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2006.07.23

お七(おしち) 落語

あの与太郎も、結婚して子供ができたのですが、ここでも一騒動。

縁起かつぎの与太郎。

今度子供が生まれてめでたいので、
どうかして縁起のいいことを聞きたいと考えている。

そこへ現れた兄弟分の八五郎。

来るなり、
おめえの家は陰気で湯灌場にいるようだ、
オレも伯父貴(おじき)の葬式帰りだから、死人が出たのなら一緒に骨揚げしてやろう
だのと、縁起の悪いことばかり並べる。

子供が生まれたと聞くと、
赤ん坊の顔を見て
「小せえ餓鬼(がき)だ。これは今にも息を引き取るな」

「戒名(かいみょう)は何とつけた」
と聞くから、
「お初だ」
と言うと、
「こいつは今に、徳兵衛という仕立屋と心中する」
という、ご託宣。

「あちらからお初を嫁に貰いたいと言っても、
てめえは一人娘だからやりゃしめえ。
向こうも一人息子だから婿にはやれない。
お互い夫婦になれないならと、
『覚悟はよいか』『南無阿弥陀仏』土左衛門が浮き上がる」

言いたい放題言って帰ってしまう。

シャクでならないのが、おかみさん。

あいつのおかみさんも来月臨月だから、
生まれたら行って敵討ちをしておやり
と、亭主をけしかける。

さて、いよいよ八公の所も生まれたと聞いて、
与太郎、勇んで乗り込む。

「よく来た。おまえは伯父さんの葬式帰りで、
家が陰気で、流しが湯灌場で、
末期(まつご)の水をピシャピシャのんでると言いてえんだろ」

言いたいことを片っ端から言われてしまう。

それでも子供を見て
「これは今に息を」
「引き取った方がいいや。踏みつぶしちまおうかと思ったんだ」
「名前はお初だな」
「うんにゃ、お七だ」

お初徳兵衛なら心中とすんなりいくが、お七徳兵衛では何だか変。

空振りして帰ると、かみさんが、
お七ならほかにやっつけようがあるから、もう一度行っといで
と、知恵を授ける。

「昔、本郷二丁目の八百屋の娘お七は、
小姓(こしょう)の吉三と不義をして、娘心の一筋に、
火をつけたらあの人に会えるかと家に放火して、
釜屋武兵衛に訴人され、
とうとう江戸市中引き廻しの上火あぶりになった。
おまえの娘も火刑になると言っておやり」

今度こそと引き返した与太郎、八公に
「昔、本郷で八百屋で火事で、娘がお七だ。
お七がアワくって、胡椒をなめて、武兵衛の釜ア破って逃げだして、
お茶の水へ落っこってオマワリにとっ捕まった」
とやると
「そうじゃあるめえ。
昔、本郷二丁目の八百屋お七は、小姓の吉三と不義をして、
娘心の一筋に、火をつけたらあの人に会えるかと家に放火して、
釜屋武兵衛に訴人され、とうとう江戸市中引き廻しの上火あぶり。
おまえの娘に火刑になるてえんだろう」
「うーん、もう女房に聞きやがったな」

【うんちく】

円生だけの持ちネタ

原話は、寛延4年(1751=宝暦元)刊の笑話本
「軽口浮瓢箪」中の「名の仕返し」。

これは、男達(おとこだて=江戸初期の侠客)の
親分の息子の元服(=成人)式に
別のなわばりの親分が祝いに訪れ、
息子が庄兵衛と改名すると知ると、
「それはいい名だ。昔、獄門になった大泥棒・日本左衛門
(本名・浜嶋庄兵衛)にあやかろうというのだな」
と、嫌味を言って帰ります。

おやじは腹を立て、
「いつか仕返しをしてやろう」と思ううち、
その親分に女の子が生まれと聞いて、
さっそく出かけていき、名を聞くとお七。
「なるほどいい名だが、火の用心をなさいよ」
と、嫌味を言い返して引き上げたというお話。

