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2005.10.29

柳田格之進(やなぎだかくのしん)/落語

                                            柳田格之進

善人ばかりが登場する、橋田ドラマのような落語です。

もと藤堂家の家臣・柳田格之進。

ゆえあって浪人し、
今は浅草東仲町の、越前屋作左衛門地借りの裏長屋に、
妻と娘・花の三人暮らし。

地主の作左衛門とは碁仇で、
毎日のように越前屋を訪れては、奥座敷で盤を囲んでいる。

ある日、いつものように二人が対局していると、
番頭の久兵衛が百両の掛金を革財布ごと届けにきた。

作左衛門、碁に夢中で生返事ばかり。

久兵衛はしかたなく、
財布を主人の膝の上に乗せて部屋を出る。

格之進が帰った後、
作左衛門ふと金のことを思い出し、久兵衛に尋ねると、
確かにだんなさまのおひざに置きました、
と言うばかり。

覚えがないので、座敷の隅々まで探したが、金は出てこない。

番頭、
疑わしいのは柳田さまだけ
と言いだし、いくら普段は正直でも、魔がさすことはある
と、作左衛門が止めるのも聞かず、格之進の長屋に乗り込む。

疑われた格之進、
浪人はしてもいやしくも武士、金子などに手を付けることはない
と強く否定するが、
久兵衛は、
どうしても覚えがないというなら、お上に訴え出て白黒をつけるよりないから、
そのつもりでいてほしい
と、脅す。

お家に帰参が決まっているので、
そんなことになれば差し障りが出るから、
自分の名は出さないでくれと頼むが、久兵衛は聞き入れない。

しばし考えて
「まことに申しわけない。貧に迫られた出来心で百両盗んだ」
と、打ち明けた格之進、
金は返すから明後日まで待ってくれと頼み、
代わりに武士の魂の大小を預けた。

二日後に久兵衛が行ってみると、
格之進は一分銀まじりで百両を手渡し、財布はないので勘弁してくれ
と、言う。

帰ろうとすると、格之進
「勘違いというとことがある。
もしその百両が現れた場合、その方と、主人作左衛門殿の首を申し受けるが、よいか」

久兵衛、
私も男、どんなご処分でも受けます
と、安請け合い。

大晦日、
煤掃きの最中に、
作左衛門が欄間の額の後ろを掃除しようとのぞくと、
例の金包みが挟まっている。

自分が小用に立ったとき、
無意識に膝の包みをそこに挟んだと思い出したときは、もう手遅れ。

久兵衛が、
実は、金が出たらだんなの首がころげる手はず
と打ち明けると、作左衛門は仰天。

すぐ格之進の家に行き、
金を返して、あれは町人風情の冗談でございます、と謝ってこい
と言いつける。

あたふたと久兵衛が、
今はお家に帰参した格之進を藤堂家上屋敷に訪ね、平謝りすると、
格之進、金は世話になった礼だと改めて返し
「あの金は娘・花が吉原・松葉家に身を売って作ったもの。
娘に別れるとき、もし金が出たら、
憎い久兵衛と作左衛門の首を私にお見せくださいと頼まれた。
勘弁しては娘に済まん」

仰天した久兵衛が店に逃げ帰ると、
後を追って格之進が乗り込んできた。

「申しわけございません。この上はご存分に」
「かねてから約定の品、申し受ける」

格之進、側の碁盤を取り、見事にまっ二つ。

「この品がなかったら、間違いは起こらなかったろう。以後は慎みましょう」

世の中になる堪忍は誰もする、ならぬ堪忍するが堪忍……
格之進碁盤割りの一席。

【うんちく】

講談から脚色?

別題は「柳田の堪忍袋」「碁盤割」。
講談から人情噺に脚色されたようですが、
はっきりしません。

明治25年、「碁盤割」で「百花園」に掲載された
三代目春風亭柳枝の速記が、
唯一の古い記録で、
このマクラで、柳枝が
「このお話は随筆にもあります」
と断っているので、
何らかのネタ本があると思われます。
でも、未詳です。

志ん生好みの人情噺

明治期にはよく演じられていたようですが、
昭和初期から戦後は、
五代目古今亭志ん生の独壇場でした。

「井戸の茶碗」と同系統の、
一徹な浪人が登場する人情噺ですが、
前述の三代目柳枝の速記のほかは
古い口演記録がなく、
例によって志ん生が、
いつどこで仕入れたのか不明です。
講釈師時代に聞き覚えたのかも。

