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2005.06.11

品川心中(しながわしんじゅう)  落語

名作ですが、長編なんで「上」と「下」に分かれてます。たっぷりどうぞ。

【上】

品川の白木屋という見世で
ずっと板頭(いたがしら=筆頭女郎)を張ってきたお染。

寄る年波(?)には勝てず、板頭とは名ばかり。

次第に客も減り、
目前に迫る紋日のために必要な
四十両を用立ててくれそうなパトロンもない。

勝気な女だけに、
恥をかくくらいなら
いっそ死んでしまおうと決心したが、
一人より二人の方が、心中と浮名が立ち、
死に花が咲くから、
適当な道連れはいないかとなじみ帳を調べると、
目に止まったのが神田の貸本屋の金蔵(きんぞう)。

独り者だし馬鹿で大食らいで助平で欲張り。

あんな奴ァ殺した方が世のため
と、「これにきーめた」。
勝手に決められちまった。

さっそく金蔵に、
身の上の相談事があるから、ぜひぜひ来てほしい
という手紙がいく。

お染に岡惚れしている金蔵は、
手紙を押しいただくと
喜んで品川にすっ飛んでくる。

ところが、
当のお染が廻しに出たままなかなか帰らず、
金蔵がふてくされて寝たふりをしていると、
いつの間にか戻ってきたお染、
なんと自分の遺書を認めているので仰天。

家にあるもの一切合切たたき売っても、
金蔵にこしらえられる金はせいぜい一両がいいとこ。

どうにもならないというので、
つねづね年季が明けたら夫婦になると言っている手前、
つい、一緒に死んでやると言ってしまった。

お染はしてやったりと大喜びで、
早速明日の晩決行と決まる。

この世の名残と、
お染がその晩張り切ってサービスしたため、
金蔵はもうフラフラになり、
帰ると、二人分の死装束の白無垢と安い脇差しを買う。

世話になっている出入りの親分の家に
この世のいとま乞い。

まさか心中しますとは言えないから、
西の方に出かけて帰ってくるのは盆の十三日とか、
わけのわからないことを言って、
間抜けなことに肝心の脇差しを忘れていってしまう。

その晩は、
勘定は六道の辻まで取りにこいとばかり、
金蔵のみ放題の食い放題。

あげく、酔いつぶれて寝込んでしまった。

その馬鹿面の寝顔を見て、
お染はこんな野郎と冥土の道行きをしなければならないかと思うと
つくづく情けなくなるが、
選んだ以上どうしようもない。

たたき起こして、
用意のカミソリで片を付けようとするが、
気の小さい金蔵、
いざとなるとブルブル震えてどうにもならない。

じゃ、おまえさん、
いっしょに死ぬというのはウソだったんだね、
そんな不実な人なら、あたしは死んだ後、
七日たたないうちに取り殺してやる
と脅し、引きづるように品川の浜へ。

おまえばかりを殺しゃあしない、
南無阿弥陀仏と金蔵を突き落として、
続いてお染も飛び込もうとすると、
気配に気づいた若い者が抱き留める。

「待った。お染さん、悪い料簡を起こしちゃいけねえ。
たった今、山の御前が五十両届けてくれなすって、
おまえさんの喜ぶ顔が見たいとお待ちかねだ」
「あーら……でももう遅いよ。金さんが先に……」
「金さん? 貸本屋の金蔵ですかい? あんなもんならようがす」

金が整ったと知ると、
お染は死ぬのが馬鹿馬鹿しくなり、
浜に向かって、
「ねえ金ちゃん、こういうわけで、
あたしゃ少し死ぬのを見合わせるわ。
人間一度は死ぬから、いずれあの世でお目に掛かりますから。
それでは長々失礼」