天和3年、自宅放火のとがで、数え十七
(一説に十六)で火刑になった本郷の八百屋の娘・
お七の伝説を踏まえ、パロディ化したものの一つで、
現存する最古の速記は、明治23年「百花園」に連載された
初代三遊亭円遊のものです。

その後、初代柳家小せん、五代目三升家小勝らが
大正から昭和初期まで高座に掛け、その後途絶えていたのを、
戦後六代目三遊亭円生が復活させました。
円生没後は後継者はありません。

円生のサゲは、
「火をつけたらどうしたというんだ」
「だから火の用心に気をつけねえ」
というもので、ここから「火の用心」の別題があります。
ほかに「お産見舞い」とも呼ばれますが、
別話「お七の十」の別題も「お七」というので、
それと区別するためでもあったでしょう。

落語・歌舞伎とお七伝説

詳しくは「お七の十」(近日アップ予定)で述べますが、
お七伝説は、歌舞伎舞踊「京鹿子娘道成寺」に取り入れられるなど、
歌舞伎ではポピュラーな題材で、
落語でも「強情灸」のサゲに使われるほか、マクラ噺で
「もぐら泥」「七段目」などにも使われることがあります。

「本堂建立」では、托鉢坊主が床屋で、自分は実は
お七の恋人・吉三の後身だとヨタ話をします。

なお、噺の中に出る「釜屋武兵衛」は、
芝居や浄瑠璃でお七に横恋慕する人物で、
やはりお七伝説をパロディ化した黙阿弥の歌舞伎世話狂言
「三人吉三」でも、悪役として登場します。

湯灌場って?

八五郎が嫌がらせを並べ立てる場面に登場する「湯灌場」。
現在でも湯灌といって、納棺、または葬式の前に、
亡者の体を湯で洗い清める風習が広く残っていますが、
昔は、地主は自宅で、借家人は納棺して寺に運び、
墓地の一隅の湯灌場で行いました。
湯灌場買いと呼ぶ業者に脱がせた衣服を売り、
代わりに経帷子を着せて埋葬したものです。

歌舞伎では、黙阿弥作「湯灌場吉三」の主人公が
この湯灌場買いをなりわいにしているほか、
怪談噺「真景累ケ淵」の「聖天山」に湯灌場が描写され、
人情噺「ちきり伊勢屋」では若だんなが、
生き弔い(生前葬)で湯灌の代わりに風呂に入ります。

なお、「こんにゃく問答」で「湯灌場踊り」の話が出ますが、
実態は不明です。

縁起かつぎ

この噺では、ゲンかつぎの人間に
わざと縁起の悪いことを並べて
嫌がらせするくだりが中心ですが、
こうしたモチーフは、ほかに「かつぎや」「しの字ぎらい」
「けんげしゃ茶屋」(上方)などがあります。

よくある都会のデカダン趣味、偽悪趣味のの一種ですね。
やられる人間も結構楽しんでいるわけで、
こうしたことにムキになって怒ると、
シャレの分からないヤボ天として、
余計馬鹿にされ、いじめられるワケです。

土左衛門って?

ドゼエムともいいます。水死体のことで、
享保年間の関取・成瀬川土左衛門の顔色が悪く、
水死人にそっくりだったことからとも、
肥った人間を称した「どぶつ」の変化ともいわれます。

お初徳兵衛って?

近松門左衛門作の人形浄瑠璃「曾根崎心中」
(元禄16=1703年5月、大坂竹本座初演)のカップル。

大坂内本町の醤油屋の手代と、
北新地「天満屋」抱えの芸妓(芝居では遊女)で、
同年4月7日に梅田堤(同・曾根崎の森)で
心中したものです。

落語でも、「船徳」のもととなった同題の人情噺があり、
五代目古今亭志ん生が好んで演じました。
(この噺のあらすじ・うんちくは、「船徳」参照)

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