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2005.05.15

愛宕山(あたごやま)  落語

文楽のおはこ。幇間って、愛すべき職業ですね。 この1枚:愛宕山

ころは明治初年。

だんなのお供で、
朋輩(ほうばい)の繁八や芸者連中と
うちそろって京都見物に出かけた幇間(たいこ)の一八(いっぱち)。

負けず嫌いで、
何を聞かれても
「朝飯前でげす」と安請け合いをするのが悪い癖。

あらかた市内見物も済み、
今度は愛宕山に登ろうという時に、
だんなに、愛宕山は高いから、
おまえにゃ無理だろうと言われ、
また「冗談言っちゃいけませんよ。
あたしだって江戸っ子です。
あんな山の一つや二つ、朝飯前でげす」
と見栄を張ったばっかりに、
死ぬ思いでヒイヒイ言いながら登る羽目になった。

弟弟子の繁八を何とか言いくるめて
脱走しようとするが、
だんなは先刻お見通しで、
繁八に見張りを言いつけてあるから、
逃がすものではない。

おまけに、途中でだんなに
「早蕨の握り拳を振り上げて
山の横面春(=張る)風ぞ吹く」
という歌を自慢げに披露したまではいいが、
「それじゃ、サワラビってえのは何のことだ」
と逆に聞かれて、シドロモドロ。

おかげで十円の祝儀をもらい損なう。

ようやく山頂にたどり着くと、
ここでは土器投げが名物。

茶屋の婆さんから平たい円盤を買って、
頂上からはるか下の的に向かって投げる。

だんなは慣れていて百発百中、
夫婦投げという二枚投げも自由自在だが、
一八がまた「朝飯前」と挑戦しても、全くダメ。

そのうちだんな、
酔狂にも土器の代わりに本物の小判を投げ始めたから、
さあ一八は驚いた。

もったいなと止めると、
おまえには遊びの味がわからないと、
とうとう三十枚全部放ってしまう。

拾った奴の物だと言うので、
欲にかられた一八、
だんなが止めるのも聞かばこそ、
千尋の谷底目がけ、
傘でふわりふわりと落下。
血走り眼で落ちていた三十枚全部かき集めた。

「おーい、金はあったかー」
「ありましたァー」
「全部てめえにやるぞー」
「ありがとうございますゥー」
「どうやって登るゥー」
「あっ、しまった」
「欲張りめ。狼に食われてしまえ」

奴さん、何を考えたか、
素っ裸になると着物を残らすビリビリと引き裂き、
長い紐をこしらえると、
そいつを嵯峨竹に引っかけ、
竹の弾力を利用して、反動で空高く舞い上がるや、
「ただいまっ」
「えらいっ、きさまを生涯贔屓(ひいき)にしてやるぞ」
「ありがとう存じますっ」
「金は?」
「あっ、忘れてきた」

【うんちく】

待ってました、黒門町!

三代目円馬から直伝で「黒門町」こと八代目文楽が継承し、
磨きに磨いて、一字一句ゆるがない名人芸に
仕上げました。

特に後半の、竹をたわめる場面は体力を要するので、
晩年、侍医に止められましたが、文楽は最後まで
「愛宕山」に固執したといいます。

この噺に出てくるだんなは、文楽のパトロンだった
樋ィさんこと樋口某氏がモデルです。(→「つるつる」)

米朝の「愛宕山」

文楽演出を尊重しながらも、いかにも大阪らしい
「愛宕山」を演じて、これも十八番、名人芸です。

米朝始め上方ヴァージョンでは、東京と異なり、
大阪ミナミの幇間の一八と繁八が、
京都・室町のだんなのお供で野駆け(のがけ=ピクニック)に出かけ、
ついでに愛宕山に参詣を、となります。

だんながあまり大阪をくさす(ケチをつける)ので、
腹を立てた二人が、だんながかわらけ投げをしているのを、
「京の人間はシミったれやさかい、あんなもんしかよう放らん」
と、いやみを言い、
だんなが怒って小判を投げるという設定です。