失礼な奴もあるもの。

金蔵、飛び込んだところが遠浅だったため助かったが、
おかげで若い衆とお染の話を海の中で聞き、
さあ怒るまいことか。

「こんちくしょう、あのあまァ、どうするか見てやがれ」

やっとの思いで浜に上がったが、
髪はザンバラ、何かで切ったのか、
顔面は血と泥がこびりつき、着物はぐっしょり。

まさに亡者のような姿で、
ふらふらになって親分の家へ。

ちょうどその時、
親分宅ではガラッポンと勝負事の真っ最中。

戸口でガタリと音がしたので、
すわ手入れだと大慌て。

糠味噌の中に突っ込んで、
なすの漬物を自分の金玉がもげたと勘違いする奴も出てさんざん。

金蔵とわかって一同ひと安心。

その中で一人だけ、泰然と座っている者がいる。

「なんだ、みんなだらしがねえ。
……伝兵衛さんを見ろ。さすがにお侍さんだ。
びくともしねえで座っておいでた」
「いや、面目ない。とっくに腰が抜けております」

【下】

金蔵から、
心中のし損ないでお染が裏切った一件を聞いた親分、
ひどい女だと同情し、
そいつは一つ仕返しをしてやると請け合い、
まだお染はてめえが死んだと思い込んでいるから、
怪談仕立てでだましてやろうと計画を練る。

まず、金蔵が大引け前に白木屋に引き返す。

お染は幽霊かと思ってびっくりするが、
金蔵は
「十万億土の原っぱのような所まで行ったが、
お地蔵様に帰れと言われて引き返してきた」
と打ち合わせ通り陰気な声で言い、
線香を焚いて白団子と水をくれと縁起の悪いことを並べ、
気分が悪いから寝かせてくれと、
奥の間に引きこもってしまう。

そこへ現れたのが親分と、金蔵の弟に化け込んだ子分の民公。

お染に会って
「実は金公が土左衛門で上がったが、
おめえが金公と年季が明けたら、いっしょになると
言って交わした起請文が、
ヘソのところへべったりへばりついていた。
おめえのことを思って死んだんだと思うから、
通夜にはおめえも来てもらって、
線香の一本も手向けてやってもらいたい」
と、泣いてみせる。

お染は、
たった今しがた金蔵が来たばかりだと、
馬鹿にしてせせら笑う。

そこで、
証拠に金蔵の位牌をここに持ってきたと民公が懐を探って、
確かにあったのにない、ないと芝居をしてみせる。

論より証拠とお染が、
金蔵の寝ている部屋に二人を案内すると、
かねての打合せ通り金蔵は隠れていて、
布団の中には
「大食院好色信士」と戒名が書かれた位牌が一つ。

さてはと、
さすがのお染も青くなり、
金蔵を突き落として、
自分だけ都合よく心中をやめたことを洗いざらい白状。

こいつは間違いなく恨みが残っていて、
てめえは取り殺されると親分が脅すので、
お染はもうオロオロ。

そこで最後の仕上げで、
「おめえがせめても髪を下ろして、
済まなかったと謝まれば、金公も浮かぶに違いねえ」

お染が恐ろしさのあまり、
根元からぷっつり髪を切り、
その上回向料として五両出したところで、
当の金蔵がノッソリ登場。

「あーら、こんちくしょう、
人をだましたんだね。
なんぼなんでも人を坊主にして、どうするのさ」
「そう怒るな。てめえがあんまり客を釣る(だます)から、
比丘(びく=魚籠)にされたんだ」

【うんちく】

めったに聴けない「下」

三遊派(三遊亭系統)に古くから伝わる
郭噺(くるわばなし)の大ネタで、
戦後も六代目三遊亭円生、五代目古今亭志ん生ほか、
ほとんどすべての大看板が演じており、
もちろん現在もよく高座に掛けられます。

ただ、「上」だけでも長いうえ、
「下」となると陰気で、噺としてもあまり面白くないということで、
昔からあまり演じられません。

その中で、三代目三遊亭円馬は皮肉に
「下」のみ演じていました。
八代目桂文楽は、その円馬に多数の噺を教わり、
もっとも私淑していましたが、
「品川心中」は音源は残しているものの、
好きな噺ではなかったようで、昭和の大看板では珍しく、
めったに演りませんでした。

