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2005.05.14

天災(てんさい)  落語

これは、八五郎と心学の先生との対決。でも、すっとこな問答は相変わらず

隠居の家に
気短な八五郎がいきなり飛び込んできて
「女房のとおふくろのと、離縁状を二本書いてくれ」
と言う。

鯵(あじ)を猫に盗まれたことから夫婦げんかになり、
止めに入ったおふくろをけっ飛ばしてきたというので、
あきれた隠居、
長谷川町新道の煙草屋裏に、
紅羅坊名丸(べにらぼうなまる)という偉い心学(しんがく)の先生がいるから
話を聞いて精神修行をし、心を和らげてこい
と、紹介状を書いて送りだす。

八、先方に着くといきなり
「ヤイ、べらぼうになまける奴、出てきやがれッ」
と、どなり込んだから先生も驚いた。

紹介状を見て
「おまえさんは気が荒くて、
よく人とけんかをするそうだが、短気は損気。
堪忍の成る堪忍は誰もする。ならぬ堪忍スルガ堪忍、
気に入らぬ風もあろうに柳かな」
「堪忍の袋を常に首へかけ破れたら縫え破れたら縫え」
と諭すが、一向に通じない。

往来で人に突き当たられたらどうするか
と聞くと、
殴りつける
と言うし、
もし軒下を歩いていて屋根瓦が落ちてきてけがをしたら
と、問うと
「そこの家に暴れ込まァ」
「家の人がしたのではないぞ」
「しなくたってかまわねえ」
「それでは、表で着物の裾に水を掛らけられたら? 子供なら堪忍しますか?」
「しねえ。その家に暴れ込む」

それでは、
と先生、
五町四方もある原っぱでにわかの夕立、
びっしょり濡れて避ける所もないときは、誰を相手にけんかする? 
と突っ込むと、さすがの八五郎もこれには降参。

「それ、ごらん。そこです。
天災というもので、災難はちゃんとその日にあることに決まっている。
先の屋根から落ちた瓦もそうです。
わざわざこちらから掛かりに行くようなもので、災難天災といいます。
人間は天災てえことを知って、何事も勘弁しなければいけません」

わかったのかわからないのか、
ともかく八五郎、すっかり心服して、
なるほどお天道さまがすると思えば腹も立たない、
天災だ天災だ
と、すっかり人間が丸くなって帰る。

なにやら隣の家で言い争っているので、
何事かと聞くと、
吉兵衛が、かみさんの知らぬ間に女を連れ込んでもめている
という。

ここぞと止めに入った八五郎、
「まあ落ち着け。ぶっちゃあいけねえ。
奈良の堪忍、駿河堪忍」
「なんだよ」
「気に入らぬ風も蛙かな。ずた袋よ。破れたら縫うだろう?」
「だからなんでえ」
「原ン中で夕立にあって、びっしょり濡れたらどうする? 天災だろう」
「なに、天災じゃねえ。先妻だ」

【うんちく】

心学とは?

石田梅岩(1685~1744)が創始しました。

「心学」は梅岩の人生哲学と、
それをもとにした民衆教化運動の、両方を指します。

この噺を見るかぎり、
単なる運命肯定、「諦めの勧め」と
理解されやすいのですが、実際は、
人間の本性を率直にとらえ、人間の尊厳を
通俗的なたとえで平易に説いた教えです。

そこから四民平等、商業活動の正当性を
最初に提唱したのも梅岩一派だったのです。

石門(せきもん)心学ともいい、梅岩門下によって、
以後天保年間(1830~44)にいたるまで、
町人を中心に、大いに興隆しました。

この噺のように、師弟の辛抱強い問答によって
教義を理解させる方法が特徴で、
原則として教習料はタダでした。

意外な人気作?

かなり古くから、江戸で口演されてきた噺です。

明治二十二年の二代目古今亭今輔の速記が残り、
三代目小さんから四代目、五代目と伝わりました。

八代目林家正蔵のは、晩年の三代目小さんからの直伝だそうです。

地味で笑いも少なく、短いので
前座噺の扱いを受けることもあって、
滅亡寸前と思いきや、以外に人気(?)があって、
現在も比較的よく演じられ、
音源も、故人では六代目春風亭柳橋、五代目小さん、
現役では談志、小三治など、けっこうたくさんあります。

心学ばなしはほかにも
心学の登場する噺は、昔はかなりあったようですが、
現在は「中沢道二(なかざわどうに)」「由辰」が
生き残っているほか、
「堪忍袋」(アップ済)も、心学の教義が根底にあるといわれます。

上方落語の「人の悪き」は、
「人の悪きはわが悪きなり」と教わって、
帰りに薪屋の薪を割らせてもらい、
「人の割る木はわが割る木なり」と地口(ダジャレ)で落とすもので、
「天災」とよく似ていますが、
同じ心学ばなしでも別系統のようです。

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