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2005.05.01

第442回 落語研究会 2005年4月28日 

江戸っ子の意気横溢! 志ん輔開花

今月は地味な顔ぶれながら、後半は粒ぞろいでなかなかの高水準。
それにしても、もう少しお客が入ればねえ……。

●第442回 落語研究会 2005年4月28日 国立劇場・小劇場

 演目     演者         たか評

鹿政談      柳家小太郎     ★★
大安売り    三遊亭歌武蔵    ★★                   
意地くらべ   柳家さん喬      ★★★★
熊の皮     柳家三太樓      ★★★★
幾代餅     古今亭志ん輔     ★★★★★     

【寸評】

●小太郎  マクラも枝葉も全部カット、「サンプル版」にしても25分。こんな大ネタを、開口一番の二つ目にやらせる方もやらせる方。いい度胸だ。      

●歌武蔵  相変わらずのお相撲ネタで、三分の二は相撲漫談。この御仁、芸は荒っぽいが、不思議な愛嬌とフラがあり、客のつかみ方はうまい。      
 
●さん喬   師匠譲りの強情噺。「強情灸」のように誇張された笑いでなく、いかにも明治の市井にいただろう江戸っ子の人物像をみごとに活写。この人の難点の、声の小ささや思い入れ過多を補って余りある好演でした。

●三太樓   全編爆笑につぐ爆笑。前半のかみさんのサディストぶり、後半の珍問答のおかしさに、落語のエッセンスを堪能。「尻に敷く」から女房を思い出すサゲにし、エロ噺にしなかったのも、噺の流れから自然で結構。

●志ん輔  トリにふさわしく本日の白眉。発端こそ、いつもの志ん朝の影法師がのぞいたが、登場人物それぞれに江戸っ子の心意気があふれ、爽やかでまことに立派な出来ばえ。清蔵・幾代が初会で枕を交わす運びはよい。吉原のしきたり上無理はあるが、正直な告白だけでは、幾代があんなに惚れないだろう。

◆次回(第442回)落語研究会は、5月31日(火)です。

出演予定・演題

春風亭朝之助 鮑熨斗(あわびのし)  
古今亭菊之丞 酢豆腐
瀧川鯉昇    お神酒徳利
柳家花緑    蟇(がま)の油  
立川志の輔   千両みかん

あらすじ

●鹿政談 

奈良・興福寺東門前町の豆腐屋六兵衛は、
真っ正直で気の優しい人柄。

ところが、ある早朝、
鹿が商売物のきらず(オカラ)の桶をひっくり返し、
中身をむさぼり食っていたので、
赤犬と間違えて思わず逆上、薪ざっぽうで殴り殺してしまう。

春日明神の使いの神鹿を殺した者は
有無を言わさず、男は死罪、女子供は石子詰めという生き埋めだ。

おろおろしているうちに夜が明け、
哀れ六兵衛はたちまちお召し捕り。

奈良町奉行所のお白州で、
鹿の守役で目代の塚原出雲と
興福寺番僧・了全立会いのもと、
名奉行・根岸肥前守のお裁きとなった。

情け深いお奉行、何とか六兵衛を助命しようと、
「その方は他国の生まれであろう」
「寄る年波で何も覚えておらぬのではないか」
などと助け舟を出すが、
正直一途の六兵衛。

お情けはありがたいが、自分は嘘はつけない、
心身ともにまだ達者だし、
祖父から三代続いた正真正銘の奈良の人間だと答えるばかり。

困った奉行、鹿の屍骸を引き出させ、
「うん、これは角がない。
これは鹿にあらず、犬に相違ない。一同どうじゃ」。

あわてた出雲、
「お奉行のお言葉とも思われませぬ。鹿は毎春、若葉を食しまするために
弱って角を落とし、これを落とし角と……」
「だまれ。さようなことを心得ぬ奉行と思いおるか」。

あくまで鹿と言い張るなら、
出雲・了全両人が結託の上、
幕府から下される年三千石の鹿の餌料を着服、あまつさえ
それを高利で貸し付けてボロもうけしているという訴えから吟味いたすが、
どうじゃと迫る。

鹿が飢えて民家に下り、台所を荒らすのは、
餌代のピンハネのため。
それを暴かれてはと、二人はグウの音も出ない。

こうして屍骸は犬と決まり、
六兵衛はめでたく無罪放免。

「これ、その方は豆腐屋であったな。斬らず(=きらず)にやるぞ」
「はい、マメ(=豆)で帰ります」。

【蛇足】
今回の小太郎は大阪の型で、
六兵衛は六十三歳の老人ですが、
ふつう、東京では親孝行の青年で演じます。

●意地くらべ

ある金持ちの家に
金を五十円借りにきた男。

あんたなら五十円くらい何でもないだろうなどと言うので、
怒って断ると、
今日中に金が揃わないと、あっしの顔が立たないから、
貸してくれるまでここを動かないと粘る。
警察を呼ぶと言えば、
もし牢死でもすれば、あなたを取り殺すと脅す。

根負けして理由を聞くと、
一家揃って強情で通っている家に
金を借りにいったところ、
無利息無証文で貸してくれた上、
都合のいい時にお返しなさいと言ってくれたが、
自分は晦日までに返すと心に決めたので、
どうしても今日中に返さないと男が立たないという。

