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2005.09.12

金明竹(きんめいちく) 落語

寿限無」と並ぶ言い立ての心地よい噺。必聴です。 この1枚:金明竹

骨董屋のおじさんに世話になっている与太郎。
少々頭に霞がかかっているので、それがおじさんの悩みのタネ。

今日も今日とて、店番をさせれば、
雨宿りに軒先を借りにきた、どこの誰とも知れない男に、
新品の蛇の目傘を貸してしまってそれっきり。

そういう時は、傘はみんな使い尽くして、
バラバラになって使い物にならないから、
焚き付けにするので物置へ放り込んであると断るんだと叱ると、
鼠が暴れて困るので猫を借りに来た人に
「猫は使い物になりませんから焚き付けに……」とやった。

「馬鹿野郎、猫なら『さかりがついてとんと家に帰らなかったが、
久しぶりに戻ったと思ったら、腹をくだして、そそうがあってはならないから、
またたびを嘗めさして寝かしてある』と言うんだ」

そう教えると、おじさんに目利きを頼んできた客に
「家にもだんなが一匹いましたが、さかりがついて……」

こんな調子で小言ばかり。

次に来たのは上方者らしい男だが、
何を言っているのかさっぱりわからない。

「わて、中橋の加賀屋佐吉方から参じました。
先度、仲買の弥市の取次ぎました道具七品のうち、
祐乗、光乗、宗乗三作の三所もの。並びに備前長船の則光、
四分一ごしらえ横谷宗岷小柄付きの脇差し、柄前はな、
だんなはんが古鉄刀木といやはって、
やっぱりありゃ埋れ木じゃそうにな、木が違うておりまっさかいなあ、
念のため、ちょっとお断り申します。
次は、のんこの茶碗、黄檗山金明竹、ずんどうの花いけ、
古池や蛙飛び込む水の音と申します。あれは、風羅坊正筆の掛け物で、
沢庵、木庵、隠元禅師はりまぜの小屏風、あの屏風はなあ、もし、わての旦那の檀那寺が、
兵庫におましてな、この兵庫の坊主の好みまする屏風じゃによって、
かようお伝え願います」
「わーい、よくしゃべるなあ。もういっぺん言ってみろ」

与太郎になぶられ、
三べん繰り返されて、男はしゃべり疲れて帰ってしまう。

おばさんも聞いたが、やっぱりわからない。
おじさんが帰ってきたが、わからない人間に報告されても、よけいわからない。

「仲買の弥市が気がふれて、遊女が孝女で、掃除が好きで、
千ゾや万ゾと遊んで、終いにずん胴斬りにしちゃったんです。
小遣いがないから捕まらなくて、隠元豆に沢庵ばっかり食べて、
いくら食べてものんこのしゃあ。それで備前の国に親船で行こうとしたら、
兵庫へ着いちゃって、そこに坊さんがいて、
周りに屏風を立てまわして、中で坊さんと寝たんです」
「さっぱりわからねえ。どこか一か所でも、はっきり覚えてねえのか?」
「確か、古池に飛び込んだとか」
「早く言いなさい。あいつに道具七品が預けてあるんだが、買ってったか?」
「いいえ、買わず(蛙)です」

【うんちく】

ネタ本は狂言

前後半で出典が異なり、前半の笠を借りに来る部分は、
狂言「骨皮」をもとに、初代石井宗淑(?~1803)が
小咄「夕立」としてまとめたものを
さらに改変したとみられます。

また、類話に享和2年(1802)刊の十返舎一九作「臍くり金」中の
「無心の断り」があり、現行にそっくりなので、
これが落語の直接の祖形でしょう。

一九はこれを、おなじみ野次喜多の「続膝栗毛」にも取り入れています。
「夕立」との関係は、「夕立」が著者没後の
天保10年(1839)の出版(「古今秀句落し噺」に収録)なので
どちらがパクリなのかは分かりません。

後半の珍口上は、初代林家(屋)正蔵(1781~1842)が
天保5年(1834)に自作の落語集「百歌撰」中に入れた
「阿呆の口上」が原話で、
これは与太郎が笑太郎となっているほかは
弥市の口上の文句、「買わず」のオチともまったく同じです。

前半はすでに文化4年(1807)の喜久亭寿曉の落語ネタ帳「滑稽集」に
「ひん僧」の題で載っているので、
江戸落語としてはもっとも古いものの一つですが、
前後半を合わせて「金明竹」として一席にまとめられたのは
明治維新後と思われます。

「骨皮」と「夕立」

骨皮 
シテが新発意(しんぼち=出家間もない僧)でワキが住職。
檀家の者が寺に笠を借りに来るので、新発意が貸してやり、
住職に報告したところ、ケチな住職が
「辻風で骨皮バラバラになって貸せないと断れ」と叱る。

次に馬を借りに来た者に笠の口上で断ると、
住職は
「バカめ。駄狂い(発情による狂馬)したと断れ」

今度はお経を頼みに来た者に、「住職は駄狂い」と断ったので、
聞いた住職が怒り狂い、新発意が、お師匠さまが
門前の女とナニしているのは「駄狂い」だと口答えして
大ゲンカになる筋立て。

ボタンの掛け違いの珍問答は、
民話の「一つ覚え」にヒントを得たとか。

夕立
主人公(与太郎)は権助、ワキが隠居。

笠、猫と借りに来るくだりは現行と同じです。

三人目が隠居を呼びに来ると、
「隠居は一匹いますが、糞の始末が悪いので貸せない」

隠居が怒って「疝気が起こって行けないと言え」と教えると
次に蚊いぶしに使う火鉢を借りに来たのにそれを言い、
どこの国に疝気で動けない火鉢があると、
また隠居が叱ると権助が居直って
「きんたま火鉢というから、疝気(せんき) も起こるべえ」

石井宗淑は
医者、幇間、落語家を兼ねる「おたいこ医者」で、
長噺の祖といわれる人。

東京に逆輸入?