同じ取り持ち稼業でも、大阪の幇間は決してイエスマンでなく、
反骨精神旺盛だったようですね。

土器(かわらけ)投げ

江戸でも王子の飛鳥山、谷中の道灌山で
さかんに行われていました。

「日ぐらし(=日暮らしの里。現在荒川区日暮里)は
壱文ずつが飛んでいき」
「かわらけが逸(そ)れて桜の花が散り」
などの川柳があり、春の行楽の風物詩でした。

愛宕山

現・京都市右京区上嵯峨にあり、海抜は924mと、
けっこう高い山です。

一年を通じてにぎわいましたが、
特に、陰暦6月24日の愛宕千日詣では有名です。

なお、登山の途中で一八がひけらかす
「早蕨(さわらび)の……」の狂歌は、
当人が知っていたかどうかは定かではありませんが
江戸天明狂歌のパイオニア、
大田蜀山人(1749~1823)の作です。

愛宕山:こぼればなし

「私はこれをかしく師匠(引用者注:二代目文の家かしく、
のち三代目笑福亭福松。1884~1962)に習ったのですが
『愛宕山へいっぺん行って来なあきまへんな』
と言うと
『行ったらやれんようになるで。この噺嘘ばっかりやさかい』
と言われて……」
(「米朝ばなし・上方落語地図」より)

【コラム 古木優】

 古い同題の上方噺を3代目三遊亭円馬が東京風に脚色した。
 円馬から8代目桂文楽に伝わる。文楽のおはこだった。東京の噺家が語る上方を舞台にした噺の一。「三十石船」などほかにもあるが、中国人俳優が日本人役として登場するハリウッド映画のような珍妙ぶり。
 愛宕山とは、もちろん京都のだ。東京のではない。修験道の聖地。
 山頂には愛宕神社がある。「堀の内」の上方版「いらちの愛宕まいり」もここが舞台となっている。

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コメント

「あたごやま」なら、汽笛一声・・・の、東京都港区新橋の愛宕山(山頂に愛宕神社とNHK放送博物館がある)となってしまう。
京都の愛宕山は、「あたご『さん』」です。

・・・・なんてことを識者の綴った本で読んだんですが、いかがでしょうか。
演ってるひとに訊くと、すぐ判るんですが・・・。

投稿: | 2006.11.27 19:47

「都名所図会」(安永9=1780年初版)にも
絵図に「あたごさん」とルビが振ってありますから
正式名称はご指摘のとおりでしょうね。

ただ、上方落語でも、米朝師匠所演の
「愛宕山」「いらちの愛宕まいり」ともに
「アタゴヤマ」と言ってまんな。

要するに、アタゴサンよりアタゴヤマの方が
言い易いから、下々では東西を問わず
「ヤマ」と呼ぶようになったのでしょう。

ウェブサイトの愛宕山観光のホームページも
アドレスはhttp//………atagoyama
となっています。

ただ、ややっこしいことに、地元の愛称は
昔から「愛宕さん」らしいです。

まあ、まず、こんなところで。

投稿: たか | 2006.11.27 23:09

んー、これって難しいかもしれない(考えてもわからないということ)。
で、ちょっと調べてみます。

調べた結果は後日ここに書きますが、その前に言えることは・・・・
------------------------------------------------
* 1.演題名という固有名詞なので、読みは一通りであろう。
・ 1の補の1:ひとの苗字で「こうもと」か「かわもと」か(河本)という例も多くあるように、正しくはどちらかに限る。
・ 1の補の2:しかし「菊池寛」のように、本来「ひろし」であっても本人が了解しているように「かん」と読み、つまり両方OKという例もある。
* 2.これを文字(漢字)にしてしまうと、ふりがなが無いと混乱・間違いが生じる。
・ 2の補の1:固有名詞でも普通名詞(一般名詞)でも、漢字で書くと人によって読めないかもしれないという「難読」かという判断が常にあり、そのとき筆者や出版者は「ふりがな」を入れる(当て字の場合もある-----)。この場合は問題無し。
・ 2の補の2:通常は誰でも読めるであろうという場合は、ふりがなを付けない。そのとき、用いられる漢字が単純だと特にこの問題が起こる。
・ 2の補の2の補:「本町」という地名は全国に「ほんまち/ほんちょう」と多いだろうが、横浜で本町は「ほんちょう」(マイナーな例でなく駅前一等地の地名)。同様に「元町」はモトマチでしょ? しかしこれらはものの「慣れ/常識/知名度」があり、こどもでも「札幌・富山・岐阜」をさっぽろ・とやま・ぎふ---というのは何歳からは覚えていくのでしょう(だって「とみやま・とみさん」とも読めるわけで・・・)。

・・・ てんで、話が長い?

