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2005.08.10

江島屋騒動(えじまやそうどう)/落語

                                             江島屋騒動

長~い怪談噺。円朝の作品です。

(上)

深川佐賀町の倉岡元庵という医者がポックリ亡くなり、
残された女房お松は、
娘お里と共に自分の郷里、下総の大貫村に帰った。

ある日村の権右衛門がやってきて、
名主の源右衛門のせがれ、源太郎が、
檀那寺(だんなでら)の幸福寺の夜踊りでお里を見初め、
嫁にもらってくれなければ死ぬ
という騒ぎだという。

自分が仲人役を言いつかったので、
どうしても承知してくれなければ困る
と権右衛門に乞われ、
お松に不服のあるはずがない。

支度金五十両を先方からもらう
という条件で婚約が整う。

その金で婚礼衣装を整えるために江戸へ母娘で出て、
芝日陰町の江島屋という大きな古着屋で、
四十五両二分という大金をはたき、
すべて新品同様にそろえ、
いよいよ婚礼の当日の天保二年、旧暦十月三日。

お里は年は十七、絶世の美人。

権右衛門が日暮れに迎えに来て、
馬に乗って三町離れた名主宅まで行く途中、
降りだした雨でずぶ濡れになってしまう。

お里が客の給仕をしているうち、
実は婚礼衣装は糊付けしただけのイカモノだったため、
雨に濡れて持たなくなり、
ふいに腰から下が破れて落っこちてしまった。

お里は泣き崩れ、
源右衛門は恥をかかされたとカンカン。

婚約は破棄になる。

世をはかなんだお里は、
花嫁衣装の半袖をちぎって木に結んだ上、
神崎川の土手から身を投げ、死骸も上がらない。

(下)

ある日、
江島屋の番頭金兵衛が商用で下総に行き、
夜になって道に迷い、そのうえ雪までちらつきだす。

ふと見ると、田んぼの真ん中に灯が見えたので、
地獄に仏と宿を頼むと
「お入りなさい」
と声を掛けたのは六十七、八の、
白髪まじりの髪をおどろに振り乱した老婆。

目が見えないらしい。

寒空にボロボロの袷(あわせ)一枚しか着ていないから、
あばら骨の一枚一枚まで数えられる。

ぞっとする。

金兵衛に、老婆はここは藤ケ谷新田だと教え、
疲れているだろうから次の間でお休み
という。

うとうとしているうちに、
なんだかきな臭い匂いが漂ってきた。

障子の穴からのぞくと、
婆さんが友禅の切れ端を裂いて囲炉裏にくべ、
土間に向かって、
五寸釘をガチーン、ガチーン。

あっけに取られている金兵衛に気づき、
老婆が語ったところでは、
まさしく老婆はお松。

江島屋のイカモノのため娘が自害し、
自分も目が不自由にされた恨みで、
娘の形見の片袖をちぎり、
囲炉裏(いろり)にくべて、
中に「目」の字を書き、それを突いた上、
受取証に五寸釘を打って、江島屋を呪いつぶすと
すさまじい形相でにらむので、
金兵衛はほうほうの体で逃げだした。

江戸へ帰ってみると、
おかみさんが卒中で急死、
その上小僧が二階から落ちて死に、
いっぺんに二度の弔いを出すという不運続き。

ある夜、
金兵衛が主人に呼ばれて蔵に入ると、
若い島田に結った娘がスーッと立っている。

ぐっしょりと濡れ、腰から下がない。

うわーッ
と叫んで、主人に老婆のことをぶちまけ
「つまり、目を書きまして、
こっちにある片袖を裂いて、おのれッ、江島屋ッ」

ガッと目の字を突くと、
主人が目を押さえてうずくまる。

見ると植え込みの間から、
あの婆さんが縁側へヒョイッ。

これがもとで江島屋がつぶれるという、
因縁噺の抜き読み。

【うんちく】

円朝作の怪談噺

本名題を「鏡ヶ池操松影(かがみがいけ・
みさをのまつかげ)」といい、全十五席の長講です。

明治2年、三遊亭円朝30歳のとき、
「真景累ヶ渕」に続いて創作したもので、
戦後、五代目古今亭志ん生と並んでこの噺を得意にした
現米丸の師匠・四代目古今亭今輔は、
マクラで、円生がこの噺のネタを、実在した
江島屋の元番頭から仕入れたと語っていますが、
この情報の出自は不明です。

明治中期には、円朝の高弟・
四代目三遊亭円生が得意にしていました。

原題の「鏡ヶ池」は、古く浅草の浅茅原にあったとされる池で、
入水伝説があったところから、この噺の
お里の入水に引っ掛けたと思われます。

なお、円朝の最初の妻をお里、
その父親を倉岡元庵といいました。

五代目志ん生が復活

長らく途絶えていたものを、
戦後五代目古今亭志ん生、ついで五代目古今亭今輔が
あいついで復活させ、ともに夏の十八番としました。

志ん生は円朝の速記で覚えたのでしょうが、
因縁噺の陰惨さをできるだけ和らげるため、
特に前半、ところどころ脱線して、
「色の真っ黒いところへ白粉を塗って、ゴボウの白あえ」と言ったり、
お里に「身を投げるからよろしく」と言われた村の者が
「ンじゃあ、気をつけて行ってくんなさい」
と、ボケをかましたりと、さまざまな苦心をしています。

志ん生の子息・十代目金原亭馬生も父親譲りで
「もう半分」とともに怪談のレパートリーにしていましたが、
残念ながら音源はありません。

芝日陰町

現・港区新橋二-六丁目にあたります。

日当たりが悪かったことから、この名が付いたとか。

江戸時代から古着屋が多く、この噺の江島屋のように
田舎者相手のイカサマ商売も多かったといいます。

蛇足ながら、黙阿弥の歌舞伎世話狂言「加賀鳶」で、
悪党・道玄をやりこめる加賀鳶・松蔵が
ここに住んでいました。

イカモノって?

イカモノは、見てくれだけの偽者のこと。

語源は「いかにも立派そうに見える」からとも、
武士で、将軍に拝謁できないお目見え以下の
安御家人を「以下者」と呼んだことからともいいます。

江島屋の「その後」

大正末期ごろまで、江島屋の末裔が
木挽町(現・中央区銀座2~8丁目)で質屋をしていたとのこと。

場所柄、芝居関係者の「ごひいき」が多く、
界隈では知らぬ者のない、結構大きな店だったとか。

怨霊につぶされたというのは、どうもヨタくさいですね。

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