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2005.08.10

中村仲蔵(なかむらなかぞう)/落語

                                              中村仲蔵

先日、末広亭で圓楽がやったのがこれ。役者を主人公にした噺です。

明和3(1766)年のこと。

苦労の末、名題(なだい)に昇進にした中村仲蔵は、
「忠臣蔵」五段目の定九郎(さだくろう)役をふられた。

あまりいい役ではない。

五万三千石の家老職、
釜九太夫(おのくだゆう)のせがれ定九郎が、
縞(しま)の平袖(どてら)、丸ぐけの帯を締め、
山刀(やまがたな)を差し、
ひもつきの股引(ももひき)をはいて五枚わらじ。
山岡頭巾(やまおかずきん)をかぶって出てくるので、
どう見たって山賊の風体(ふうてい)。

これでは、だれも見てくれない。

そこで仲蔵、
「こしらえに工夫ができますように」
と、柳島(やなぎしま)の妙見さまに日参した。

満願の日。

参詣後、
雨に降られて法恩寺橋あたりのそば屋で雨宿りしていると、
浪人が駆け込んできた。

年のころは三十二、三。
さかやきが森のように生えており、
黒羽二重の袷(あわせ)の裏をとったもの、
これに茶献上(ちゃけんじょう=献上博多)の帯。

艶消し大小を落とし差しに尻はしょり、
茶のきつめの鼻緒の雪駄(せった)を腰にはさみ、
破れた蛇の目(じゃのめ)をポーンとそこへ放りだす。

さかやきをぐっと手で押さえると、
たらたらとしずくが流れるさま。

この姿に案を得た仲蔵は、
拝領の着物が古くなった感じを出すべく、
黒羽二重を羊羹色(ようかんいろ)にし、
帯は茶ではなく白献上、
大小は艶消しではなく
舞台映えするように朱鞘(しゅざや)、
山崎街道に出る泥棒が雪駄ではおかしいので
福草履(ふくぞうり)に変えて、
こしらえが完成。

初日は、
出番になる直前に手桶で水を頭からかけ、
水のたれるなりで見得(みえ)を切った。

初日の客は、
あまりの出来にわれを忘れ、ただ息をのむばかり。

場内は水を打ったような静けさ。

これを悪落ちしたと勘違いした仲蔵は
葭町(よしちょう)の家に戻り、
「もう江戸にはいられない。上方に行くぜ」
と女房のおきしに旅支度をととのえさせる始末。

そこへ、師匠の中村伝九郎から呼ばれる。

行ってみると、
師匠は仲蔵の工夫をほめたばかりか、
仲蔵の定九郎の評判で客をさばくのに
表方がてんてこまいしたとのこと。

これをきっかけに芸道精進した中村仲蔵は、
名優として後世に名を残したという話。
めでたし、めでたし。

【うんちく】

初世中村仲蔵(1736~90)

江戸中期の名優です。

屋号は栄屋、俳号は秀鶴。
長唄の太夫・中山小十郎の女房に認められ養子に。
器量がよかったので、役者の中村伝九郎の弟子になり、
三味線弾きの六代目杵屋喜三郎の娘・おきしと結婚、
努力の末、四代目市川団十郎に認められ、
厳しい梨園の身分制度・門閥の壁を乗り越えて
名題となりました。

実録では、立作者の金井三笑に憎まれたのが
定九郎役を振られた原因とか。

存在したタネ本

この噺は、江戸末期~明治初期の名脇役だった
三世仲蔵(1809~85)の自伝的随筆「手前味噌」の中に
初代の苦労を描いた、ほとんど同内容の逸話があるので、
それをもとにした講談が作られ、さらに落語に仕立てたものでしょう。

なお、明治の講釈師で速記講談のパイオニアでもある
悟道軒円玉の「名人中村仲蔵」と」題する速記も残っていて、
落語と同内容ですが、仲蔵の伝記がさらに詳しくなっています。

近年では、松井今朝子著の伝記小説「仲蔵狂乱」(講談社刊)が、
仲蔵の苦悩の半生を描くとともに、
当時の歌舞伎社会のいじめや差別、被差別のの凄まじさ、
役者の売色の生々しい実態などを
リアルに活写した好著です。

役者の身分

当時の役者は、下立役(稲荷町=いなりちょうと通称)、
中通り、相中(あいちゅう)、相中上分(あいちゅうかみぶん)、
名題(なだい)下、名題と、かなり細かく身分が分かれ、
家柄のない者は、才能や実力にかかわらず、
相中に上がれれば御の字。
名題はおろか、並び大名役がせいぜいの名題下にすら
まず一生なれないのが普通でした。

五段目

「仮名手本忠臣蔵」五段目、通称「鉄砲渡し」の場の後半で、
元塩冶判官(浅野内匠頭)家来で今は駆け落ちした妻・お軽の在所・
山崎で猟師をしている早野勘平が、
山崎街道で猪と間違え、斧定九郎を射殺する有名な場面です。

定九郎の懐には、前の場でお軽の父・与市兵衛を殺して奪った
五十両が入っており、
それは、婿の勘平に主君の仇討ち本懐を遂げさせるため
お軽が祇園に身を売って作った金。
何も知らない勘平はその金を死骸から奪い……

というわけで、
次幕・六段目、勘平切腹の悲劇の伏線になりますが、
噺の中で説明される通り、かってはダレ場で、
客は芝居を見ずに昼食をとるところから
「弁当幕」と呼ばれていたほど軽い幕でした。

柳島の妙見さま

日蓮宗・法性寺の別称で、現在の墨田区・業平にあります。

役者・芸者など、芸能者や浮き草稼業の者の信仰が
厚いことで知られました。

妙見は北極星の化身とされます。

正蔵と円生

戦後では、八代目林家正蔵、六代目三遊亭円生という
江戸人情噺の二大巨匠がともに得意としました。

円生は、役者の身分制度などをマクラで細かく、緻密に説明し、
芝居噺の「家元」でもあった正蔵は、
滋味溢れる語り口で、芝居場面を忠実に再現しました。

最近では、五街道雲助のが光ります。

もともと人情噺でサゲはありませんが、
正蔵の付けたものがあり、
師匠からたばこ入れをもらって帰宅した仲蔵に女房おきしが、
「なんだね、おまえさん。いやですねえ。あたしを拝んだりして。
けむに巻かれるよう」
と言うと仲蔵が、
「けむに巻かれる? ……ああ、もらったのァ、
たばこ入れだった」

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コメント

船堀のホールで竜楽の「中村仲蔵」を聴きましたよ。
「文楽と」というから「九代目」かと思ったら
なあんだ、人形浄瑠璃でした。
でも、思ってた以上にすばらしく、
随所に工夫が見られて、
見事な演出に、感動すら覚えました。
見せ場の文楽とのコラボは、
とても自然な流れで、たっぷりでした。
結末はもたもた。くどかったかな。
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投稿: 高座のすとら | 2008.10.25 06:26

高座のすとら さま

レスが遅くなり、申し訳ありません。
竜さんも、最近腕を上げてきましたね。
ウチの偏差値も大幅アップです。

今に円生を継いだりして。(笑)

投稿: たか | 2008.11.09 07:55

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