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2005.06.03

意地くらべ(いじくらべ)  落語

強情と強情の張り合い。まあ、なんと非生産的な……。

ある金持ちの地主のところに、
金を三十円借りにきた男。

あんたは今度鼠の懸賞で当たったそうだから、
三十円位何でもないだろう
などと言うので、地主が怒って断ると、
今日中に金がそろわないと、
あっしの顔が立たないことがあるから、
貸してくれるまで四日でも五日でもここを動かない
と、粘る。

飯を食わさないと言っても、
勝手に仕出しから取って食うと、あくまで強情。

警察を呼ぶと言えば、
もし牢死でもすれば、あなたを取り殺す
と、脅す。

今日中に要るのなら、
四、五日先では間に合わないだろう
と、言っても、
役に立とうが立つまいが、借りると言いだしたものは借りずにはおかない
と、大変な威勢。

根負けして理由を聞くと、
一家そろって強情で通り、
だんなも強情、お内儀さんも強情、若だんなも強情と
三強情そろっている家に金を借りにいったところ、
無利息無証文で貸してくれた上、
おまえさんの都合のいい時にお返しなさい
と言ってくれたが、
自分は晦日までに返すと心決めましたので、
どうしても今日中に返さないと男が立たない
と、いう。

その三強情一家に勝るとも劣らぬあっぱれな強情振りに、
地主もほとほと感心し、
三十円貸してやると、
男は必ず次の晦日に返すと約束して、
早速、強情だんなの家に駆け込んだ。

ところがだんな、
「前に、おまえさんの都合のいい時に返せと言ったが、
見たところまだ都合もよくなさそうなようすだから、
そんな人から金を受け取るわけにはいかねえ」
と、突っ返す。

一度受け取らないと言ったら、意地でも受け取らない。

わざわざ金を借りてきた
と、話すと、
一度貸さないと言ったものを後になって貸すとは、
男の風上にも置けない、
借りる奴も借りる奴だ
と、怒って追い出す。

しかたがないので、
金は不要になったからともとの家に返しに行くと、
今度はこっちのだんなが意地になり、
晦日まではどうあっても受け取らないと、
また突っ返される。

男はあっちへ行ったりこっちへ行ったり、右往左往。

またまたまた
強情だんなのところに逆戻り。

金を受け取ってくれるまでは動かない
と、言うと、
「それはおもしろい。おまえさんも男だ。
動かないといったん言ったら、生涯そこに座っていろ」

そこを何とか頼み込んで、
それほどに言うならしかたがない
と、やっと承知してもらったはいいが、
おまえさんに貸したのは当月一日の朝十時だから、
明日の十時になったら受け取る
と、どこまでも頑固一徹。

男も、こうなればそれまでここを動けない。

飯でも食わしてやろう、牛肉はどうだ
と聞くと、
あっしは食わず嫌いで
と言うので、
言い出した以上は牛肉を食わさなければおかない
と、だんな、せがれに買いにやらせる。

ところが、いつまで待っても帰らないので、
ようすを見に表に出ると、
せがれが知らない男とにらめっこの最中。

「この人が出会いがしらに、あたしの鼻っ先に突っ立ったんで、
あたしも真っ直ぐ通らないじゃ気が済まないから、
この男のどくまでここに立ってるんです」
「えらい、それでこそオレの息子だ。
しかし、家じゃ腹空かせて待ってるだろう。
早く牛肉を買ってきな」
「でもおとっつぁん、この人がどかなきゃ行かれません」
「心配するな。オレが代わりに立ってる」

【うんちく】

作者は「鬼」の評論家

劇作家・評論家の岡鬼太郎(1872~1943)が
明治末期に初代三遊亭円左のために書き下ろした
「新作落語」ですが、オチの部分は
中国・明代の笑話本「笑府」巻六・殊綸部の
「性剛」から取っています。

作者は明治中期から戦時中に至るまで、
歌舞伎・落語の両分野で極辛口の批評で知られ、
恐い物なしだった若き日の名優・六代目尾上菊五郎なども、
その増長慢の鼻を、何度もいやというほどへし折られたとか。
洋画家・岡鹿之助の父親です。

落語でも、若手真打はもちろん、老大家ですら、
その辛らつな批評に震え上がったそうで、
六代目三遊亭円生も
「本当にこわい先生でした」と回想しています。

小さん一門が得意に

今回のあらすじは、おそらく初演の円左のものをテキストにしましたが、
書き下ろしなので、基本の演出や人物設定は
今でもほとんど変わりません。

戦後は、八代目桂文楽がよく演じ、その没後は
五代目柳家小さんの一手専売で、
音源も小さんのものが出ています。

現柳家小三治始め、現在でも
小さん門下によってよく高座にかけられ、
2005年4月、TBS落語研究会で、
柳家さん喬が熱演したばかりです。

江戸っ子の強情

落語にも、意地っぱりのカリカチュアともいえる
「強情灸」がありますが、
江戸っ子の場合は特に、その異様なまでの義理がたさと
細かいところまで「筋」を立てることにこだわる気質の表れとして、
さまざまな小説や戯曲に、強情ぶりが描かれています。

たとえば、明治末の東京・下町の市井を舞台にした
永井龍男の「石版東京図会」で、
主人公がほれぬいて、おやじの反対を押し切って
婚約した女が、のちに他の男との間に
子供を身ごもったことが判明したとき、
仲人口を聞いた男に対して、職人肌で頑固一徹の父親が、
「女のせいではない、誰のせいでもない。ただせがれが未熟」の一点張で、
その弁明をガンとして受け付けない場面のやりとりなどに
その潔癖さがよく表現されています。

鼠の懸賞が当たった

最初に男が言うこの言葉は、
現在ではまったく通じないので、
省かれることが多くなっています。

落語では「藪入り」にも登場しますが、
明治38年、ペスト予防のため、東京市が一匹三~五銭で
鼠を買い上げたことを指します。
同年2月現在で、百二十二万六千九百匹が
駆除のため買い上げになったという記録が残ります。

ところがその甲斐もなく、翌々年の明治40年には
東京市中全域でペストが猛威を振るい、
三百二十八人が犠牲となりました。

ちなみに、円左のこの噺の速記は、
明治41年6月ごろのものです。

仕出し屋

今もある、料理の出前専門の料亭です。

特に文化・文政(1804~30)以後、食生活がぜいたくになり、
大規模な料理店が江戸市中に乱立したのにともなって、
花見など、行楽用の弁当を請け負う業者が増えたことが
仕出し屋の始まりです。

江戸で名高い「八百善(やおぜん)」は、
天保年間(1830~44)には、仕出し専門店になっていました。

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