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2005.05.23

猫の皿(ねこのさら)  落語

お目当ては皿か、猫か。

明治の初めのこと。

ある端師(はたし)が、
東京では御維新このかた、
あまりいい掘り出し物が見つからなくなったので、
これはきっと江戸を逃げだした人たちが、
田舎に逸品を持ち出したのだろうと踏み、
地方をずっと回っていた。

中仙道は熊谷在の石原あたりを歩いていた時、
茶店があったので休んでいくことにし、
おやじとよもやま話になる。

そのおやじ、
旧幕時代は根岸辺に住んでいて、
上野の戦争を避けてここまで流れてきたが、
せがれは東京で所帯を持っているという。

いろいろ江戸の話などをしているうちに、
何の気なしに土間を見ると、
猫が飯を食っている。

猫自体はどうこうないが、
その皿を見て端師、内心驚いた。

絵高麗の梅鉢の茶碗といって、
下値に見積っても三百円、
つまり旧幕時代の三百両は下らない代物。

とても猫に飯をあてがうような皿ではない。

さてはこのおやじ、
皿の価値を知らないなと見て取った端師、
何とか格安で皿をだまし取ってやろうと考え、
急に話題を変え
「時におやじさん、いい猫だねえ。
こっちへおいで。ははは、膝の上に乗って居眠りをしだしたよ。
おまえのところの猫かい」
「へえ、猫好きですから、五、六匹おります」

そこで端師、
自分も猫好きでずいぶん飼ったが、
どういうものか家に居つかない。
あまり小さいうちにもらってくるのはよくないというが、
これくらいの猫ならよさそうなので、
ぜひこの猫を譲ってほしい
と、持ちかける。

おやじが妙な顔をしたので
「ハハン、これは」
と思って
「ただとは言わない、この三円でどうだい」
と、ここが勝負どころと思って押すと、
しぶしぶ承知する。

さすが商売人で、
興奮を表に出さずさりげなく
「もう一つお願いがあるんだが、
宿屋へ泊まって猫に食わせる茶碗を借りると、
宿屋の女が嫌な顔をするから、
いっそその皿もいっしょにくれないか」

ところがおやじ、しらっとして、
それは差し上げられない、皿ならこっちのを
と、汚い欠けた皿を出す。

あわてて
それでいい
と言うと
「だんなはご存じないでしょうが、
これはあたしの秘蔵の品で、
絵高麗の梅鉢の茶碗。
上野の戦争の騒ぎで箱はなくしましたが、
裸でも三百両は下らない品。三円じゃァ譲れません」
「ふーん。なぜそんな結構なもので猫に飯を食わせるんだい」
「それがだんな、
この茶碗で飯を食わせると、
ときどき猫が三円で売れますんで」

【うんちく】

原作は?

原作は、滝亭鯉丈(りゅうてい・りじょう、?~1841)が
文政4(1821)年に出版した
滑稽本(こっけいぼん)「大山道中膝栗毛」中の一話です。

鯉丈という人は、戯作者(げさくしゃ)、つまり今でいう流行作家。

滑稽本というのは、
有名な弥次喜多の「東海道中膝栗毛」に代表される、
落語のタネ本のような、ユーモア小説です。

鯉丈は、落語家も兼ねていたといいますから、驚きです。

自分の書いたものを、
高座でしゃべっていたかもしれませんね。 

原作では猫じゃくて猿!

それはともかく、
もとの鯉丈の本では、買われるのは猫でなく、実は猿なのです。

汚い猿が、金銀で装飾した、
高価な南蛮鎖でつながれていたので、
飼い主の婆さんに、
「あの猿の顔が、死んだ母親にそっくりだから」 
と、わけのわからないことを言って
猿ごと鎖をだまし取ろうとするわけです。

果師って?

「果師」というのは、「端師」とも書き、
はした金で古道具を買いたたくところからついた名称であるようです。

「高く売り果てる(売りつくす)」意味の「果師」だともいいますが、
「因果な商売」の「果」かもしれません。

いつも掘り出し物を求めて、旅から旅なので、
三度笠をかぶり、腰に矢立(携帯用の筆入れ)を差しているのが
典型的なスタイルでした。

この男がだまし取りそこなう「高麗の梅鉢」は、「絵高麗」といって、
白地に鉄分質の釉薬(うわぐすり)で黒く絵や模様を描いた朝鮮渡来の焼き物。
梅の花が図案化されています。たいへんに高価な代物です。

だれがやったの?

