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2005.07.09

くしゃみ講釈(くしゃみこうしゃく)  落語

こしょうは南蛮渡来の高級品ながら、知られた調味料だったんですね。

ある講釈師の先生、
芸は大したことはないくせに
気位ばかり高く、愛想がないので、
町内の常連に嫌われている。

なにしろ、
道で会うと、あいさつ代わりに
頭をそっくり返らせるし、
出番の時客が寝ていると
「講釈が読みにくいっ。
それほど眠たきゃ、家へ帰って寝たらよかろう」
と嫌味を言って恥をかかせる。

そんなこんなで堪忍袋の緒が切れた二人組、
どうにかして講釈が読めねえように妨害してやろう
と相談した。

ぶん殴るのはたやすいが、
芸人を殴ってもこっちが笑われる。

それより、
高座の前にかぶりつきで陣取り、
落語家と違って講釈師は
釈台という机を置いているから
真下が見えないのを幸い、
胡椒の粉を下から一斉にぶっ放せば、
きっとそいつを吸い込んで、
むせてくしゃみが出て
講釈が読めなくなる。

そこで、
「先生、この前は寝ていてすまねえことをした。
こういううまい講釈は聞いてられねえから、
おらァ帰る」
と立って、
あと四、五人抱え込んで
いっしょに立ち上がれば、
高座はメチャクチャ。

それで意趣返しするという趣向。
そこでみんな胡椒を買い込み、
夜になると予定通り講釈場へ乗り込む。

そうとは知らない先生、
例の通り張り扇で釈台バタバタたたき、
「……時は何時なんめり
元亀三年壬甲の年十月十四日、
武田晴信入道信玄、
其の勢三万五千余人を
引率して甲府を雷発に及び、
遠州周知郡乾の城主
天野宮内左衛門景連、
蘆田下野守、
この両人を案内者とし、
先手山県三郎兵衛昌景に
五千余騎を差し添えて、
同国飯田、多々羅の両城攻めかかる……」
と、三方ケ原の戦いを読み始めた。

「……これぞ源三位兵庫頭政入道雷円の御胤、
甲陽にて智者の聞こえある……」
「それっ、やっつけろ」
そろそろ潮時とばかり、
一人の合図で一斉に胡椒を扇で口座に扇ぎ上げる。

「……その下に黒糸おどしの大鎧、
同じ毛五枚しころ、
金の向い兎の前立打ったる兜を猪首に
いか物づくりの太刀を横たえ、
黒……ハックシ、
羅紗の陣……ハクショ
……黒唐革のサイハイハックシ、
これではハックシ、とてもクシュッ、
講釈はハックシ、よめまハクション、
せん、今晩はこれで御免を」
「やい、ハックシハックシやりゃあがって。
唾がはねたじゃねえか、間抜け。
明日は用があるから来られねえ。
今夜中に戦の決着ゥ付けろい」
「だめです。外からコショウ(故障)が入りました」

【うんちく】

胡椒と日本人 1

胡椒の日本伝来は古く、平安時代初期にさかのぼるとか。
もちろん、シルクロードから唐に伝来したもののおこぼれを
遣唐船あたりが持ち帰ったのでしょう。

その後、室町時代には、中国(明)経由で盛んに輸入され、
主に僧坊で、精進料理の薬味として使われました。

江戸期に入ると、鎖国令が出るまでの間、
ポルトガル船やオランダ船、スペイン船などが大量に持ち込み、
いっそう普及しました。

平戸藩主の松浦鎮信(1549~1614)が、
オランダ貿易を平戸に誘致するために、慶長14年(1609)、
胡椒を買占め、そのため相場が高騰したとか。

胡椒と日本人 2

近松門左衛門(1653~1724)の浄瑠璃中の詞章に
「本妻の悋気とうどんに胡椒はお定まり」
とあり、正徳3年(1713)3月初演の歌舞伎十八番「助六」でも、
主人公が出前のうどんにたっぷり胡椒をふった上、
くゎんぺら(かんぺら)門兵衛の頭にぶちまける場面があるので、
当時はこうした食べ方が一般的だったのでしょう。

なお、江戸には、うろ覚えを意味する
「胡椒丸のみ」という俚諺がありました。
胡椒もかまずに丸のみしては
その辛さが分からないところから、
物事をよく咀嚼、理解していないさまを言います。

初代春団治の十八番

本来は上方落語で、「くっしゃみ講釈」の題で親しまれました。
「芸のためなら女房も泣かした」、初代桂春団治のお得意で、
レコードも残されています。

春団治は「こしょうのこ」と言っていますが、
なるほど、これを聞くと、大阪人がしかつめらしい軍談講釈(師)を
生理的に嫌ったのがよく分かります。

上方のやり方は、胡椒が売り切れていたので唐辛子粉をふりまき、
「何ぞ、私に故障(=落ち度)があるのですか?」
「胡椒がないから、唐辛子をくべたんや」
とサゲになります。

現在でも桂米朝、現春団治ら、多くの演者が手がけます。
東京では三代目三遊亭金馬が得意にしていましたが、
金馬没後は、ほとんどオチは大阪通りになっています。

改作として、二代目三遊亭円歌の「くしゃみ義太夫」、
六代目春風亭柳橋の「音楽会」があります。

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