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2005.11.21

麻のれん(あさのれん)/落語

落語の按摩さんは、なぜか強情な人が多いです。

按摩(あんま)の杢市(もくいち)は、
強情で自負心が強く、
目の見える人なんかに負けない
と、いつも胸を張っている。

今日も贔屓(ひいき)のだんなの肩を揉んで、
車に突き当たるのは決まって
間抜けな目の見える人だという話をしているうちに
夜も遅くなったので、
だんなが泊まっていけ
と言って、離れ座敷に床を取らせ、
夏のことなので、蚊帳も丈夫な本麻のを用意してくれた。

女中が部屋まで連れていくというのを、
勝手知っているから大丈夫だ
と断り、一人でたどり着いたはいいが、
入り口に麻ののれんが掛かっているのを蚊帳と間違え、
くぐったところでぺったり座ってしまう。

まだ外なので、布団はない。

いやに狭い部屋だ
と、ぶつくさ言っているうちに、
蚊の大群がいいカモとばかり、大挙して来襲。

杢市、一晩中寝られずに応戦しているうち、
力尽きて夜明けにはコブだらけ。

まるで、金平糖のようにされてしまった。

翌朝、
だんながどうしたの
と聞くので、事情を説明すると、
だんなは、
蚊帳をつけるのを忘れたのだ
と思って、杢市に謝まって女中をしかるが、
杢市が蚊帳とのれんの間にいたことを聞いて苦笑い。

いったい、おまえは強情だからいけない
と注意して、
今度は意地を張らずに案内させるように、さとす。

しばらくたって、また同じように遅くなり、
泊めてもらう段になって、
また懲りずに杢市の意地っ張りが顔を出した。

だんなが止めるのも聞かず、
またも一人で寝所へ。

今度は女中が気を利かせて
麻のれんを外しておいたのを知らず、
杢市は蚊帳を手で探り出すと
「これは麻のれん。してみると、次が蚊帳だな」

二度まくったから、また外へ出た。

【うんちく】

ヴィジュアル落語の典型

原話は不明です。

この噺を得意にしていた晩年の三代目小さんの、
「按摩の蚊帳」と題した速記(大正13年)が残されていますが、
もともとオチを含め、「こんにゃく問答」などと同じく、
実際に寄席で「目で見る」噺なので、
速記も少なく、音源もあまりありません。

昭和に入って、ラジオ放送やレコードが盛んになっても、
このため、これらのメディアに取り上げられることも少なかったようです。

小さんにはサゲのところに工夫があり、
杢市が最初、のれんにそっと触れ、
次に両手を広げて大きな動作で触るというものですが、
これも目で見ていないと
その芸の細かさは分からないでしょう。

サゲも普通に寄席で演じるときは仕草オチで、
蚊帳の外に出たところを動作で表現しますが、
レコードやラジオではそうはいかず、
戦後この噺を一手専売にした五代目古今亭志ん生も、
速記では「また向こうへ出ちゃった」と
地の説明で終わっています。

志ん生の隠れた逸品

戦後は五代目志ん生の独壇場で、
現在、速記、音源とも志ん生のもののみです。

志ん生がいつ、誰からこの噺を教わったか、
よく分かりませんが、
やり方は三代目小さんのものを踏襲しながら、
「目をあいてりゃァなんか見りゃァほしくなってくるでしょ?
……それェ見ただけで、エエほしいなッと思うことが、
自分の思ったことが通らない。じゃァ情けないじゃァ
ありませんか。それよか目が見(め)えなきゃなんにも
見ないですからねェ、ええ。これいちばんいいですよォ。
ああァ目あきは気の毒だ……」
というようなセリフに、杢市の片意地、負けず嫌いと、
その裏にある身障者の屈折した心理が、
より色濃く出ているといえるでしょう。

志ん生没後は、五代目小さんが時々演じたくらいで、
現在はあまり演じ手がいません。

なお、三代目小さん以来、前半に杢市がだんなに語る、
提灯を持っていて暗闇で人に突き当たられ、
「お前さんみたいな、そそっかしい目あきに突き当たられんのが
嫌だから、こうやって提灯を持ってるんだァ」
と毒づいたはいいが、実は提灯の灯はもともと消えてた、
という体験談を入れるのがお決まりですが、
こうした内容も、昨今では色々な意味で誤解を生じやすく、
やりにくくなっているのが現状でしょう。

蚊帳にもいろいろ

蚊帳は、古くは竿を通し、天井から吊り下げました。

部屋の大きさによって、五六(五六は縦横の割合。三畳用)や
六七(四畳半用)などの種類がありました。

この噺で杢市が寝かされるのは八畳間で、
本式には八十のサイズになりますが、
三代目小さんの速記では六八
(正確には七八。六畳用)で代用しています。

「按摩」にもいろいろ

按摩は按摩取ともいい、マッサージ・鍼灸師の古称です。
江戸時代には目の不自由な人がほとんどでしたが、
四世鶴屋南北作の歌舞伎「東海道四谷怪談」の宅悦、
同じく黙阿弥作「加賀鳶」の熊鷹道玄と
おさすりお兼のように、健常者もいました。

女按摩もけっこう多かったようで、
その中には、按摩とは名ばかり、実際は売春が「本業」の者も。
「枕つきのもみ療治、二朱より安い按摩はしないよ」
と居直る、故・尾上多賀之丞のお兼の名セリフは有名でした。

流しのもみ療治を振りの按摩といいましたが、
振りでも固定客がつけば、なかなか羽振りは良くなります。
「按摩上下十六文」と、芝居の中でよく
朗誦して流していく按摩が登場しまするが、実際は四十八文が相場。

自宅で「診療所」を営む場合は、鍼灸付きで幕末には百文。
ステータスと技術は、振りとは段違いでした。
「あんまはりの療治」というその看板の文句は、
「あやまった(しまった)」という意味の地口として、
「あやまはりの……」と、よく使われました。

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