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2006.08.17

おふみ 落語

高座ではあまりかからない珍しい噺です。

日本橋辺の酒屋のだんな、
愛人のいることがおかみさんにばれ、
今後、決して女の家には近寄らないと誓わされた。

ある日、
赤ん坊を懐に抱いた男が、店に酒を買いにくる。

ついでに祝い物を届けたいから、先方に誰か一緒について来てほしい
と言うので、店では小僧の定吉をお供につけた。

ある路地裏まで来ると、男は定吉に、
少し用事ができたから、しばらく赤ん坊を預かってほしい
と頼み、小遣いに二十銭くれたので、子供好きの定吉は大喜び。

懸命にあやしながら待っていたが、
待てど暮らせど男は現れない。

定吉が困ってベソになったところへ、
番頭がなぜかおあつらえ向きに路地裏へ現れて、
定吉と赤ん坊を店に連れて帰る。

さては捨て子だ
というので、店では大騒ぎ。

案の定、
男が買った樽に、「どうか育ててほしい」という置き手紙がはさんであった。

おかみさんは、
もう子供はできないだろうと諦めかけていた折なのですっかり喜び、
家の子にすると言って聞かない。

だんなも承知し、育てるからには乳母を置かなくてはならないと、
早速、蔵前の桂庵(就職斡旋所)まで出かけて行った。

ところが、だんなが足を向けたのは、何と切れたはずの例の女の家。

所は柳橋同朋町。

実は、これはだんなの大掛かりな狂言で、
愛人のおふみに子供ができてしまったので始末に困り、
おふみの伯父さんを使って捨て子に見せ掛け
おかみさんをだまして合法的に(?)赤ん坊を家に入れてしまおう
という魂胆。

その上、おふみを乳母に化けさせて住み込ませよう、
という図々しさ。

もちろん、番頭もグル。

こうして、うまうまと母子とも家に引き取ってしまう。

奥方はすっかりだまされ、毎日赤ん坊に夢中。

そのせいか、日ごろの焼き餅焼きも忘れて
「乳母」のおふみまで気に入ってしまう。

一方、だんなはその間、最後の工作。

問題は定吉で、
これも、ふだん、だんなに買収され、愛人工作にかかわっていたため、
妾宅にも出入りし、もちろんおふみの顔を知っている。

で、魚心あれば水心。

口をつぐめば小遣いをやる
と、約束して、これもOK。

だが、定吉はふだんからおふみに慣れているから、
ついおふみを様付けで呼んでしまうので、危険極まりない。

「いいか、乳母に様なんぞつける奴はねえ。
うっかり口をすべらして様付けなんぞしてみろ、ハダカで追いだすからそう思え」

数日は無事に過ぎたが、
ある日、おかみさんがひょうと気づくと、だんながいない。

「ちょいと、定吉や。だんなはどこにおいでだね」
「ちょいとその、おふみさ、もとい、おふみを土蔵によんでいらっしゃいます」

昼日中から乳母と二人で土蔵とは怪しい
と、おかみさん、忘れていた嫉妬が急によみがえり、
鬼のような形相(ぎょうそう)で土蔵へ駆け込む。

ガラリと戸を開けると、早くも気配を察しただんな、
「我先や人や先、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、
今日とも知らず明日とも知らず、遅れ先立つ人は本の雫」

おかみさんは面食らって
「ちょいと定吉、どういうことだい。
おふみじゃないじゃあないか。
だんなさまが読んでいるのは、一向宗のお文(ふみ)様だよ」
「でも、様をつけると、ハダカで追いだされます」

【うんちく】

「権助魚」の後半が独立?

原話は不詳で、
上方落語で「万両」または「お文さん」と呼ばれる
切ネタ(=真打しか演じられない大ネタ)が
東京に移植されたもの。

移植者、時期などは不明ですが、
明治32年、40年の二代目三遊亭小円朝の速記が残っています。

この小円朝は、五代目古今亭志ん生の最初の師匠です。

上方の「万両」の演題は、
舞台である大坂・船場の酒屋の名からとったものです。

上方版では、下女がだんなとおふみの濡れ場を目撃、
御寮人さん(=女房)に告げ口して、ことがバレる演出になっています。

なお、この噺にはもともと、
現在は「権助魚」「熊野の牛王」として
独立して演じられる「発端」がついていて(「権助魚」参照) 
明治23年、二代目古今亭今輔が「おふみ」の題で
この発端部分を演じた速記が残りますが、
後半との筋のつながりはなく、いかにもとって付けたようで、
本当にもともと一つの噺だったかどうか、怪しいものです。

おふみ様って?

浄土真宗東本願寺派(大谷派)で、
本願寺八世蓮如上人が真宗(一向宗)の教義を民衆向きに
やさしく述べた書簡文154篇を総称していうものです。

門徒は経典のように暗記し唱えます。

ここでは、だんなの女の名が同じ「おふみ」であることがミソで、
これが当然伏線になっていますが、
ストーリーに起伏があって、なかなか面白い噺なのに、
現在演じ手がないのは、特定の宗派の教義に基づくサゲが、
一般にはわかりにくくなっているせいでしょう。

勘ぐれば、この噺は、本願寺の熱烈な門徒により、
教派の布教・宣伝用に作られたのでは、
と、思えないではありません。

落語世界の登場人物で、真宗の熱烈な信者といえば
「後生鰻」の隠居、「宗論」のオヤジが双璧です。

桂庵って?

慶庵、口入れ屋ともいいます。

男女の奉公人の斡旋、雇われる側の職業紹介を兼ね、
縁談の斡旋までしたとか。

人の出入りが激しいためか、
花街、遊廓の近くに集まっていました。
江戸で最も有名なのは「百川」に登場する葭町の千束屋ですが、
劇作家・岡本綺堂は、この店の所在地を、
麻布霞町といっています(「風俗江戸物語」)。

たぶん、こちらは支店でしょう。

この噺では、蔵前第六天社の「雀屋」に
設定することが多くなっています。

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コメント

楽しく読ませていただきました。
あと、僭越ではありますが、おふみは本願寺が東西に別れる前の八代目、蓮如上人の御筆なので、西本願寺を本山とする本願寺派、東本願寺を本山とする大谷派ともに伝わっております。

投稿: | 2014.04.04 18:05

「お文さん」は、この前買った三代目林家染丸師匠のCDに、上方版が入っていました。聞いたことのない噺なので、このサイトであら筋がわかりました。ありがとうございました。

投稿: M.S. | 2015.02.07 17:27

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