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2005.08.10

はてなの茶碗(はてなのちゃわん)/落語

                                           はてなの茶碗

安茶碗をめぐっての一騒動。ひょうたんから駒です。

京都衣棚に店を構える茶道具商・金兵衛、通称茶金。

茶道具や茶碗の鑑定では京都一の目ききで、
諸侯や公家方にも出入りするが、
たとえ貴人でも決して追従をせず、
ダメなものはダメとはっきり言い切るので、かえって信用が高い。

茶金が指差しただけで、一匁(もんめ)か二匁の代物(しろもの)が
五両にも七両にもなるというくらい。

この茶金がある日、
清水観音境内の茶店で渋茶をのんでいたが、
ふと茶碗に目を止め、
不思議そうにためつすがめつ、首をかしげた。

驚いたのが茶店のおやじ。
あの茶金が目に止めたからは、
ことによると千両にもなるかもしれないと大喜び。

これを見ていたのが、江戸者の油の行商人。
これも茶金の顔を見知っているから、
茶碗を何とか巻き上げてやろうとたくらむ。

自分の手は油で汚れていて、
弁当を遣うにも茶碗を貸してくれる者がいないから、
一つ譲ってくれと頼み、
いきなりさっきの茶碗に手を掛けたから、おやじはびっくり。
これだけはあきまへんと断る。

それでは、売上が三両あるから、
これで売ってくれと持ちかけても、
千両にもなるものを、三両で売る阿呆(あほう)がありますかいなと
取り合わない。

居直った油屋、
どうしてもダメなら壊してしまうと脅し、
もし高く売れたら、半分お前さんにやると約束して、
強引に茶碗を手に入れた。

翌日、身なりを整えて茶金の店に乗り込み、
千両の価値がある茶碗を持っているから、
ご主人に鑑定願いたいと申し出る。

番頭が手に取ると、
いきなりぷっと吹き出したので、
かっとなった油屋、いきなり頭をポカポカ。

騒ぎを聞きつけた茶金が番頭をしかり、
わてが拝見しまひょうと手に取ると、これも吹き出して、

「こんなもんはただの清水焼で、新品でも一個三文の品物や。
それを千両に売ろうとは、あんさん、ゆすりかたりやおまへんか」
と、とがめる。

油屋はがっかりして、一部始終を打ち明けると、
茶金はようやく思い出し、
あれは、疵もないのに茶が濁るので、
これはおかしいと首をかしげただけだと笑う。

江戸の女房子供に送る金さえ事欠くのに、
なけなしの三両をむだにしたとがっかりする油屋に、
茶金は同情し、
わての名前を買ってくだはったのやからと、
三文の茶碗を三両で買ってやった。

しばらくして、茶席で近衛公にこの話をすると、
ぜひ見たいとのおおせ。

持参すると、さらさらと短冊に
「清水の音羽の滝の音してや茶碗も日々にもりの下露」
と御染筆。

これで茶碗の価値がぐんと跳ね上がった。
その噂が宮中に達し、「朕(ちん)も見たい」とご所望。

一天万乗の君が実験してみると、
なるほど水が漏るので
「はてな」と首をかしげ、畏れ多くも
箱の蓋に万葉仮名で「波天奈」と記してお下げ渡し。

これで本当に千両の値がつく。

大坂の豪商・鴻池(こうのいけ)善右衛門が噂を聞いて、
千両に、「糸枠の茶碗」という秘蔵の名器を添え、
これを譲り受けた。

茶金は油屋を探し出し、二十五両渡してごちそう。

油屋は喜んで帰ったが、しばらくして、
古渡唐桟(こわたりとうざん)に
茶献上の帯という立派ななりで現れた。

「だんな、十万八千両の金もうけです」
「何がや?」
「今度は、水瓶の漏るのを持ってきました」

【うんちく】

上方落語の大ネタ

原話は、「東海道中膝栗毛」で知られる十返舎一九が
文化9年(1812)に刊行した滑稽本「世中貧福論」・中巻の
「宿駕籠の寝耳に水の洩る茶碗の掘出し」です。

これは、鎌倉の富裕な道具商・正作と、
貧しい孫太郎虫(釣餌に用いるトンボの幼虫)売りの話で、
茶碗の銘が「鶴が岡」となっているほかは
京の関白以下の貴人に御墨付きをもらう筋もほとんど同じですが、
茶金は登場しません。この人物は実在と思われますが、
同人の何らかの逸話が別にあるのかどうかは不詳です。

落語としては古くから、上方で大ネタとして演じられ、
現在は桂米朝の十八番で、そのはんなりとした味わいは、
上品な京料理のように絶品です。

なお、上方では、茶碗を持ち込むのは大坂の油屋、
千両で買い取るのは、古くは大坂十人両替の一・
天五こと天王寺屋五兵衛となっていましたが、
米朝は鴻池善右衛門で演じます。

衣棚(ころもだな)

現在の京都市上京区、室町通と新町通の間で、
京都らしく、坊さんの袈裟や衣を商う法衣商が
六十軒以上も集まっていたところ。
「棚」は同音読みの「店」が転じたものです。

これすべて、千切屋という大太物問屋の一族郎党による
分店・支店で占められていたというのですから、驚きです。

噺に登場の茶道具屋も、江戸時代以後は
この付近にかたまっていました。

油の行商

噺の中に、油の行商人が準主役のように登場しますが、
油商人といえば、戦国の風雲児・斉藤道三の前身がそうで、
古くからあるなりわいです。

藍木綿の着物に前垂れ、たすき掛けで、
黒塗り油桶の下に、箱をしばりつけて差しにないにし、
売り歩いたものです。

売る油は、灯火用の種油や魚油、ごま油、
障子に塗るえごま油、女性が髪につける椿油など、さまざまでした。

音羽の滝

清水寺境内・奥院下にあり、古くからその水は
霊水として名高いものです。
桜の名所でもありました。

歌舞伎の大名跡・尾上菊五郎の屋号「音羽屋」は
ここから由来したとされます。

名人円喬から五代目志ん生へ

いつ東京に移されたかは不明ですが、
すでに明治23年に、「波天奈廼茶碗」と第した
三代目春風亭柳枝の速記があります。
明治後期には、四代目橘家円喬が京言葉を巧みに使い、
大阪のやり方で正統的に格調高く演じ、
「鰍澤(かじかざわ)」と並ぶ当たり芸にしました。

戦後は、若き日に円喬にあこがれた五代目古今亭志ん生が、
円喬の速記から熱心に覚え、「茶金」の演題で、
東京では、志ん生以外に演じ手がないほどの独壇場にしました。

これは、もともと純粋に大阪の噺で、
江戸っ子の権化のような古今亭志ん生が演るのは
ミスマッチのような印象ですが、
それを強引に押し切って、しかも、たまらなくおかしいのが志ん生の真骨頂。 

まがりなりにも、ブロークン関西弁でしゃべっていた茶金が、
いつのまにかベランメエになっていたり、
茶碗の箱にに注連縄が張られ、警護の役人に取り巻かれて、
出世した「お茶碗さま」が大名行列のように、
いかめしく運ばれていったりと、
これといった抱腹絶倒のギャグはないのに、
速記を読んでいるだけで、いたるところで
思わず吹き出してしまいます。

おすすめCDはてなの茶碗

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コメント

すみません、
「疵もないのに茶が濁る」
とありますが、ここは
「茶が漏る」
では…。
(コメント消して下さって構いません)

投稿: | 2015.04.11 22:08

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