、越えてこの世に住みなれて、煙が立つる……ってとこは
肝(高調子)になりますから、声をずーっと上げてくださいよ」
と細かい指示。

男はその晩、
高いところはないかとキョロキョロ探した挙げ句、
大屋根のてっぺんによじ登って、
早速声を張り上げた。

大声で
「煙が立つゥ、煙が立つーゥ」
とがなっているので、近所の連中が驚いて
「おい辰っつあん、あんな高え屋根ェ上がって、煙が立つって言ってるぜ」
「しようがねえな。このごろは毎晩だね。おーい、火事はどこだー」
「煙が立つゥー」
「だから、火事はどこなんだよォー」
「海山越えて」
「そんなに遠いんじゃ、オレは(見に)行かねえ」

【うんちく】

絶滅種(?)の「音曲噺」

今は絶滅したといっていい、
音曲噺(おんぎょくばなし)の名残りをとどめた、貴重な噺です。

音曲噺とは、高座で実際に落語家が、義太夫、常磐津、端唄などを、
下座の三味線付きで賑やかに演じながら
進めていく形式の噺です。

したがって、そちらの素養がなければ絶対にできないわけで、
今残るのは、この「稽古屋」の一部と、六代目三遊亭円生が得意にした
「豊竹屋」くらいのものでしょう。

昔の寄席には「音曲師」という芸人が大勢いて、
三味線を片手に、渋い声でありとあらゆる音曲や俗曲を
面白おかしく弾き語りしていたもので、
音曲噺というジャンルも、そうした背景のもとに成立したものです。

明治・大正のころまでは、
演じる側はもちろん、聞く客の方も、大多数は稽古事などを通して、
長唄や常磐津、清元などが自然の教養として
日常生活に溶け込んでいたからこそ、
こうした噺を自然に楽しめたのでしょうね。

稽古屋①

発端の隠居とのやりとりは、
上方で最も多く演じられてきた「稽古屋」から。
初代桂春団治が得意にしました。

主人公でアホの喜六(東京の与太郎)が
稽古所へ出かけるまでの大筋は同じですが、
大阪のは隠居(甚兵衛)や師匠とのやりとりにくすぐりが多く、
兄弟子の稽古を見ているうちに、
子供の焼イモを盗み食いするなどのドタバタのあと、

「稽古は踊りだすか、唄だすか?」
「どっちゃでもよろし。色事のできるやつを」
「そんなら、私とこではできまへん」
「何で?」
「恋は指南(=思案)のほかでおます」

と、ダジャレオチになります。
東京では春風亭小朝がこのやり方で演じます。

稽古屋②・③

次の「喜撰」を習うくだりは、
東京でも演じられてきた音曲噺で、別題「稽古所」。
サゲ(オチ)はありません。

最後の屋根に上がってがなるくだりからオチまでは、
明治末に四代目笑福亭松鶴が上京した際、
「歌火事」と題して演じたものです。
これは、戦後初代桂小南、ついで二代目桂小文治が
「稽古屋」として、松鶴のやり方で東京で演じました。

以上三種類の「稽古屋」を、最後の「歌火事」を中心に
五代目古今亭志ん生が一つにまとめ、
音曲噺というより滑稽噺として演じました。
今回のあらすじは、その志ん生のものをテキストにしました。
これが、子息の古今亭志ん朝に継承されていたものです。

稽古屋・番外ポルノ編

もう一つ、正体不明の「稽古屋」と題した速記が残っています。

これは、常磐津の師匠をめぐって二人の男が張り合い、
振られた方が、雨を口実に強引に泊り込んだ上、
暗闇にまぎれて情夫になりすまし、師匠の床に忍び込んで
まんまと思いを遂げます。最後はバレますが、
とっさに二階から落ちて頭を打ったことにしてゴマかし、
女の母親が「痛いのなら唾をおつけなさい」と言うと、

「はい、入れるときつけました」

と、卑猥なオチになります。
むろん演者は不明で、音曲の場面もなく、
たぶん大正初年ごろにできたバレ噺(ポルノ落語)の一つと思われます。

音曲の師匠

ここに登場するのは、義太夫、長唄、清元、常磐津と
何でもござれの「五目の師匠」。

今はもう演じ手のない「五目講釈」という噺もありますが、
「五目」は上方ことばでゴミのことで、
転じて、色々なものがごちゃごちゃ、ショウウインドウのように
並んでいるさまをいいます。

こういう師匠は、邦楽のデパートのようなもので、
よくある、鰻屋なのに天丼もカツ丼も出すという類の店と同じく、
素人向きに広く浅く、何でも教えるので重宝がられました。

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