この噺、前半の「骨皮」の部分は、純粋な江戸落語のはずながら
なぜか幕末には演じられなくなっていて、
かえって上方でよく口演されました。

明治になってそれがまた東京に逆輸入され、
後半の口上の部分が付いてからは、
名人・四代目橘家円喬、さらに三代目三遊亭円馬が得意にしました。

円喬は特に弥市の京都弁がうまく、同じ口上を三回リピートするのに、
三度とも並べる道具の順序を変えて演じたと、六代目円生が語っています。

代表的な前座の口慣らしのための噺として定着していますが、
戦後は五代目古今亭志ん生六代目三遊亭円生三代目三遊亭金馬など、
多数の大看板が手掛け、現在に至っています。

中でも金馬は、昭和初期から戦後にかけ、
流麗な話術で「居酒屋」と並び十八番としました。

現在CDは、三巨匠それぞれ残っていて、現役では
柳家小三治のがありますが、
口上の舌の回転のなめらかさでは
金馬がピカ一だったでしょう。

志ん生は、前半部分を再び独立させて演じ、
後半はカットしていました。

祐乗、長船、宗珉について

後藤祐乗(ごとう・ゆうじょう、1440?~1512?)は
室町時代の装剣彫刻の名工です。

足利義政の庇護を受け、特に目貫(めぬき=刀の目釘に付ける装身具)に
すぐれた作品が多く残ります。

光乗はその曾孫(1529~1620)で、やはり名工として
織田信長に仕えました。

長船(おさふね)は
鎌倉時代の備前国の刀工・長船氏で、
祖の光忠以下、長光、則光など、代々名工を生みました。

横谷宗珉(よこや・そうみん、1670~1733)は
江戸時代中期の金工で、絵画風彫金の考案者。

小柄(こづか)や獅子牡丹などの絵彫を得意にしました。

金明竹

中国・福建省原産の黄金色の名竹です。

同省黄檗山(おうばくさん)万福寺から日本に渡来し、
黄檗宗の開祖となった隠元禅師(いんげんぜんじ、1592~1673)が、
来日して宇治に同名の寺を建てたとき、この竹を移植し、
それが全国に広まりました。

観賞用、または筆軸、煙管のらおなどの細工に用います。

隠元には多数の工匠が同行し、彫刻を始め
日本美術に大きな影響を与えましたが、
金明竹を使った彫刻もその一つです。

漱石がヒントに?

「吾輩は猫である」の中で、二絃琴の師匠の飼い猫・
三毛子の珍セリフとして書かれている
「天璋院様の御祐筆の妹の御嫁に行った先きの御っかさんの甥の娘」
は、落語マニアで三代目小さんや初代円遊がひいきだった漱石が
「金明竹」の言い立てからヒントを得たという説
(半藤一利氏)がありますが、
落語にはこの手のギャグはかなりあり、何とも言えません。

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コメント

今の川柳師匠が円生師匠にこの噺を教えてもらった時,
例のくだりが耳だけではなかなか覚えられず,
速記本で覚えたら怒られたそうです。

投稿: ころころ亭 | 2007.07.27 11:11

「埋れ木」ではない、「古鉄刀木」は、なんと読むのでしょうか?

口上の終いの部分「・・・兵庫の坊主の好みまする屏風じゃによって、かようお伝え願います」とありますが、
「・・・屏風じゃによって、兵庫へやって兵庫の坊主の屏風にいたしますと、かようお伝え・・・」ではないのでしょうか。

投稿: 荒牧 啓介 | 2008.08.19 22:36

「古鉄刀木」は「たがやさん」、「・・・屏風じゃによって、」の続きは「表具に出して兵庫にやって兵庫の坊主の・・・」の意のようですが、意のとおりに「表具に出して」を口演している音は聴きません。
近頃の噺家は皆、「・・・屏風じゃによって、表具へやって兵庫の坊主の屏風にいたしますと、かようお伝え・・・」
と演っているようですが。

投稿: 荒牧 啓介 | 2008.11.03 23:14

荒牧 さま

「古鉄刀木」は、ほとんどの速記本には「ふるたがや」
とルビが振ってありますが、口演の際はほとんどご指摘の通り
「たがやさん」ですね。現・小三治もそうです。

ちくま文庫版「金馬・小円朝集」でも、ルビは前者ですが
注釈の見出しは後者です。

意味は、その注釈に、

「略して『たがや』ともいう。ビルマ・マラヤ・東インド
地方産の堅い材木。黒と赫の文様があり、香り高いので、
昔から高級の家具・細工物に使われ、俗に「紫檀・黒檀・
古鉄刀木」といって珍重された(以上引用)」

と、あります。要するに黒檀の古材のこと。「さん」を
付けるのは上方ことばでしょう。

「兵庫」のダジャレはまったくご指摘の通りです。直前に
わざわざ「兵庫の坊主の好みまする屏風じゃによって」と
断り、ヒョウゴ=ヒョウグのダジャレだとにおわしている
ので、むしろ後は「表具へやり」でないと続かないでしょう。

先代金馬は「兵庫へやり、兵庫の坊主の屏風に……」と言ってから
「はっはっは」とおどけていますが、これは自分のダジャレの
くだらなさへの苦笑でしょうから、金馬も本当は「表具」
と言ったつもりを言い間違えたのかも知れませんね。

投稿: たか | 2008.11.09 09:30

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