長いね?・・・・・・・ 一旦閉じて、次にコメントすることにします。
(  つづく  )

投稿: _man | 2006.11.28 11:29

文楽の「愛宕山」では、しっかり「あたごさん」と言ってます。
まあ、どうでもいいことですが、これで解決では、いけませんかね。

投稿: ちんちん | 2006.11.28 12:01

でも、ないでしょう。

たしかに、文楽は「あたごさん」と呼んでます。
でも、米朝は「あたごやま」と言ってる。

なら、わがサイトでは、もっとも決定打が出るまでは、
従前の表記でまいります。

投稿: ふる | 2006.11.28 12:06

どーもすみません、先に小理屈並べた者ですが・・・。

調べました。
で、そんな理屈はいいんじゃないか、演目名は噺の内容(あるいは出来)とは関係無いのだし、という意見も重々、はなから存じています。

ただ、先に2-3言っておきたい。
------------------------------------------------
* 1.映画でも講談でも、本篇中の音声で人名等が語られて、だからといってて、その謂いかた(音声)だけが「正しい」とは限らない。
・ 仮にある(米国の)映画で「ディーノ(あるいはディノ)」

投稿: _man | 2006.11.28 15:42

最初の方は、演題を問題にされていたのでは?

少なくとも、演題に関しては、
「あたごさん」というのは聞いたことがありませんな。

文楽関係の速記のルビも、私が知っているかぎりは
すべて「あたごやま」で、「あばらかべっそん」もしかりです。

もっとも、ルビなんてえなあ、
あてにならねえと言われれば、それまでですが。
三代目円馬のは、どうだったのでしょう。

上方では「あたごさん」、
東京では「あたごやま」の演題というのなら、
まだわかりますが、あいにくと
落語では両方とも「やま」ですから。

なぜ落語だけ「あたごやま」と呼ぶようになったかは
研究課題として、ともあれ、
正式名称は「あたごさん」、演題は「あたごやま」
とりあえず、これでよろしいのではないかと。


投稿: たか | 2006.11.28 16:04

先のコメントで、「上方でもあたごやま」
と、断定してしまいましたが、異説がありましたので、
一部訂正させていただきます。

上方落語研究家の故・宇井無愁著「落語の根多」
では、「愛宕山」の項で「あたごさん」とルビを振り、
次のように補説しています。

「東京では愛宕ヤマとよぶが、中世信仰の対象になった山は、
恐山・羽黒・湯殿・月山・富士・御嶽・白山・
高野・英彦山すべてサンであり、
『伊勢へ七度熊野へ三度、愛宕サンへは月参り』
とあるように、京都の愛宕山も例外ではない(後略)」

要は、東京落語の演題の読みがおかしいのだから、
すべからく正式な読み通り「アタゴサン」に
統一せよ、と主張しているわけです。

ただ、これが、有名な東京嫌いだった氏の反骨心の
あらわれだったのか、それとも、
上方では本来の古い速記はすべて「あたごさん」で、
東京の影響を多分に受けた米朝(またはその世代)が
「あたごやま」で演りだしたのか、
判断が難しいところです。

後者であれば、私どもの上方に関する断定は
すべて取り消して謹んでお詫びし、
「演題は本来、上方ではアタゴサン、東京では
アタゴヤマ。当サイトでは、東京落語を基準に
しているため、『アタゴヤマ』で統一」
と、改めてお断りするのに、やぶさかではありませんが。

どなたか上方落語にお詳しい方に、このあたりを
ご教示願えれば、幸いです。

投稿: たか | 2006.11.28 16:40

文楽の「愛宕山」では、明らかに「あたごさん」と言ってる
って、さっき言ったじゃないですか。

あんまり、断定的に語らないでほしいもんです。

投稿: ちんちん | 2006.11.28 18:18

だから、「演題」に関してと、再三言っているはずですが。

文楽でも志ん朝でも、噺の中でだんなに
「アタゴサン」と言わせていることは明白だし、
われわれも山の名称の「アタゴサン」の正当性を
否定しているわけではありませんぞなもし。
何か、勘違いをなさっていませんか?

