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2005.08.10

酢豆腐(すどうふ)/落語

                                               酢豆腐

上方では「ちりとてちん」。えせ紳士を茶化す噺。悪ふざけが過ぎます。

夏の暑い盛り。

例によって町内の若い衆がより集まり、
暑気払いに一杯やろうと相談がまとまる。

ところがそろってスカンピンで、
金もなければ肴にするものもない。

ちょうど通りかかった半公を、
美い坊がおまえに岡ぼれだとおだてて、
糠味噌の古漬けを買う金二分を強奪したが、
これでほかに何を買うかで、またひともめ。

一人が、昨日の豆腐の残りがあったのを思い出し、
与太郎に聞いてみると、
この暑い中、
一晩釜の中に放り込んだというから、一同?然。

案の定、
腐ってカビが生え、
すっぱいにおいがして食えたものではない。

そこをたまたま通りかかったのが、
横町の若だんな。

通人気取りのキザな野郎で、
デレデレして男か女かわからないので、嫌われ者。

ちょうどいい、
あいつをだまして腐った豆腐を食わしちまおう
と、決まり、
口のうまい新ちゃんが代表で
「若だんなァ、何ですね。素通りはないでしょ。おあがんなさいな」
「おやっ、どうも。こーんつわ」

呼び込んで、
おまえさんの噂で町内の女湯はもちきりだの、
昨夜はちょいとオツな色模様があったんでしょ、
お身なりがよくて金があって男前ときているから、
女の子はうっちゃっちゃおきません、
などと、歯の浮くようなお世辞を並べ立てると、
若だんな、いい気になって
「君方の前だけど、セツなんぞは昨夜は、
ショカボのベタボ(初会惚れのべた惚れ)、
女が三時とおぼしきころ、この簪(かんざし)を抜きの、
鼻ん中へ……四時とおぼしきころ、
股のあたりをツネツネ、夜明け前に……」
と、ノロケ始める。

とても付き合っていられないので
「ところで若だんな、あなたは通な方だ。
夏はどういうものを召し上がります」
と水を向けると、
人の食わないものを食ってみたいというので、
これ幸い、舶来品のもらい物があるが、
食い物だかなんだかわ分からないから、見ていただきてえんで、
と、例の豆腐を差し出した。

若だんな、鼻をつまみながら
「もちろん、これはセツら通の好むもの。一回食ったことがごわす」
「そんなら食ってみてください」
「いや、ここでは不作法だから、いただいて帰って夕げの膳に」

逃げようとしても、逃がすものではない。

一同がずらりと取り囲む中、
引くに引けない若だんな。

「では、方々、失礼御免そうらえ。
ううん、この鼻へツンとくるのが……ここです、味わうのは。
この目にぴりっとくる……目ぴりなるものが、ぷっ、これはオツだね」

臭気に耐えられず、
一気に息もつかさず口に流し込んだ。

「おい、食ったよ。いやあ、若だんな、恐れ入りました。
ところで、これは、なんてえものです」
「セツの考えでは、これは酢豆腐でげしょう」
「うまいね、酢豆腐なんぞは。たんとおあがんなさい」
「いや、酢豆腐はひと口にかぎりやす」

【うんちく】

若だんなは「ハンカ・ツー」

この奇妙キテレツな言葉は、明和年間(1764~71)あたりから出現した
「通人」(「通」とも)が用いた言い回しを誇張したものです。

通人というのは、もともとは蔵前の札差のだんな衆で、
金力も教養も抜きん出ているその連中が、
自分たちの特有の文化サロンをつくり、
文芸、芸術、グルメその他の分野で「粋」という
江戸文化の真髄を極めました。

彼らが吉原で豪遊し、洗練された遊びの限りを尽くすさまが
「黄表紙」や「洒落本」という、おもに遊里を描いた雑文芸で活写され、
「十八大通」などともてはやされたわけです。

それに対して、世の常として「ニセ通」も現れます。
それがこの若だんなのような手合いで、
本物の通人のように金も真の教養もないくせに
形だけをまね、キザにシナをつくって、チャラチャラした格好で
通を気取ってひけらかす鼻つまみ連中。

これを「半可通」と呼び、山東京伝(1761~1816)が
天明5年(1785)に出版した
「江戸生艶気樺焼(えどうまれうわきのかばやき)」で
徹底的にこの輩を笑い者にしたため、すっかり有名になりました。

半可通は半可者とも呼び、
安永8年(1779)刊の「大通法語」に、
「通と外通(やぼ)との間を行く外道なり。さるによって、
これを半可ものといふ」
とあるように、まるきり無知の野暮でもないし、
かといって本物の教養もないという、
中途半端な存在と定義されています。

