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2006.04.15

梅見の薬罐(うめみのやかん)  落語

「勘違い」がテーマの噺ですね。

町内の源さんと八つぁん、
髪結床でバカ話をしているうちに、
ちょうど向島の花屋敷の臥龍梅(がりゅうばい)が見ごろなので、
梅見としゃれこもうと話がまとまり、
さっそく舟に乗り込む。

ちょうど相客に、
十八くらいのきれいなお嬢さん。

どこか大店(おおだな)の娘らしく、
侍女を連れている。

源さん、たちまちでれでれで、
よせばいいのにずうずうしく話しかける。

この男、お世辞にもモテるタイプでなく、
おまけに四十を過ぎて、もう頭がピカピカ。

それでも口八丁、なんだかだとお世辞を並べて気を引こうとするが、
女の方がなにやら、ようすがおかしい。

いやにジロジロと、源さんの顔を見つめてばかり。

そのうち、舟が向こう岸に着き、
娘の一行は三囲神社の土手を下りていく。

二人がいぶかしがりながら言問橋(ことといばし)のたもとまで来ると、
後ろから先ほどの侍女が追いかけてきて、
源さんに、
「お嬢さんが、いま三囲(みめぐり)の茶店で待っているので、
ぜひおいで願いたい、お願いしたいことがある」
と頼んだから、さあ源さんは有頂天。

うまくすると、あのお嬢さんに見初められて入婿にでも、
とワクワクし、ぶつぶつ文句をいう八つぁんを五円でなだめて、
いそいそと二人で茶屋まで出かけていく。

ところが、案の定というか当然というか、
侍女が言い出したことには、
お嬢さんがこのごろ癪(しゃく=胃けいれん)の持病が出て困っているが、
癪には銅をなめるのが一番。
だが、このへんにはなく、難渋していたところ、
あなたの頭は見たところ薬罐そっくりで、
なめれば銅同様の効き目がありそうだから、ぜひ
というわけ。

さあ喜んだのが八。

「どうせそんなこったろうと思った、
てめえのツラはどう見ても情夫(まぶ)てえツラじゃねえ」
と、調子に乗って
「その男の頭はたいへんうまいと評判ですから、たっぷりおなめなさい」

源さん、悔しがってももう遅い。

不承不承、頭を差し出すと、
お嬢さん、遠慮なくベロベロとナメナメ。

そのうち急に発作が起きたと見え、
薬罐頭をガブリ。

「あらお気の毒さま。どこもお傷がついてはおりませんか」
「なーに、傷はつきましたが、漏ってはいません」

【うんちく】

スキンヘッドは口に苦し?1

近日アップ予定の「金の味」では、
(別題「擬宝珠(ぎぼし)」、「第445回 落語研究会」参照)
銅をなめたくなる金属嗜好症がテーマなのですが、
今回は逆に、ある種の病気には銅をなめるのがよい、
という俗信に基づく噺です。

原話と思われる小咄は三種あります。
最も古いのは万治2年(1659)刊の「百物語」巻下ノ四にある
無題のもので、これはある男が意気がって山椒を大量になめ、
むせかえって苦し紛れに、 山椒でむせたときには銅をなめればよいと、
通りがかりの侍のヤカン頭にいきなりかぶりつきます。

無礼者ッと、バッサリ斬られそうになりますが、往来の町衆が
「栄耀(えよう)食い(=美食)でなく、薬喰い(=治療食)なのでご勘弁を」
と取りなしてくれ、何とか収まるというお笑い。

スキンヘッドは口に苦し?2

また、宝永7年(1710)刊「軽口都男」中の「薬罐」では、
ハゲあたまの大金持ちの屋敷に夜、 三人組の盗賊が侵入。
おやじが物音で目覚め、 賊が外へ盗品を運び出すのを
出窓からそっとうかがっていると、月光でアタマが光り輝き、
ヤカンと間違えた盗賊は、これもついでに頂こうと、
むんずとつかんだので、仰天したおやじが大声でわめきます。

そうなればブッスリやる方が早いのに、賊の方もあわてて、
「山椒にむせたので、通りがかりにだんなの頭を見て、
やかんと勘違いしてつい、なめようと……」
と、わけのわからない言い訳をするもの。

続いて明和9年(1772)刊の「鹿の子餅」中の「盗人」は、
これを短くしたもので、盗人が盗品を運び出す穴を土蔵に空け、
目覚めた主人が不審に思って、ピカピカ頭を穴から出したのを
外にいる一味が勘違い。「あ、ヤカンから先か」というオチです。 

これは落語「やかん泥」の直接の原話でもあります。

こうした小咄を、怪談ばなしの始祖でもある
初代林屋(家)正蔵(1781~1842)が一席噺にまとめたというのが
戦前の落語研究家・野村無明庵が著書「落語通談」で
述べている説ですが、根拠に乏しく、あまりあてにはなりません。

本家上方の「茶瓶ねずり」

上方落語「茶瓶ねずり」が東京に移されたものが
現行の型です。「ねずる」は、しゃぶる、なめるの意。
上方のやり方では、女中を連れて野歩きしていた奥方が、
へびを見て持病の癪(しゃく)を起こします。

癪は茶瓶(=やかん)をなめれば治るというので、
女中が、通りかかったヤカン頭の武士に決死の覚悟で頼んで、
代用に頭をなめさせてもらうというものです。
オチは供の下男と侍の会話で、東京と同じです。

あらすじは、明治26年の初代三遊亭円遊の速記を
参照しましたが、これは今ではちょっと珍しい演出。
東京では現在は「やかんなめ」の演題が普通で、
その場合、円遊の前半のお色気をカットした上、
癪を起こすのを大家のかみさんとし、
あとはほぼ上方通りに演じます。

古いオチの型/演者など

オチは、古くは、侍の下男が
「あなたが謡をうたって歩くから、狐が化かしたんでしょう」
と言うと侍が、
「狐か。道理で野干(野狐の古称。やかんと掛けた)を好んだ」
とサゲていましたが、分かりにくいので円遊が変えたものでしょう。

東京では長く絶えていたのを、近年、現・柳家小三治が復活。
ただ、それ以前に、戦後東京に定住し、上方落語を広く
東京に紹介した桂小文治が、「癪の合薬」の名で演じました。

現在、音源は、小三治のものはありませんが、
「やかんなめ」で、弟弟子の柳家喜多八がCD化しています。
今時、こういう古色蒼然とした噺に手を出すくらいですから、
この御仁、ちょっとタダ者じゃありません。

臥龍梅って?

現・江東区亀戸三丁目にあった
伊勢屋喜右衛門の別荘「清香庵」は、
「梅屋敷」の異称で知らぬ者はなかったほどの
梅の名所でした。

中でも、竜がとぐろを巻くように
枝がうねっているところから
「臥龍梅(がりょうばい)」と名づけられた白梅は、
江戸一番と賞され、シーズンには
見物人が絶えなかったとか。

この梅は、吉原の名妓・初代高尾太夫から
喜右衛門の先祖が譲り受けたもので、
その命名者は、かの水戸黄門こと
天下の副将軍・徳川光圀でした。

夏目漱石の有名な「修善寺大患」とともに必ず語られる
明治43年の大水害で惜しくも枯れましたが、
幕末に編まれた年代記「武江年表」の寛政4年(1792)の項に、
「七月二十一日、亀戸梅屋敷の梅旧根消失するよし、
『江戸砂子書入』といふ草書にあり」
とあるので、それ以前に少なくとも一度は枯れ、
接ぎ木したようです。

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