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2005.09.19

禽語楼小さん(二代目)/落語家

禽語楼小さん

どんな人?

1849年:8月(旧暦、日不詳)、日向・延岡に生まれる。本名・大藤楽三郎。代々、延岡藩士の家柄。少年期に高島秋帆に砲術を学ぶ。

年不詳:幕末~明治初期、初代柳亭燕枝(のちの初代談洲楼燕枝)に入門、燕花を名乗る。間もなく師匠の勘気を受け、地方を巡業したあげく静岡に落ち着く。

1876年(80年とも):上京して師匠に許され、静岡で燕静の名で落語家に復帰。

1878年:同年暮れに再度上京、翌年正月から東京の寄席に復帰。二代目春風亭柳枝の弟子分となって燕寿と改名。

1883年:二代目柳家小さんを襲名。

1888年:3月、ひいきの医学博士・松本順に「禽語楼」の号を贈られ、禽語楼小さんと改名。同月、両国・中村楼で改名披露。「禽語」は鳥の鳴き声のことで、小さんの声や語り口が高調子だったことからの命名という。

1895年(97年とも):3月、門弟の柳家小三治に三代目柳家小さんを襲名させ、自らは柳家禽語楼を名乗る。このころから体調すぐれず。

1898年:7月3日死去。享年48。

サムライ噺の名手

明治落語界「反主流派」の巨頭。
人情噺の名人連がずらりとそろう円朝一門に対抗、
同じサムライくずれのポン友・初代三遊亭円遊と組んで、
落とし噺路線を押し通し、現在演じられる多くのこっけい噺の
基本的な演出を確立したエライ人。

サムライ出身だけに武士の表現がうまく、
「目黒のさんま」「将棋の殿さま」「盃の殿さま」などの
殿さま噺を得意にしました。

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