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2006.08.26

親子茶屋(おやこぢゃや)  落語

親父も粋な男でした、という、鉢合わせの噺。

ちょうど、夜桜も見ごろの春のころ。

せがれが吉原に居つづけして、
三日ぶりに堂々と帰ってきたので、親父(おやじ)はカンカン。

「花見に行っていた」とごまかすので、
「どこに泊りがけで花見をしてくる奴がある。
去年おふくろが死んだのだから、その分親父に孝行して、
心配をかけないようにするのが本当だ」
と説教し、
「今夜は無尽(むじん)で遅くなるから、
しっかり留守番して、どこへも出かけちゃあならねえ」
と言い置いて、出かけていく。

無尽の後世話人連中と一杯やって、
すっかりご機嫌になった親父、
ほろ酔いかげんで山谷(さんや)から馬道(うまみち)の土手にかかると、
急に吉原の夜桜が見たくなる。

大門(おおもん)を入ると、例によって大変なにぎわい。

つい、遊び気分にひかされて茶屋に入り、
結局、芸者・幇間(たいこもち)を揚げて、
年がいもなく、のめや歌えのドンチャン騒ぎ。

一方、おもしろくないのが家に「監禁」されたせがれ。

どうせまた今夜花魁(おいらん)と約束がしてあるので、
親父が帰らないうちに、顔だけでも見せてこよう
と、番頭をゴマかして家を飛び出し、
宙を飛ぶように吉原のなじみの茶屋へ。

お内儀(かみ)に
「いつもの連中を呼んでくれ」
と言うと、
「あいにく今夜は六十ぐらいのご隠居さんが貸し切りで、
幇間も芸者もみんなそっちのお座敷にかかりっきりで」
という。

「へえ、粋な爺さんもいるもんだ、家の親父に爪のアカでものましたい」
と感心して、
「どうだい、それならいっそ、その隠居といっしょに遊ぼうじゃないか」

「ようございます」
とお内儀が座敷に話を通すと、親父も乗り気。

幇間が趣向をこしられ、
チャラチャラチャンとお陽気な歌でステテコ踊りから、
サッと襖(ふすま)を開けると、目の前にせがれ。

「お父っつぁん」
「清次郎か。ウーム、これから、必ずバクチはならんぞ」

【うんちく】

原型をそのまま伝承

親子でヘベレケとなる「親子酒」とともに、
小咄としてはもっとも古典的で、
原型がほぼそっくり、現行の落語に
伝わっている数少ない噺です。

原話は明和4(1767)年刊の笑話本、
「友達ばなし」中の「中の町(ちょう)」。

落語としては上方種で、現在でも上方落語色が強く、
四代目桂米団治を経て、現・米朝に伝わります。

大坂の舞台は島之内の遊廓で、鳴り物入り、
より華やかで派手な演出がとられています。

東京は文治が代々

明治期では、六代目桂文治の速記が残るほか、
八代目文治も演じましたが、
東京では手がける演者は少なく、
現在は、速記・音源とも
大阪のものばかりです。

オチは、
「必ず飲み過ぎはならんぞ」
とする場合もあります。

名物、吉原の夜桜

仲の町の夜桜は、灯籠、吉原俄(にわか)とともに
吉原三大名物の一つでした。

起源は寛延元(1748)年、石井守英という絵師が
江ノ島弁財天のご神体修復を志した時、
吉原の廓主連がその費用を請け負い、
江ノ島の桜は古来からの名物なので、それに便乗して
翌年3月、修復後初のご開帳を前に
廓内にも花を植えることにしたことに遡ります。

この植樹が宣伝を兼ねていたことは間違いなく、
堺町の芝居ともタイアップして、
華々しいイベントを繰り広げたことが、吉原細見に見えます。

明治中期には、三河島の植木屋惣八という者が
毎年植樹を請け負っていたことが、
六代目桂文治のマクラにあります。

無尽って?

無尽講ともいい、講親と呼ばれる世話人が、
仲間を集めて掛け金を募り、
そのプールした金を講中の仲間が
必要に応じて借り合うもの。
いわば共済基金のようなものです。

定期的に寄り合いを開いて入札を行い、
大山参り、富士まいりなどの費用としても利用されました。
頼母子講(たのもしこう)も同じようなものです。

文治ののギャグから

●若だんなが茶屋のお内儀に遅れた言い訳

「ジが起こった(=怒った)んで出られなかった」
「お痛みじゃありませんか?」
「その痔じゃねえ。オヤジだ」。 (六代目桂文治)

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