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2006.01.29

田舎芝居(いなかしばい)/落語

生協の宅配をはじめてみませんか?

町じゃ端役なのに田舎だと名代なんていうのは、ありそうですね。

田舎の鎮守の祭礼に、
村芝居を出すことになった。

やり方を教えてくれるお師匠番が必要だが、
一流の役者や振付師を頼むと千両ふんだくられると聞いて、
世話人がぶったまげ、
それなら一番安くて悪い先生を頼もう
と、捜し当てたのが
江戸下谷北稲荷町に住む本名柴田与三郎。

芸名中村福寿
という下回り役者。

この男、
昼間は芝居で馬の足、夜は噺家になる
という掛け持ち稼業。

江戸でこそ、
昼馬、夜鹿(噺家=しか)で
合わせて馬鹿だが、
田舎に来ると、芝居の神さま扱い。

庄屋杢左衛門の家に招かれて、
下にも置かぬ大歓迎。

すっかりいい気持ちになり、
「だし物は何です」
と尋ねると、
「なんでも、よくわからねえべが、
幕を取ると向けえにお鎮守さまが祭ってござって、
その傍にお天神さまがえらくいて、
黄色い頭の天神さまに青いお天神、
黒い爺さまの天神さん、
土地べたイ座って箱の中から戦する時かぶる笠のようなものを」
と、シドロモドエオで説明するので、
どうやら「仮名手本忠臣蔵」大序兜改めの場
と、知れた。

そこで、
なんとか衣装をあり合わせでそろえ、
セリフも付けたが、田舎言葉なので何ともしまらない。

稽古の時に衣装を外に干しておいたので、
その間に蜂が烏帽子に入ったのも知らずに
師直役の農民が
「だまらっしゃい、若狭どん。義貞討死した時大わらわ、
死げえの前に落ち取った兜の数四十七、
どれがどれとはわからねえのを奉納したその後で、アタタ」

蜂の出所がないから、
あっと言う間にコブだらけ。

頭がふくれ上がったから、
見物「どこの国に師直とデコスケの早変わりがあるだ」
と怒り出す。

次は、四段目・判官切腹。

花道から出るはずの諸士が出てこない。

福寿が慌てて
「ショシ、ショシ」と呼んだのを、
次の幕の山崎街道の場に出る猪役がシシと聞き間違え、
飛び出したので芝居はメチャクチャ。

見物が
「判官さまが腹切るに、猪が出るちゅうことがあるか」
「それがさ、五万三千石の殿さまが腹切るから、
領内の獣が暇乞いに来ただんべ」

【うんちく】

おらが村の「大歌舞伎」

原型は文化4年(1807)刊の、「東海道中膝栗毛」で名高い
十返舎一九作の滑稽本「田舎草紙」と思われますが、
これは丹波国(現・兵庫県)氷上郡の農村を舞台にし、
村芝居で忠臣蔵七、九、十段目を農閑期の百姓が
土地のなまりそのままで演じていくおかしさを趣向にしたものです。

七段目で主人公・大星由良之助に、敵役の斧九太夫が芝居中に酔ってからみ、
取っ組み合いの大ゲンカになったり、
遊女おかる役の馬喰が転んで金玉(!)を強打、悶絶したりと、
さまざまなギャグを織り交ぜていますが、
現行の落語の筋とは違っており、一九の趣向をヒントに、
落語家が自由に、いろいろなくすぐりを創作してできたものでしょう。

この「田舎草紙」でちょっと面白いのは、村芝居を演じたり見物する百姓たちが、
落語の中で揶揄されているのと異なり、決して本場の歌舞伎に無知ではなく、
ある者は去年江戸で見てきたと言っているように、
特に「忠臣蔵」の筋や登場人物くらいは
ほとんどの者がよく知っていることでしょう。

また、「近頃はいづくのうらでも、素人芝居はやりて、田舎も、
まち場には、損料にて芝居の衣装、貸す所あり」と記されていて、
江戸も末期になると、封建社会の農村にも、すでに「文化の波」が
押し寄せてきていたことがわかります。

仮名手本忠臣蔵って?

人形浄瑠璃としては寛延元年(1748)8月大坂竹本座、
歌舞伎は同年12月大坂嵐座初演。武田出雲ほか三名の合作。

「黄色い頭の天神さま」は大序「鶴岡八幡宮境内・兜改めの場」で、
足利直義公が黄色の立烏帽子を被っているのを言ったもの。
「青いお天神」は同じく桃井若狭助が青の長烏帽子、
敵役の高師直が黒の長烏帽子を着用していることを指します。

「だまらっしゃい」は、反乱を起こし戦死した新田義貞の兜を
八幡宮に奉納するという時、師直が文句を付けるのを若狭助が諫めたのに対し、
師直が「だまれ若狭。出頭第一の師直に向かい、卒爾(そつじ)とは何が卒爾。
義貞討死のみぎりは大わらわ。死骸のそばにうち散りし、兜の数が四十七。
どれがどうとも見知らぬ兜。奉納をしたその後で、そうでなければ大きな恥。
生若輩のなりをして、お尋ねもなき評議。ええ、引っ込んでおいやれェ」
と罵倒するセリフです。

さまざまなやり方

明治期、芝居噺を得意とした六代目桂文治の速記では、
忠臣蔵の大序から五段目「山崎街道」までを通しで、
その段ごとに村人の失敗を描く長講でした。
文治は上下に分けていて、現行は上の部分です。

サゲは、江戸の役者(この噺では福寿)がコブだらけになる演出があり、
その場合は「さすがは江戸の役者。師直と福助の早替わりだ」と落とします。
これは、顔が腫れてフクスケ人形そっくりになることと、
江戸で有名な役者の中村福助を掛けたものですが、現在は分かりにくく、
戦後は八代目林家正蔵が手がけたほか、演じ手がありません。

四代目橘家円蔵は「四段目」「五段目」を中心にして「五段目」の題で演じ、
この型が「五段目」として、現在に何とか伝わっています。
また、同じ円喬が「素人芝居」と題した別の速記では、
「五段目」の部分と「蛙茶番」を続けて演じるなど、
長い噺なので、切り取り方に演者の工夫がありました。

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