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2005.06.14

馬のす(うまのす)  落語

意外に珍しい、釣りの噺です。 この1枚:馬のす

釣好きの男、
今日も女房に文句を言われながら、
こればかりは止められないと、
ウキウキして出かけていく。

釣場に着くと、早速道具の点検。

オモリよし、浮きよし、
ところが肝心のテグスがダメになっている。

出先で替えはない。

困っていると、馬方が馬を引いて通りかかる。

そこで馬がどうしても言うことを聞かず、
前に進まなくなったので、
しかたなく木につないで、
男に「ちょっとの間お願い申します」と見張りを押しつけると、
そのまま行ってしまった。

「ああ、ダメだよ。おい、そんなところに
……あああ、行っちまいやがった」

舌打ちしたが、何の気なしに馬の尻尾を見て、はたと手を打つ。

こいつは使えそうだと引っ張ると、
なかなか丈夫そう。

三本、釣糸代わりに頂戴したところへ、友達の勝ちゃん。
馬の尻尾を抜いたと聞くと、いやに深刻な顔をして
「おまえ、えれえことをした。馬の尻尾を抜いたらどういうことになるか知らないな」
と思わせぶりに言う。

不安になって、教えてくれと頼んでも
「オレだってタダ習ったんじゃねえんだから、
親しき中にも何とやらで、酒でも一杯ご馳走してくれれば教えてやる」
と条件をつける。

酒はないと言っても、
今朝かみさんがよそからもらった極上の一升瓶を
ぶらさげているのを見られている。

知りたさと不安はつのるばかりなので、
しかたなく承知して、
勝公を家に連れていく。

腰を据えた勝公、
酒はのみ放題枝豆は食い放題。

じれた相棒がせっついても、
話をそらして一向に教えようとしない。

そればかりか、オレも同じように馬の尻尾の毛を抜いてると、
年配の人に、これこれこういう祟りがあると聞いて、
恐ろしさに震え上がっただの、気を持たせるだけ持たせ、
ついに酒も枝豆もきれいに空にしてしまった。

「ごちそうさん。さあ、馬の尻尾のわけ、教えてやろう」
「どうなるんだい」
「馬の尻尾……抜くとね」
「うん」
「馬が」
「馬が」
「痛がるんだよ」

【うんちく】

ふしぎな怖さを覚える噺

どこがどうということもない、
他愛ないといえば他愛ない噺なのですが、
オチの「痛がるんだよ」を聴いてしまった後も、
何とはなしに、これで終わりではないのではないか、
まだ、とてつもなく恐ろしい何かが隠されているのではと、
薄気味悪さ、不気味さがぬぐいきれません。

皆さんはいかがでしょうか。

相手が何も言わないから、よけい不安がつのります。
たぶん、脅かす常套手段でしょうが、そうでないかもしれません。

馬のすは本来、白馬の尾をいい、
この噺の馬も、当然そうでしょうが、
実を言うと、評論家の飯島友治という人は、
日本人は古来、
白い動物に神秘性や呪力を感じていて、
それを恐怖し、畏怖する本能が
受け継がれているという説を述べています。

この噺の「えれえことをした」という言葉も
その恐怖の象徴というのですが、
さて、どうでしょうか。

八代目文楽の「逃げ噺」

れっきとした東京の噺家ながら
長く大阪で活躍した三代目三遊亭円馬の直伝で、
昭和の名人・八代目桂文楽が得意にしていました。

とはいっても、これは、大ネタの十八番と違って、
夏場の、客が「セコ」なときなどに、
短く一席やってお茶をにごす、いわゆる「逃げ噺」です。

六代目円生の「四宿の屁」などもそうですが、
大看板は必ずこうした「逃げ噺」を持っています。
文楽も、ある夏はトリ(=主任、興行の責任者)の席以外は
毎日「馬のす」で通したこともあったといいます。

文楽の写実芸

この噺、もともとは大阪ダネですが、
小品といえども、後半の枝豆を食べる仕種に、
伝説的な「明烏」の甘納豆を食べる場面同様、
文楽一流の巧緻な写実芸が発揮されていました。

短い噺で、本来は小ばなしとして
マクラに振られるに過ぎなかったのを、
前述の円馬が独立した一席に仕立て、
文楽がそれを受け継いで、それなりに磨きをかけたものです。

ただ、文楽も「大仏餅」(近日アップ予定)のような大物人情噺を
じっくり演じる時間があるときには、
そのマクラに「馬のす」を添えることがありました。

馬のすって?

「馬尾毛」とも書き、
一説には、群馬県多野郡の万馬というところの
方言ともいいます。

先にご紹介の通り白馬の尾で、
上方では、味噌こし網に用いました。

テグスとはテングス?

天蚕糸と書き、絹製の釣り糸で、
テグス蚕の幼虫から取り出すので、
この名があります。

なお、釣りの出てくる噺はほかに、
「野ざらし」「おしの釣り」「釣り指南」があり、
そのほか、「船徳」「あたま山」にも
釣竿や釣師が登場しますが、
あまり多くありません。

これは、江戸も幕末になるまでは、
釣りは主に武士のたしなみで、
庶民の娯楽としては、いまひとつ
浸透していなかったためかも知れません。

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コメント

文楽師匠の中で一番笑ったかも知れません。

投稿: 民主家圧勝 | 2007.08.22 19:08

民主家圧勝さま

コメントありがとうございました。

これを聴いてニヤリとできるのは、
よほどの落語通とお見受けします。

良質の短編小説の趣がある、
隠れた「黒門町十八番」でしょうね。(た)

投稿: | 2007.08.26 22:53

思いっきり引っ張っといてスーッと終わっちゃうこの話、好きです。

そういや、「馬のス」といえばこんなのもみつけました。
ttp://mangayomo.com/indies/asei_yuru/view?id=3503

投稿: 烏亭 | 2011.08.15 01:20

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