明治の円喬も含め、志ん生以前には、
この噺の演題は「猫の茶碗」が一般的でしたが、
絵高麗は皿なので、志ん生が命名した「猫の皿」が妥当でしょう。

明治44年の円喬の速記では、
時代を明治維新直後、爺さんは江戸近郊・根岸の人で、
上野の戦争の難を避けて、皿を持って疎開したと説明されます。

一方、志ん生は、
江戸末期、武士が困窮のあまり、先祖伝来の古美術品を売り払ったので
こうした品が地方に流れたという時代背景を踏まえ、幕末のできごとにしています。

これは、なかなかおもしろい見方で、
志ん生が、ただのいきあたりばったりでなく、
相当の勉強家でもあったことがよくわかります。

【コラム】

 ここに登場する「はたし」は、果師、端師、他師などと書き習わされる。骨董の仲買商だ。この噺のように、高価なものを安い値段で買い取って高く売りつけるのが商売。ささやかな欺きやだましはお手の物なのに、ここでは茶屋のおやじにしてやられる。そこが落語らしい。

 かつては、五代目古今亭志ん生や三代目三遊亭金馬がよくやった。とりわけ志ん生は骨董好きのためか、マクラをたっぷり振って毎度のおかしさだった。今ではだれもがよくやる。立川志の輔ですらやっている。この噺は短いので、マクラをたっぷり振らないともたないのが難点。オチでしか笑わせられないので、マクラでさんざん笑わせておくしかない。表現力の乏しい噺家には意外に難しいかも。

 もとは「猫の茶碗」という題だったのが、志ん生が「猫の皿」でやってから今ではこの題が一般的になってしまった。志ん生の型は、彼自身が尊敬してやまなかった四代目橘家円喬による。円喬は、明治期の中仙道熊谷在の石原に設定。茶屋のおやじは、明治元年5月に起こった彰義隊の戦いで江戸から逃げてきたことになっている。そのため、おやじが果師から東京の近ごろのようすを聞き出すくだりがある。
「あの、御見附(おみつけ)なんぞなくなりましたそうですな」
「ああ、内曲輪(うちくるわ)だけは残っているが、外曲輪はたいがい枡形もこわしてしまって、元の形はなくなった」
「へえ、浅草のほうはどうなりました」
「あの見附はいちばん早くなくなって、吾妻橋でもお厩橋、両国橋、みんな鉄の橋に架けかわって立派なものだ」
「へえ、観音さまはやはりあすこにありますか」
「あんな大きな御堂はどこへも引っ越しはできない。まあひとつお茶をくんな」
 会話に出てくる3つの橋は隅田川に架かっているが、鉄橋化した年は以下の通り。
 吾妻橋  明治20(1887)年
 厩橋   明治26(1893)年
 両国橋  明治37(1904)年
 だからこの噺は、明治37年以降の話題なのだろう。さきほど引用した円喬の「猫の茶碗」の速記は明治44(1911)年のもの。彰義隊の顛末が人々の記憶から消え去らずにいたころらしい。
 とはいえ、この噺の原話は意外に古い。文化年間(1804-1817)刊行の滝亭鯉丈「大山道中膝栗毛」に、「猿と南蛮鎖」として出てくる。
 茶屋で南蛮鎖にゆわえられた猿。男は高価な南蛮鎖が欲しくて「猿の顔が死んだおふくろに生き写し。どうか売ってください」と茶屋のばあさんに掛け合う。ばあさん「この鎖をつけると、むしょうに猿が売れます」と鎖を綱に取り替えて、にっこり。
 こっちもおかしい。(古木優)

おすすめCD猫の皿

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コメント

こんばんわ、はじめまして。
トラバからこさせていただきました。
大変詳しく落語の説明をされていて、とても
勉強になりました。
色々と奥の深い歴史があるんですねぇ。

投稿: みんと | 2005.05.28 20:00

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