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2005.09.18

桂文治(十代目)/落語家

                                                                                                          桂文治

どんな人?

1924年:1月14日、東京・雑司が谷生まれ。本名・関口達雄。

1946年:6月、桂小文治に入門、前座名桂小よし。

1948年:10月、二つ目に昇進、伸治に。

1958年:9月、同名で真打に昇進。

1959年:フジテレビ系列の昼の演芸バラエティ「お笑いタッグマッチ」に
レギュラー出演。とぼけた個性で人気急上昇。

1979年:3月、十代目桂文治を襲名、桂派宗家となる。

1981年:11月、前月の三越落語会の高座で、芸術祭賞優秀賞受賞。

1996年:3月、第46回芸術選奨文部大臣賞受賞。

1999年:10月、落語芸術協会会長に就任。

2001年:12月、うなぎ書房から著書「噺家のかたち」を出版。

2002年:11月、勲四等旭日小綬章授章。

2004年:1月31日午後5時17分、急性白血病による腎不全のため死去。享年80歳。
芸協会長の任期最後の日だった。戒名は文翁院話玄達道居士。

多芸多才の文治師匠

書道、彫刻、盆栽と、すべて玄人はだしの多芸多才で知られました。

なかでも、南画は院展で何度も特選。

東京都美術館の審査員も務めました。

本業の落語は、軽妙洒脱な江戸前の滑稽噺一筋。

普段から和服を着こなし、高座では黒紋付で通すなど、粋を絵に描いたよう。

地噺の「源平盛衰記」「やかん」、落とし噺では「豆屋」「たがや」、
志ん生とはまた一味違う「火焔太鼓」などなど……。

巻き舌で語尾がかすれる、
あれほど生粋の江戸ことばがしゃべれる噺家は、
もう永久に出ないでしょう。(た)

文治の父・初代柳家蝠丸(ふくまる)

独特の滑稽味と機知で、大正初期から昭和初期にかけ、
けっこう人気があった人のようです。

五代目志ん生がよく演じた「女給の文」は、この人の作。

年を三歳ほどゴマかしていたらしく、
明治16年(1883)ごろの生まれといわれますが、
いまだに生年月日ははっきりしません。
戦時中の昭和18年(1943)10月24日死去。

写真で見ると、細面に眼鏡をかけたインテリ風。
面差しはやはり血筋で、故・文治にどことなく似ています。
着物を着ていなければ、キャリア官僚か銀行員といっても十分通るでしょう。(た)

書家のお気に入り

その昔、青山杉雨という、烈火のような書家がいました。

子分たちをどやしつけながら、

日本の書道界をひっぱっていた、かっこいい爺さんでした。

この人、実は落語が大好きで、お気に入りは古今亭円菊と桂文治。

「文治ってえのは、

ラジオの放送時間に合わせられずにはなしちゃったりするんだ。

ホント、頭悪いんだ。けど、いい味してるんだな。

噺家の雰囲気がにじみ出てるやつは、いまどき、こいつだけだ」

と、晋風楼で語ってましたっけ。今では、烈火爺も文治も鬼籍の人に。

これはこれで懐かしい思い出です。(ふ)

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コメント

談志もこの人が好きだったそうです。

投稿: 古今に志,生まる | 2007.08.22 19:04

古今に志,生まる 様

ご教示ありがとうございます。

この人、乗ったときには、志ん生の味がありました。
きっと、志ん生を愛する方は、
文治も好きなのではないでしょうか。

小さん師匠もそうでしたが、
「かい(帰)って」「かかい(抱)て」「いご(動)く」
と、よく発音していました。

大正フタケタで、
こういう古い江戸のネイティヴな発音を
ごく当たり前にやっている噺家は、
この人くらいだったでしょう。

こちとら年のせいか、つい「シンジ」と
今でも言ってしまう、懐かしい人ではあります。

投稿: | 2007.08.26 23:37

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