人情噺なので
本来、サゲはありませんが、
志ん生が
「親が囲碁の争いをしたから、
娘が娼妓(しょうぎ=将棋)になった」
という地口のオチをつけたことがあります。
ただし、
これはめったに使わず、ほとんどは
従来どおりオチなしで
演じていました。

志ん生没後は
十代目金原亭馬生、古今亭志ん朝が。
志ん朝のものは音源もあり、
ちくま文庫版に
速記も収録されましたが、
ほぼ父親通りの演出です。

ハッピーエンドの円楽版

三遊亭円楽が好んで演じます。

円楽は、
この後、越前屋がお花を身請けし、
久兵衛とめあわせた上、
産まれた長男が越前屋を、
次男が柳田家を継ぐというハッピーエンドで
終わらせています。

中堅どころでは
柳家さん生も手掛けており、
CDも出しています。

碁盤

裏側の丸いくぼみは、
待ったした者の首を載せるところという
俗説があります。

浅草東仲町

現在の、台東区雷門一、二丁目にあたります。
浅草寺門前で、
今も昔も飲食店が多い繁華街です。

柳田格之進

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コメント

柳田格之進…実話がもとになって講談から落語になったお噺だそうです。
で一番史実に近いのが五代目圓楽師匠のヤツだそうです。
番頭と格之進の娘さんが夫婦になったのが本当なんだそうです。
よくよく噺を聞くと格之進さんの性格を考えるとなんかしっくりきます。

投稿: ますめっど | 2010.09.13 02:05

なるほどねえ。そうだったんですか。よくわかりました。

投稿: ふる | 2010.09.15 14:03

ますめっど笑

投稿: | 2012.12.27 15:54

>随筆

2ちゃんねるに原話について書き込んだ方がおいでで、先日、図書館で確認を取ってきました。

林元美「爛柯堂棋話」(1849年・復刻 平凡社東洋文庫1978年)に「処士、金をあがなう事」という一文がありました。全文(現代語訳)をブログにのせましたので、どうぞご覧になってください。この本は囲碁に関する逸話と棋譜を記録したものです。

投稿: snob | 2013.01.20 15:29

志ん生が四代目橘家円喬のを見て覚えたと柳田の堪忍袋のまくらで言ってました

投稿: | 2013.02.22 17:42

 泉州の商家に囲碁で出入りした浪人が、金を盗んだと疑われて娘を島原遊郭に売る話。のちに金は見つかって…

さらに原話について情報をいただきました。「爛柯堂棋話」より前に、「雲萍雑志(うんぴょうざっし)」(1843)に掲載があるそうです。執筆はさらに数十年前だそうです。岩波文庫版で確認しました。

投稿: snob | 2013.02.26 16:14

SNOBさま

貴重なご教示をどうもありがとうございました。
貴ブログでご紹介頂いた「爛柯堂棋話」現代語訳は
熟読させて頂き、大変参考になりました。

ご指摘の通り、「雲萍雑志」(初編序文に天保7年
丙辰秋の年記あり)巻二の逸話は、結末を除いてほぼ
大筋が「柳田角之進」と同じであり、これをほとんど
そのまま写した形の「爛柯堂棋話」の編者・林裕氏も
補注でこれを講談・落語の原型と明記しています。

特に、「雲萍雑志」のような比較的ポピュラーな出典を
見落としたことは、落語を曲がりなりにも論じる者として
言訳無用のミスであり、改めて深くお詫びします。

ともあれ、この二つの原話の主人公である浪人・猪飼某は
落語の柳田角之進と異なり、最後まで意地を貫き通し、
いかなる補償の申し出も詫び言も蹴ったまま、窮迫のうちに
生涯を終わるという悲劇になっているわけですが、
それを前出の林氏は「この猪飼の話は、まだそこ
(講談・落語のハッピーエンドを指す)まで俗化され
ておらず」と、いささか皮肉な感想を述べているあたり、
近代人と江戸人の価値観のずれがよく表れていると思われます。

最後に、改めてSNOBさまのご教示の出典二点を、
当サイトの結論として「柳田角之進」の原話と追記
させて頂くとともに、さらに勝手ながら、落語界の今後の
発展のため(笑)貴説を今後、機会がありましたら
援用させて頂きたく、お願い申し上げます。

末筆ながら、今後とも当サイトを宜しくお願いします。

投稿: たか | 2013.04.11 14:00

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