ゲス言葉

明治41年9月の「文藝倶楽部」に掲載された
初代柳家小せんの速記から、
若だんなの洗練の極み(?)の通言葉を拾ってみます。

「よッ、恐ろ感すんでげすね君は。拙(せつ)の眼を一見して、
昨夜は妙(おつ)な二番目がありましたろうとは
単刀直入……利きましたね。夏の夜は短いでしょうなかと
止めをお刺しになるお腕前、新ちゃん、
君もなかなか通人(つう)でげすね。そも昨夜の
為体(ていたらく)といっぱ……」

読んだだけでは独特のイントネーションは伝わりませんが
歌舞伎十八番で、先ごろも市川海老蔵襲名披露興行で話題を呼んだ
「助六」に、こうした言葉を使う「股くぐりの通人」(実質は半可通)が
登場することはよく知られます。

先代河原崎権十郎のが、まさに絶品でしたが、
扇子をパタパタさせてシャナリシャナリ漂い、
文化の爛熟、頽廃の極みのような奇人です。
もしご覧になる機会があれば、
彼らがどんな調子で話したか、
よくお分かりいただけることでしょう。

さて、ここでも連発される「ゲス」は、
当サイトの書評欄でも拝借していますが、
ていねい語の「ございます」が
「ごいす」「ごわす」となまり、さらに「げえす」「げす」と崩れたものです。

活用で「げえせん」「げしょう」などとなりますが
遊里で通人や半可通が使ったものが、幇間ことばとして残り
その親類筋(?)の落語界でも日常語として
明治~昭和初期までは頻繁に使われました。

往年の赤塚不二夫のギャグマンガでは、
泥棒までが使っていましたっけ。

原話いろいろ

宝暦13年(1763)刊「軽口太平楽」中の「酢豆腐」、
安永2年(1773)刊「聞上手」中の「本粋」、
同7年(1778)刊「福の神」中の「ちょん」と、いろいろ原典がありますが
最古の「酢豆腐」では、わざわざ腐った豆腐を買ってふるまい、
その上食わせる側が「これは酢豆腐だ」とごまかす筋で、
現行よりかなり悪辣になっています。

それでも客が無理して食べ、
「これは素人の食わぬもの」
と負け惜しみを言うオチです。

後の二つは食わせるものが、それぞれ腐ってすえた飯、
味噌の中へ鰹節を混ぜたものとなっています。

石けんを食わせる「あくぬけ」

現行の「酢豆腐」は、前述の初代柳家小せんが型を完成させ、
それを継承して昭和に入って戦後にかけ、
八代目桂文楽が十八番にし、
現在出ているCD、速記の多くが文楽のものです。
この師匠のは、何やら半可通が幇間じみるのが気になるのですが。

そのほか、六代目三遊亭円生、
さらに古今亭志ん朝が得意にしました。
志ん朝の若だんなは嫌味がなく、むしろ
おっとりとした能天気さがよく出ていました。

「あくぬけ」「石けん」と題するものは別演出で、
石けんを食わせます。
こちらは四代目橘家円蔵から、二代目三遊亭円歌、
三代目三遊亭金馬に伝わっていました。
「あくぬけ」のサゲは、
「若だんな、それは石けんで……」
「いや、いいんです。体のアクがぬけます」
というものです。

上方、小さん系の「ちりとてちん」

「酢豆腐」の改作で最もポピュラーなのが
三代目小さん門下だった初代柳家小はんが
豆腐をポルトガル(オランダ)の菓子だとだます筋に変えた
「ちりとてちん」で、大阪に移植され、
三代目林家菊丸が得意にしたほか、
初代桂春団治のレコード(CD)もあります。

東京では五代目柳家小さん、桂文朝などが
こちらで演じました。

サゲは、「どんな味でした?」と聞かれて
「豆腐の腐ったような味」と落とすのが普通ですが
「これは酢豆腐ですが、あなた方には腐った豆腐です」
としている演者もあります。

おすすめCD酢豆腐

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おとといの深夜、J-WAVEを聞いていたら、「笑福亭福笑師匠」という言葉が耳に飛び込んできた。上方落語に詳しくない私は知らない名前だったけれど、東京のオシャレなラジオ局J-WAVEで上方落語とはただ事ではない。番組はJ-WAVE25という番組で、別に落語の番組ではないようだ。 というわけで、番組では、東京で行われた「笑福亭福笑師匠」の模様を録音で放送。上方の爆笑王と紹介される。東京で爆笑王といえば、いまはやはり川柳川柳、ちょっと前なら現落語協会会長の三遊亭圓歌というところだが、そんな自由奔放な芸風と... [続きを読む]

受信: 2005.11.01 23:26

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