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2005.08.10

鰻の幇間(うなぎのたいこ) 落語

鰻を題材にした噺が多いのですが、その代表格。 この1枚:鰻の幇間

時は真夏の盛り。

炎天下の街を、陽炎のようにゆらゆらとさまよいながら、
なんとかいい客を取り込もうとする野幇間(のだいこ)の一八(いっぱち)にとって、
夏は辛い季節。
何しろ金のありそうなだんなはみな、
避暑だ湯治だと、東京を後にしてしまっているのだから。

今日も一日歩いて、一人も客が捕まらない。
このままだと幇間の日干しが出来上がるから、
こうなったら手当たり次第と覚悟を決め、
向こうをヒョイと見ると、
どこかで見かけたようなだんな。

浴衣がけで手拭を下げて……。

はて、どこで会ったか。

この際、そんなことは気にしていられないので、
「いよっ、だんな。その節はご酒をいただいて、とんだ失礼を」
「いつ、てめえと酒をのんだ」
「のみましたヨ。ほら、向島で」
「何言ってやがる。
てめえと会ったのは清元の師匠の弔いで、麻布の寺じゃねえか」

話がかみ合わない。

だんなが、
オレはこの通り湯へ行くところだが、
せっかく会ったんだから鰻でも食っていこうじゃねえか
と言ってくれたので、もう一八は夢見心地。

で、そこの鰻屋。

だんなが、
家は汚いよ
と、釘をさした通り、とても繁盛しているとは見えない。

まあ、この際はゼイタクは禁物、
とにかくありがたい獲物がかかったと一八、
腕によりをかけてヨイショし始める。

「いいご酒ですな。
……こりゃ結構な香の物で……そのうちお宅にお伺いを……お宅はどちらで?」
「先のとこじゃねえか」
「あ、ああそう先のとこ。ずーっと行って入口が」
「入口のねえ家があるもんか」

そのうちに、蒲焼が来る。

大将、
ちょっとはばかりへ行ってくる
と、席を立って、なかなか戻らない。

一八、取らぬ狸で、
ご祝儀は十円ももらえるかもしらん、
お宅に出入りできたら、奥方からも何か……
と、楽しい空想を巡らすが、あまりだんなが遅いので、
心配になって便所をのぞくとモヌケのから。

えらいっ! 粋なもんだ、勘定済ましてスーッと帰っちまうとは。

ところが、仲居が「勘定お願いします」とくる。

「お連れさんが、先に帰るが、
二階で羽織着た人がだんなだから、あの人にもらってくれと」
「じょ、冗談じゃねえ。どうもセンから目つきがおかしいと思った。
家ィ聞くとセンのとこ、センのとこってやがって……なんて野郎だ」

その上、勘定書が九円八十銭。
「だんな」が六人前土産を持ってったそうだ。

一八、泣きの涙で、女中に八つ当たりしながら、
なけなしの十円札とオサラバし、帰ろうとするとゲタがない。

「あ、あれもお連れさんが履いてらっしゃいました」

【うんちく】

折り紙付き文楽十八番

明治中期の実話がもとといわれますが、
詳細は不明です。

「あたしのは一つ残らず十八番です!」
と豪語したという八代目桂文楽の、その十八番のうちでも
自他共に認める金箔付きがこの噺、縮めて「ウナタイ」。

文楽以前には、遠く明治末から大正中期にかけ、
初代柳家小せん(「五人回し)が得意にしていました。

文楽は小せんのものを参考に、四十年以上も、
セリフの一語一語にいたるまで磨きあげ、
野幇間の哀愁を笑いのうちにつむぎ出す名編に仕立てました。

幇間アラカルト 1

幇間(ほうかん)は宝暦年間(1751~64)から使われだした名称です。

幇間の「幇」は「助ける」という意味で、
遊里やお座敷で客の遊びを取り持ち、楽しませ、助ける稼業ですね。
ほかにタイコモチ、太夫、男芸者、末社、太鼓衆などと呼ばれました。
太夫は、浄瑠璃の河東節や一中節の太夫が
幇間に転身したことから付いた異称です。

別に「ヨイショ」という呼び方も一般的で、
これは幇間が客を取り持つとき、決まって
「ヨイショ」と意味不明の奇声を発することから。
「おべんちゃらを並べる」意味として、今も生き残っている言葉です。

幇間アラカルト 2

もっともよく使われる「タイコモチ」の語源は
諸説あってはっきりしません。

太閤秀吉を取り巻いた幇間がいたから、
「タイコウモチ」→「タイコモチ」となったという
ダジャレ説もありますが、これはあまり当てになりませんな。

「おタイコをたたく」というのも前項「ヨイショ」と同じ意味です。

なお、だんな、つまり金ヅルになるパトロンを「オダン」、
客を取り巻いてご祝儀にありつく営業を「釣り」、
客を「魚」というのが、幇間仲間の隠語です。
「オダン」は落語家も昔から使います。

この噺の一八は、客を釣ろうとして、「鰻」をつかんでしまい
ぬらりぬらりと逃げられたわけですが、
一八の設定は野幇間で、いわばフリー。
「のだいこ」と読みます。
そう、「坊ちゃん」に登場のあの「野だいこ」ですね。

正式の幇間は各遊郭に登録済で、師匠のもとで年季奉公五年、
お礼奉公一年でやっと座敷に顔を出せたくらいで
座敷芸も取り持ちの技術も、野幇間とは雲泥の差でした。

志ん生流「ウナタイ」

五代目古今亭志ん生の「鰻の幇間」は、
文楽演出を尊重し踏襲しながらも、
志ん生独特のさばき方で、すっきりと噺のテンポを
早くした、これも逸品でした。

文楽の、何か切羽詰ったような悲壮感に比べ、
志ん生の一八は、どこかニヒルさが感じられ、
ヨイショが嫌いだったという、いわば幇間に向かない
印象にもかかわらず、別の意味で野幇間の無頼さをよく出しています。

オチは文楽が
「お供さんが履いていきました」
で止めるのに対し、志ん生はさらに
「それじゃ、オレの履いてきたのを出してくれ」
「あれも風呂敷に包んで持っていきました」
と、ダメを押しています。

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