「下」では、六代目円生と五代目志ん生の速記が
残されているのが貴重です。

品川宿 その1

東海道の親宿(起点)として古くから栄えました。
新宿・板橋・千住と並んで、江戸近郊で、
非公認の大規模な遊郭を持つ四つの宿場(四宿=ししゅく)の筆頭です。

吉原の「北国(ほっこく)」に対し、
江戸の南ということで、通称は「南」。
宿場は徒歩新宿(かちしんしゅく)、北本宿、南本宿に分かれ、
目黒川の向こう岸の南本宿は「橋向こう」といって小見世が多く、
この噺の「白木屋」も南本宿です。

「居残り佐平次」の舞台になった相模屋(土蔵相模)、
歌舞伎「め組の喧嘩」の事件の発端となる「島崎楼」など、
有名な大見世はすべて北側にかたまっていました。

品川宿 その2

宿場の成立は享保年間(1716~36)ですが、
飯盛り(宿場女郎)を置くことを許可され、本格的に
遊郭として発足したのは万治2年(1659)でした。

品川は芝・増上寺ほかの僧侶の「隠れ遊び」の本場でもあり、
六代目円生が「品川心中」のマクラで
いくつか挙げている川柳に、
「品川は衣衣の別れなり」
「自堕落や岸打つ波に坊主寝る」
などがあります。

表向きは僧侶は女犯は厳禁ですから、
同じ頭を丸めているということで、
医者に化けて登楼する、けしからん坊主が
後を絶たなかったわけです。

品川を舞台にした噺は意外に少なく、
「居残り佐平次」とこの「品川心中」のほかは
艶笑落語の「品川の豆」ぐらいですが、
演者によって、「剃刀」「三枚起請」などの廓噺を
吉原から品川に代えて演じる場合があります。

板頭

「いたがしら」と読みます。
女郎屋で、最も月間の稼ぎのいい、
ナンバーワンの売れっ子のことです。

吉原では「お職(おしょく)」と呼ばれましたが、
品川ほかの岡場所(非公認の遊廓)では、
その名称は許されず、
遊女の名札の板が、その月の稼ぎ高の順に
並べられるところから、
そのトップを板頭と呼んだわけです。

紋日・物日(もんび・ものび)

五節季や八朔(はっさく)、月見、三社祭りなどの
ハレの年中行事には、着物や浴衣を新調し、
手ぬぐいに祝儀をつけて、若い衆や遣(や)り手などの
郭の裏方に配るなど、女郎にとっては
かなりの金がかかりました。

売れていない女郎には大変ですが、
これをやらないと恥をかき、
住み替え(よりランクの落ちる岡場所へ移る)
でもしなければなりませんでした。

この噺のお染の悩みは、
それだけ切実だったわけです。

貸本屋

江戸時代は一軒構えの本屋はなく、
もっぱら貸本屋が紺の前掛けをして、
郭や大商店などの得意先を回りました。

幕末太陽伝

昭和33年の松竹映画「幕末太陽伝」(川島雄三監督)は、
文久2年(1862)、幕末の世情騒然としたころの
品川の大見世・土蔵相模を舞台に、
落語の「居残り佐平次」「品川心中」「三枚起請」「お見立て」を
巧みにアレンジした、喜劇映画史上に残る傑作です。

労咳(ろうがい=肺結核)病みの主人公・佐平次(フランキー堺)の
「羽織落とし」のお座敷芸が評判でしたが、
「品川心中」の部分では、何といっても、
遊郭へ春本(エロ本)を売りに来る
当時29歳の小沢昭一の「あばたの金蔵」が絶品です。

「これが唐人のアレで……」といやらしく笑う
この小沢のあば金を見るだけでも、
この映画は一見の価値あり。
たいていの落語家は、到底及びません。

比丘(びく)にされる

「下」のオチですが、今では分かりにくいでしょう。
よく考えると単純で、「釣る(「だます」の意味あり)」から
「魚籠(びく)」を出し、女を坊主にしたため、
それと「比丘尼(びくに=尼僧)」を
ダジャレで掛けただけです。

なお、「比丘尼」は、安永年間(1772~81)まで
新大橋付近に出没した尼僧姿の売女
「歌比丘尼」の意味もあり、
品川遊郭の女郎であるお染が坊主にされて、
最下級の「歌比丘尼」にまで堕ちたという
侮辱もこめられているはずです。

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