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2005.08.02

小言幸兵衛(こごとこうべえ)  落語

ブンブンうるさいおじさん。こういうの、どこかに必ずいそうですね。 この1枚:小言幸兵衛

麻布古川の大家の幸兵衛、
のべつまくなしに長屋を回って小言を言い歩いているので、
あだ名が「小言幸兵衛」。

しまいには猫にまで、
寝てばかりいないで鼠でもとれと説教しだす始末。

そこへ店を借りにきた男。
商売は豆腐屋。

子供はいるかと聞いてみると、
餓鬼なんてものは汚いから、おかげさまでそんなのは一匹もいない
と、胸を張って言うので、さあ幸兵衛は納まらない。

とんでもねえ野郎だ、
子は子宝というぐらいで、そんな事を自慢する奴に店は貸せない、
子供ができないのはかみさんの畑が悪いんだろうから、
そんな女とはすっぱり別れて、独り身になって引っ越してこい、
オレがもっといいのを世話してやる
と、余計なことを言ったものだから、
豆腐屋はカンカンに怒り、毒づいて帰ってしまう。

次に来たのは仕立屋。

物腰も低く、堅そうで申し分ないと見えたが、
二十歳になるせがれがいると聞いて、にわかに雲行きが怪しくなる。

町内の人に鳶が鷹を生んだと言われるほどのいい男だと聞いて
幸兵衛「店は貸せねえ」

「なぜといいねえ、この筋向こうに古着屋があって、そこの一人娘がお花。
今年十九で、麻布小町と評判の器量良し。
おまえのせがれはずうずうしい野郎だから、
すぐ目をつけて、古着屋夫婦の留守に上がり込んで、
いつしかいい仲になる。
すると女は受け身、たちまち腹がポンポコリンのボテレンになる。
隠しては置けないから涙ながらに白状するが、
一人息子に一人娘。婿にもやれなければ嫁にもやれない。
親の板挟みで、極楽の蓮の台で添いましょう
と、雨蛙のようなことを言って心中になる」
(ここで芝居がかりになり)「本舞台七三でにやけた白塗りのおまえのせがれが
『……七つの金を六つ聞いて、残る一つは未来に土産。覚悟はよいか』
『うれしゅうござんす』
『南無阿弥陀仏』
……おい、おまえの宗旨は? 
法華だ? 
古着屋は真言だから、
『ナムミョウホウレンゲッキョ』
『オンガボキャベエロシャノ』
これじゃ、心中にならない。
てえそうな騒動を巻き起こしゃあがって、
店は貸せないから帰っとくれっ」

入れ替わって飛び込んできたのは、えらく威勢のいい男。

「やい、家主の幸兵衛ってのはてめえか。
あの先のうすぎたねえ家を借りるからそう思え。
店賃なんぞ高えことォ抜かしゃがるとただ置かねえぞ」
「いや、乱暴な人だ。おまえさんの商売は?」
「鉄砲鍛冶よ」
「なるほど、それでポンポンいい通しだ」

【うんちく】

切り離された前半

これももともと上方落語ですが、
本来は、豆腐屋の前に搗米(つきごめ)屋が長屋を借りにきて、

「仏壇の先妻の位牌が毎日後ろ向きになっているので、
後妻が、亡霊に祟られているのではないかと気にして
やがて病気になり、死んでしまった。
跡でその原因が、搗米屋が夜明けにドンドンと
米をつくためだとわかった。してみりゃあ同業の
てめえも仇の片割れだ。覚悟しゃあがれ」

と、幸兵衛に因果話で脅かされて、ほうほうの体で
逃げ出すくだりがあり、そこから
「搗屋(つきや)幸兵衛」の別題があります。

ただし、現在ではこの前半は別話として
切り離して演じられるのが普通です。

なお、搗米屋または搗屋は今で言う
精米業者のことで、昔の精白されていない米を
力を込めて、杵で搗きつぶすので
その振動で位牌が裏向きになったというわけです。

原話に近い上方演出

正徳2年(1712)に江戸で刊行された「新話笑眉」中の
「こまったあいさつ」が原話ですが、
上方落語「借家借り」の古いやり方はこれに近く、
最初に搗米屋、次に井戸掘りが借りに来て、
それぞれ騒音と振動の原因になりやすいので
断られることになります。

ここでは因果話がなく、
「出来合いの井戸を(長屋の庭に)掘るのかと思った」
というオチも今では分かりにくく、
面白さにも欠けるためか、
現在では東西とも仕立屋、鉄砲鍛冶を出すことが多くなっています。

麻布古川町

現在の港区南麻布二丁目にあたります。
古川(新堀川)という、日本橋の将監(しょうげん)橋から引かれた
掘割の左岸(のち河川改修のため右岸)に広がった町なので
この名があります。

ちなみに、現在麻布十番と呼ばれるのもこの付近で、
十番の由来は、前記の将監橋から麻布一の橋まで
古川沿岸を十区に分けた終点、十番目にあたるところからです。

江戸時代を通して、麻布辺はほとんどが
武家屋敷と寺社地で、町屋はその合間を縫って
細々と点在していたに過ぎません。

現在の繁栄ぶりが信じられぬような
狸、むじなが出没する寂しい荒地だったわけです。

家主(いえぬし)

大坂では家主、江戸では大家または差配。
普通は地主に雇われた家作(長屋を含む借家)の管理人ですが、
町役を兼ねていたので、絶大な権限を持っていました。

万一の場合、店子の連帯責任を負わされますから
その選択に神経質になるのは当たり前で、
幸兵衛の猜疑心は、異常でも何でもなかったわけです。

幸兵衛が、最初の賃貸希望者の豆腐屋に
「近所にはないからちょうどいい」と言うくだりもあり、
町内の職業分布にも気を配って「合格者」を決定していたことが
よく分かります。

江戸では実際、トラブルを避ける意味もあって、
小売商は一町内に一職種しか認められませんでした。
ラーメン屋の隣がラーメン屋、
またその向かいがラーメン屋などという、
商道徳が地に堕ちた現代とは、えらい違いですね。

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