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2006.06.01

王子の幇間(おうじのたいこ) 落語

踏んだり蹴ったりの狐、ではなく、野幇間が登場します。

だんなを取り巻いて東京中をウロつき、
とうとう王子にまで来て、
結局、なにもくわせてもらえずに、
空腹で目を回したという「武勇伝」を売り物にしているところから、
「王子の幇間」と異名がついた野だいこの平助。

相当にしたたかな男で、
花柳界はもちろん、芝居や寄席の楽屋にまで、
呼ばれもしないのに出入りして、かなり顔が売れている。

特に例のだんなの家には、
三日にあげず物欲しそうにやってくるばかりか、
使用人すべての出自やスキャンダルをしっかり押さえていて、
本人の前でそれをネチネチと言うので、鼻つまみになっている。

お内儀(かみ)さんも腹を立て、
「平助入るべからず」という魔除けの札を門口に張ったが、
いっこうに効果がない。

今日も懲りずに現れた平助、
早速、鳶(とび)の頭にオツにからんで二、三回ポカポカ。

飯炊きの権助(ごんすけ)には、
悪魔野郎、終身懲役ヅラめ
と罵られて、またポカポカ。

出てきたお内儀さんには、
今日は陽気に、店先でポカポカいい音がしたね
と、逆に嫌味を言われる始末。

実は、さきほど夫婦で示し合わせ、
だんなは留守だと言ってこの悪魔野郎を油断させ、
悪口を言わせてから、当人がぬっと現れて、
こっぴどく痛めつけようという趣向。

平助が出入りして以来、
この家で次から次へと物がなくなるので、
だんなもそろそろ追っ払い時だと考えている。

そうとは知らない平助、
敵が不在だと聞くと、調子に乗って言いたい放題。

実はだんなは外神田の芸者に入れ揚げ、
おかみさんんを追い出す算段中だの、
はては強盗だのとまくし立てた上、
例の王子の話を持ち出し、
あたしはだんなに殺されそこなった
と、お内儀さんの気を引く算段。

だまされたふりで
「そうかい。そんな不実な人とは知らなかった。
もう愛想が尽きたから、おまえ、私と逃げておくれでないか」
と誘うと、瓢箪から駒、平助は大喜び。

その上
「このツヅラの中にはダイヤモンドに株券、珊瑚珠の五分珠、
金ののべ棒が入っているから背負っとくれ」
とでたらめを並べると、色と欲との二人連れ。

金目の物は残らずお乗せなさい
と、ヤカンや火鉢まで担ぎ、手がふさがったところで頭をポカリ。

それを合図に、奥からだんながノッソリ。

「この野郎、オレが家にいねえと思って、飛んでもねえことを言やがった。
やい、このツヅラにはな、七輪が四つだ。
ざまあ見やがれ欲張り野郎。ヤカンと七輪を背負ってどこへ行こうてんだ」
「へえ、ご近所が火事で手伝いに」
「馬鹿野郎。火事なんざどこにある」
「今度あるまで背負ってます」

【うんちく】

野だいこって?

特定の遊里に所属しないフリーの幇間を指します。
その意味で、セミプロともいえるでしょう。
落語の幇間は、「つるつる」や「愛宕山」を除いては、ほとんどがこれ。

ただ、芸や、客を取り巻く技術にかけては、
それ相応に道楽をした末に幇間になった連中であるため、
正統の「プロ」に負けない自負があったようです。
式亭三馬の滑稽本「浮世風呂」に登場する野だいこは
「野幇間などと申すけれど、野幇間でも勤めぬけることは難うごぜへます」
と胸を張っています。

落語には、「九州吹きもどし」「山号寺号」「ちきり伊勢屋」など、
「幇間もち揚げての末の幇間もち」のパターンで
野幇間と化した連中が無数に現れます。

落語家で野幇間に転身、また落語界に復帰した例も、
三代目、四代目三遊亭円遊、先代橘家円蔵など、結構あります。

なお、変り種に「おタイコ医者」というのがあり、
これは医者とは名ばかり、旗本屋敷に始終出入りしては
ご機嫌を取り持っていた手合いで、事実上の「野幇間」。
「牡丹灯籠」の山本志丈、「紺屋高尾」の竹内蘭石などがそれです。

「坊っちゃん」の「野だ」も

お鼻の円遊こと初代三遊亭円遊は野幇間の表現に優れ、
円遊のファンだった夏目漱石がそれを
「坊っちゃん」の「野だ」(野だいこ)に写した、
というのが、「漱石と落語」の水川隆夫説。

この説は複数の研究者に支持されており、間違いないようです。
ただ、落語の野幇間が、どことなく憎めない役どころなのに対し、
漱石の野だは、「全く唾棄すべき人物として描かれ」、
「自尊心が強く、阿諛追従(あゆついしょう)を極度に嫌った
漱石にとっては、落語の野だいこは、全く軽蔑すべき
人物に過ぎなかったのであろうか」
と、同著で水川氏は述べています。

ところで、劇画「不機嫌亭漱石」(関川夏央・谷口ジロー著)で、
修善寺で吐血のため生死の境をさまよう漱石の夢想中で、
石川啄木が「野だいこ」に擬せられて登場、
ゲス言葉を使うあたりは、なかなかユニークでした。

毒を消した「文楽十八番」

戦後は八代目桂文楽の十八番。

文楽のは、初代円遊の演出に比べ、ギャグやくすぐりを抑え、
どんなに嫌がられようが、ただのべつまくなしに
ヨイショを並べ立てるしかない幇間の業を色濃く出していて、
その分平助の悪党ぶりは弱まっています。
これは、「つるつる」「鰻の幇間」など、
幇間の登場する噺を得意とした文楽演出に共通します。

サゲもだんなを出さず、平助が、
「こんないいお内儀さんを出して、だんながオイランを
後妻に直そうとは神も仏もない」
と、泣いてみせると、お内儀さんが
「泣いてくれるのはうれしいけど、目んとこィお茶殻がついてるよ」。
「あたしは悲しくなるとお茶殻が出るン」
という、「お茶汲み」を思わせる問答で切り、
「お馴染みの『王子の幇間』でございます」
と、地で締めくくっていました。

演者・音源

この噺は、初代円遊の創作とみられます。

あらすじの参考にした円遊の速記は
明治22年のものなので、多分そのころの作でしょう。

明治20年、王子製紙が当地に第二工場を建てたところから、
新名所ということで「王子ブーム」が起こっていたので、
タイトルに「王子の…」と付けたのは、
それを当て込んでのことかも知れません。

なお、八代目文楽は、戦前には「太鼓(幇間)の平助」
という題でも演じました。

文楽以外にレコードはなく、その文楽の音源は、
1967年1月4日収録のラジオ放送録音(番組名不明)、
1968年3月18日、朝日生命ホールでのTBSラジオ
「まわり舞台第26回」で演じたものを初め、
5種類ほどがCD、テープ化されていましたが、
現在ではすべて、入手困難となっています。

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