なお、演題論争に関しては、面倒なので
かの京須偕充センセイに「代わって」回答していただき、
これをもってとりあえず、当方の正式見解に代えさせていただきます。

上方で古来、この噺をどう呼んだかは別として、
これが現在のオーソドックスな解釈と思います。

それ以上は、落語協会にでも掛け合ってくださいな。

「神を敬う心から『様』の意をこめて『アタゴサンに
お詣り』とはいうものの、山の呼称は『アタゴヤマ』
なのだそうで、信仰色の薄い花柳界ピクニックなら、
従来通り『アタゴヤマ』の題名で差し支えあるまい。
ひところ東京で論じられた『アタゴサン』正統説を
桂米朝ははっきりと否定している」
 (ちくま文庫版「志ん朝の落語3」『愛宕山』解題)

なお、申し添えれば、前半の山の正式呼称に関わる部分は
あくまで京須氏の見解であり、われわれは否定も肯定も
する立場ではありません。「山の呼称はアタゴヤマうんぬん」
の根拠、出典提示を求められても困ります。

最後に、前レスでも述べましたが、八代目文楽は
自伝「あばらかべっそん」で、演題に関しては
はっきりルビ付で「アタゴヤマ」と述べています。

投稿: たか | 2006.11.28 19:49

調べましたと言いながら、書き込みが途中で切れてしまって、すみません。

(もうすでにくどいと思われるでしょうが、一応「途中」の先まで書きます)
------------------------------------------------
* 1.「ディーノ」と書こうとしたのは、劇中でディーノと(人名が)呼ばれるとしても、劇のタイトルは「ディーン(・マーチン)」ということもあると言おうとしたものです。この場合、劇中の呼称を根拠としてタイトルの呼び名の正否を決められないという例です。
* 2.一番最初に私が「識者」と書いたのは・・・・
<東京落語地図(現在は文庫本) 発行:朝日新聞社 著者:佐藤光房 ------ この本,ご存知のかたも多いはず >
の中の一篇が、以下(原文のまま引用します)。
「桂文楽が十八番にしていた『愛宕山』という噺がある。これは京都が舞台で、読みは「あたごさん」。放送博物館があるのは「あたごやま」だ。」
それで、私が「あたごさん」が正しいんじゃないかと言い出したのは、これを根拠にしています。
・ 2の補:この文章は「死に神」の解説の末尾にあります。例の「あじゃらかもくれん・・・」の呪文を過去の師匠連がどう演ったかに触れ、末尾に「・・・JOAK(現NHKラジオ1)」と謂ったのが(むろんラジオ時代・戦前です)先の円生であると説き、そこからNHK放送博物館、愛宕山(港区の)、演目の愛宕山とは、という展開になっています。
------------------------------------------------

で、やっと結論になりますが・・・・。
各落語協会に問い合わせたところ(結構面倒でした)、答えの正解は「あたごやま(今も昔も関東関西問わず)」でした。

私としては、立川流の特に家元の見解なり薀蓄なり小噺(・・・ま、いいや)を訊きたかったのですが、連絡先電話はついぞ判りませんでした。

投稿: _man | 2006.11.29 04:30

文楽が「あたごさん」と言ってるのは
よーく聴くと、「愛宕さん」と言ってるようですね。

「成田さん」「大山さん」なんかと同じもんですね、きっと。

だから、演題の呼び方とは、違ってたみたいです。
失礼しました。

投稿: ちんちん | 2006.11.29 10:33

どうやら、愛宕山論争は収束したようですね。

では、わがサイトでは「あたごやま」でいきます。

みなさま、熱論、おつかれさまでした。

投稿: ふる | 2006.11.29 11:05

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