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2005.08.28

夏の医者(なつのいしゃ)/落語

                                             夏の医者

機転がきくようで、その実、おまぬけな。愛すべき人物です。

夏の真っ盛り。

鹿島村の勘太が患って食欲がなく、
飯を茶碗七、八杯しか食えない。

年だし、もういけないかもしれない
と、せがれが思っていると、
見舞いに来たおじさんが、
隣の一本松村の玄伯先生に往診してもらえばよかんべえ
と、言う。

せがれ、さっそく留守を頼んで、
ばっちょう笠に襦袢一枚、山すそを回って六里の道を呼びに行く。

尋ね当てると、
玄伯先生が褌一つで草取りをしていたので、
さっそく頼み込み、せがれが薬籠を持って、二人で隣村を出た。

山越えの方が近道だ
と先生が言うので、あえぎあえぎ登ったが、
頂上まで来ると二人とも滝を浴びたような汗。

休憩して汗が引っ込んだところで、
さあ出かけべえ
と立ったとたん、
「先生、先生」
「はいはい、ここだよ」
「あんか、いっぺんに暗くなったでねえか」

急に日が暮れたわけでもなし、はておかしい
と思ううち、周囲がなにやら温かくなってきた。

両手で手探りして
先生はたと思い当たり
「あっ、こりゃいかねえ。
この山に年古く住むうわばみがいるてえことは聞いちゃいたが、
こりゃ、のまれたか」
「どうするだ、先生」
「どうするだっちって、こうしていると、じわじわ溶けていくべえ」

脇差を忘れてきて、腹を裂いて出ることもできないので、
先生しばらく思案して、せがれに預けた薬籠の中から下剤を出させ、
それをまいてみると、効果はてきめん。

うわばみは七転八倒。

苦しいからあっちへばたり、こっとへばたりと左右に揺れる。

「薬効いてきたなこりゃ。
向こうに灯が見えべえ。尻の穴に違えねえから、もちっとだ」

ようやく二人は下されて、
草の中に放り出された。

転がるように山を下り、
先生、さっそく診察すると、ただの食あたりとわかった。

「なんぞ、えかく食ったじゃねえけ?」
「あ、そうだ。チシャの胡麻よごし食いました。とっつぁま、えかく好物だで」
「それはいかねえ。夏のチシャは腹へ障ることあるだで」

薬を調合しようとすると、
薬籠はうわばみの腹の中に忘れてきてない。

困った先生、もう一度のまれて取ってこようと、再び山の上へ。

うわばみ、土用のさ中に下剤をかけられたので、
すっかり弱って頬の肉がこけ、松の大木に首をだらんと掛けてあえいでいる。

「あんたにのまれた医者だがな、
腹ん中へ忘れ物をしたで、もういっぺんのんでもれえてえがな」
「いやあ、もういやだ。夏の医者は腹へ障(さわ)る」

【うんちく】

上方起源の医者ばなし

明和2(1765)年、京都で出版された
「軽口独狂言」中の「蛇(うわばみ)の毒あたり」、
ついで安永5年(1776)、大坂刊の「立春噺大集」中の
「医者の才覚」がおもな原話です。

前者はオチが「夏坊主は腹の毒じゃ」となっていて、
当時の医者の多くが僧形だったことに掛けています。

内容から想像されるように、さらに遡れば、
全国に広く流布した民話がもとになっているようです。

上方では古くは、フカが婆さんをのみ込む「兵庫船」と混同されて
医者がウワバミならぬフカにのまれ、
「こんな臭え医者のんだことねえ」とサゲることもあったそうですが、
現在は用いられません。

巧妙円生、爆笑枝雀

東京でもかなり古くから演じられ、
四代目橘家円蔵から六代目三遊亭円生に
直伝で継承されました。

円蔵はちしゃには触れず、単に
「夏の医者にはこりた」
とサゲていましたが、その伏線の不備を
円生が上方の演出を加味して現行に改め、
巧妙な田舎ことばで十八番にしました。

大阪では、故人桂枝雀のものが、
派手なオーバーアクションで
これまた当り芸でした。

チシャの胡麻よごし

チシャは萵苣と書き、萵苣筍(ちしゃとう)と
葉萵苣(はちしゃ)があります。

この噺ではたぶん葉萵苣で、西洋ではレタス、
日本では小松菜が同族の品種です。

なお、上方落語に「ちしゃ医者」という噺があり、
PHP研究所刊「千字寄席」では「夏の医者」の
別題としましたが、これは誤りで、まったく別話です。

書籍版の読者の皆様には、謹んでおわびし、
訂正させていただきます。

ばっちょう笠って?

「番匠(ばんじょう)笠」のなまったことばです。

竹の皮を張った、浅く大きな笠で、
延宝年間(1673~81)から作られました。

江戸では駕籠屋がよくかぶりました。

下剤

江戸時代には、普通、大黄(だいおう)の粉末を用いました。

桂米朝の十八番「地獄八景亡者の戯れ」、近日アップ予定)では
「大王(=大黄、閻魔大王と掛けた)のんで下してしまう」
と、ダジャレオチに用いられています。

薬籠(やくろう)

医者の携帯用の薬箱です。

桐の小箱で、引き出しがあり、
その中は細かく仕切られていました。
普通、往診の際は供に持たせます。

「自家薬籠中のもの」という慣用句は、
医者は自分の薬籠中のどこにどんな薬がしまってあるか
分からないと商売にならないことから、
物事を完全に知り尽くしていること、狭義では
ある分野の知識や技術を完璧に自分のものとして
使いこなせていることをいいます。

六代目円生の芸談から

「ここに出てくる玄伯老は、医者といっても、
山頂で休むときも作物の話をしているようなお医者様で、
本職は百姓なのですから、そういう気分を
出すことが大切でしょう」

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