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2005.08.10

おかめ団子(おかめだんご)/落語

                                             おかめ団子

麻布名物「おかめ団子」を舞台にした、地味でつつましい人情噺。

麻布飯倉片町に、
名代のおかめ団子という団子屋がある。

十八になる一人娘のお亀が、評判の器量よしなので、
そこからついた名だが、
暮れのある風の強い晩、
今日は早仕舞いをしようと、戸締りをしかけたところに
「ごめんくだせえまし、お団子を一盆また、頂きてえんですが」
と、一人の客。

この男、
近在の大根売りで、名を多助。

年取った母親と二人暮しだが、
これが大変な親孝行者。

お袋がおかめ団子が大好物だが、ほかに楽はさせてやれない身。
しかも永のわずらいで、先は長くない。

せめて団子でも買って帰って、喜ぶ顔が見たい。

店の者は、忙しいところに毎日来て、
たった一盆だけを買っていくので迷惑顔。

邪険に追い返そうとするのを
主人がしかり、座敷に通すと、
自分で団子をこしらえて渡したので、
多助は喜んで帰っていく。

中目黒の家に帰った多助、
母親が嬉しそうに団子を食べるのを見ながら床につくが、
先ほど主人が売上を勘定していた姿を思い出し、
大根屋では一生お袋に楽はさせられない、あの金があれば
と、ふと悪心がきざす。

頬かぶりをしてそっと家を抜け出すと、
風が激しく吹きつける中、
団子屋の店へ引き返し、裏口に回る。

月の明るい晩。

犬にほえたてられながら、
いきあたりばったり庭に忍び込むと、
雨戸が突然スッと開く。

見ると、
文金高島田に緋縮緬(ひじりめん)の長襦袢(ながじゅばん)、 
鴇(とき)色縮緬の扱帯(しごき)を
胸高に締めた若い女が、
母屋に向かって手を合わすと、
庭へ下りて、縁側から踏み台を出す。

松の枝に扱帯を掛ける。
言わずと知れた首くくり。
実はこれ、団子屋の娘のお亀。

多助あわてて、
「ダミだァ、お、おめえッ」
「放してくださいッ」

声を聞きつけて、店の者が飛び起きて大騒ぎ。
主人夫婦の前で、多助とおかめの尋問が始まる。

父親のツルの一声で、無理やり
婿を取らされるのを苦にしてのことと分かって、
主人が怒るのを、太助、
泥棒のてんまつを洗いざらい白状した上、

「どうか勘弁してやっておくんなせえ」

主人は事情を聞いて太助の孝行に感心し、
罪を許した上、
こんな親孝行者ならと、
その場で多助を養子にし、娘の婿にすることに。

お亀も、顔を真っ赤にしてうつむき、
「命の親ですから、あたくしは……」
これでめでたしめでたし。

主人がお内儀さんに、
「なあ、お光、この人ぐらい親孝行な方はこの世にないねえ」
「あなた、そのわけですよ。商売が大根(=コウコ、漬物)屋」。

多助の母親は、店の寮(別荘)に住まわせ、
毎日毎日、おかめ団子の食い放題。 
若夫婦は三人の子をなし、
家は富み栄えたという、人情噺の一席。

【うんちく】

モデルは実在の団子屋

文政年間(1818~30)から明治30年代まで麻布飯倉片町に実在し、
「鶴は餅亀は団子で名は高し」と川柳にも詠まれた
名物団子屋をモデルとした噺です。

おかめ団子の初代は初代は諏訪治太夫という浪人で、
釣り好きでしたが、あるとき品川沖で、
耳のある珍しい亀を釣ったので、
女房が自宅の庭池の側に茶店を出し、
亀を見に来る客に団子を売ったのが、始まりとされます。

それを亀団子といいましたが、
二代目の女房が オカメそっくりの顔だったので、
「オ」をつけておかめ団子。
これが定説で、看板娘の名からというのは眉唾のよし。

黄粉をまぶした団子で、
一皿十六文と記録にありますが、
明治の三代目麗々亭柳橋の速記には五十文とあり、
これは幕末ごろの値段のようです。

志ん生得意の人情噺

古風で、あまり面白い噺とはいえませんが、
五代目古今亭志ん生、八代目林家正蔵が演じ、
事実上志ん生が一手専売にしていたといっていいでしょう。

明らかに自分の持ち味と異なる
この地味でつつましい人情ものがたりを
志ん生がなぜ愛したか、よくわかりませんが、
あるいは、若いころさんざん泣かせたという母親に
主人公を通じて、心でわびていたのかも知れません。

志ん生は多助を、
「年齢(とし)頃二十……二、三、 色の白い、
じつに、綺麗(きれい)な男」
と、表現しています。

この「きれいな男」という言葉で、
泥にまみれた農民のイメージや、
実際にまとっているボロボロの着物とは裏腹の、
多助の美男子ぶりが想像できます。
同時に、当人の心根をも暗示しているのでしょう。

古いやり方では、実は多助が婿入りするくだりはなく、
お亀は、使用人の若者との仲が、親に許されず、
それを苦にして自殺をはかったことになっていました。
志ん生がそれを、あらすじのように改めたものです。

大根屋

多助のなりは、前述の麗々亭柳橋の速記によると、
「汚い手拭いで頬っ被りして、目黒縞の筒ッ袖に、
浅葱(あさぎ=薄い藍色)のネギの枯れッ葉のような
股引をはいて、素足に草鞋ばき」
といいますから、当時の大根売りの
典型的なスタイルです。

近在の小作農が、農閑期の冬を利用して
大根を売りに来るものです。
ダイコヤと呼びます。

大根は、江戸近郊では、
練馬が秋大根(8、9月に蒔き10~12月収穫)、
亀戸が春蒔き大根(3、4月に蒔き5~7月収穫)、
板橋の清水大根が夏大根(5~7月に蒔き7~9月収穫)
として有名でした。

多助の在所の目黒は、どちらかといえば
筍の名産地でしたが、
この噺で売っているのは秋大根でしょう。
大八車に積んで、山の手を売り歩いているはずです。

麻布飯倉片町

現在の港区麻布台三丁目、東京タワーの直下。
今でこそハイセンスな繁華街ですが、
旧幕時代はというと、
武家屋敷に囲まれた、いたって寂しいところ。
山の手ですが、もう江戸の郊外といってよく、
タヌキやむじなも、よく出没したとか。

飯倉片町おかめ団子は、志ん生ファンならおなじみの、
「黄金餅」の、道順の言い立てにも登場していました。

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コメント

とても魅力的な記事でした。
また遊びに来ます!!

投稿: 株の初心者 | 2014.09.05 11:06

株の初心者 さま

ご挨拶がなんと4か月も遅れましたご無礼の段、
平に平にご容赦くだされたく。

死して護国の鬼となった月形半平太に倣い(いや、古臭いですねえ)
「ふる」ともども七生生まれ変わって落語の鬼となる所存ですので、
何卒今後とも当サイトをお見捨てなきよう、
ご贔屓のほどよろしくお願い申し上げす。

投稿: たか | 2015.01.08 12:11

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