そのあっぱれな強情振りと義理堅さに、
だんなもほとほと感心し、金を調達して貸してやると、
男は必ず次の晦日に返すと約束して、早速強情だんなの家へ。

ところが、
「見たところまだ都合もよくなさそうなようすだから、
受け取るわけにはいかねえ」
と突っ返される。
わざわざ金を借りてきたと話すと、
貸す奴も貸す奴、借りる奴も借りる奴だと怒って追い出す。

仕方がないので、もとの家に返しに行くと、
今度はこっちの旦那が意地になり、
晦日まではどうあっても受け取らないと、また突っ返される。

またまたまた強情旦那の所に逆戻り。
誠心誠意、無利息催促なしで恩金を貸してくれた
だんなの厚情に答えたいと頼むと、
先方はその誠意に心打たれ、
では受け取るが、お前さんに貸したのは当月一日の昼だから、
明日の正午になるまでダメだと、どこまでも頑固一徹。
二人ともそれまで座ってにらめっこすることに。

酒を酌み交わすうち、
飯でも食おう、牛鍋はどうだと聞くと、
あっしは食わず嫌いでと言うので、
言い出した以上は牛肉を食わさなければおかないと、
せがれに買いにやらせる。

それが、夜の七時を回っても帰らないので、
様子を見に表に出ると、
当のせがれが知らない男と、
これまたにらめっこの最中。

「この人があたしの鼻っ先に突っ立ったんで、あたしも
この男のどくまでここに立ってるんです」
「えらい、それでこそオレの息子だ。
しかし、家じゃ腹空かせて待ってるだろう。
早く牛肉を買ってきな」
「でもおとっつぁん、この人がどかなきゃ行かれません」
「心配するな。オレが代わりに立ってる」。[岡鬼太郎・作]

●熊の皮

 いつもガラガラ女房の尻にしかれ、
こき使われて虐待されているボンクラ亭主。

今日も疲れて帰ると、
やれ米を研げ、掃除だ洗濯だ干し物だと、
休む間も与えない。

あげく、横町の医者から到来物の赤飯をもらったから、
礼に行けという。

口上を教え、
「『うけたまわりますれば、何かご到来物がございましたそうで、
お門多のところを、手前どもまで赤飯を頂戴しまして、ありがとう存じます。
女房からくれぐれもよろしく申しました』。お前さんはおめでたいから、
決して最後のを忘れるんじゃないよ。それからあの先生は道具自慢だから、
何か道具の一つもほめといで」
と注意されて送り出される。

着くなりいきなり、
「ええ、何かおとむらいがありましたそうで。ご愁傷様で」。

トンチンカンな問答のあげく、
案の定肝心の「女房が」以下をきれいに忘れてしまった。

「……えー、先生、何かほめるような道具はないですか」
「ナニ、道具が見たいか。よしよし、……これはどうだ」
「へえ、こりゃあ何です?」
「珍品の熊の皮の巾着だ」
「クマノカワって何です?」。
「あのなあ、何ですと言っても、クマノカワはクマノカワなんじゃがな。
尻にしかれてるからわかるだろう」
「尻にしく……? あっ、先生、女房がよろしく申しました」。

【蛇足】
艶笑(エロ)噺のときは
熊の黒い毛と鉄砲玉の痕をなでまわし、
穴に二本指を入れて思い出し、「女房が……」となります。

●幾代餅

日本橋馬喰町一丁目の搗(つき)米屋・
六郎兵衛方の奉公人・清蔵。

二十歳を越しても遊び一つ知らず、まじめ一方の堅物。

ところがこの男、ある日人形町の絵草子屋で見かけた、
当時全盛の吉原・姿海老屋抱えの
幾代太夫の錦絵に恋わずらい。

どうしても幾代太夫に会えなければ死ぬと言うので、
親方も大弱り。

太夫は大名道具と呼ばれ、
とても米屋の奉公人などに手の出るはずもない。

仕方なく、
今日から一年間、死ぬ気でけんめいに働けば、
来年の今日、その貯まった給金で吉原へ連れて行き、
太夫に会わせると、嘘も方便。

それを真に受けた清蔵、急に元気が出て、
それから一年、寝食を忘れて猛烈に働き、
貯まった金が十三両二分。

いよいよ約束の日、
親方に、預けた金を渡してくれと申し出た。

すっかり忘れていた六郎兵衛、
あれはお前を元気付けるための嘘で、
殿様か大金持ちでないと太夫など買えるわけがないと諭すが、
清蔵は聞かない。

仕方なく、
腕は問題外だが、遊び人で吉原の大見世にも顔の利く
医者の藪井竹庵を介添えに頼み、
六郎兵衛が金を足して十五両持たせ、
清蔵を野田の醤油問屋の若だんなということにして、
竹庵と二人で姿海老屋に乗り込む。

幸いその日、幾代太夫の体が空いていたので、
晴れてご対面できたばかりか、
どういう運の巡りあわせか、
その夜めでたくお床入り。

翌朝、
この次はいつ来てくんなますと尋ねる幾代に、
「へい、この次は来年…… 」 。

正直な清蔵、嘘をつき通せず、
とうとう自分の素性や経緯を
洗いざらい打ち明けてしまう。

涙ながらにわびる清蔵の誠実さに、
幾代太夫は胸を打たれ、
わちきは来年年季が明けるから、そのときは女房にしてくんなますかと、
思いがけない言葉。
さあ、清蔵は夢かとばかりに感激。

こうして約束通り、
翌年、幾代が丸髷に結って六郎兵衛宅に嫁入り。
夫婦で幾代餅という餅屋を開店、
大繁盛したという、めでたしめでたしの一席。

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