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2006.08.26

おもと違い(おもとちがい) 落語

同音異義の食い違い。たわいもない噺ですが、笑えます。

ある大工の棟梁(とうりゅう)、
兄貴分に盆栽の万年青(おもと)を預かったが、
金の入り用に迫られ、
ついそれを、これも万年青好きの質屋にぶち殺し(質入れ)て
洞穴を埋めた(金の手当てをした)ので、面目なくて兄貴に顔出しできない
と、知人の家でこぼしていく。

それを隣の部屋で、酔っぱらって夢うつつで聞いていた男。

奉公先のだんなの姪(めい)で、
年ごろで悪い虫がついたようなので、用心のためしばらく、
堅いと評判の棟梁の家に預けられていた娘の名がたまたま、おもとといったから
さあ大変、
おもとがあろうことか、
棟梁の野郎にぶち殺されて洞窟に埋められたと早合点し、
早速、だんなにご注進する。

聞いただんな、おもとからはたった今、手紙が着いたばかりなので、
何かの間違いだろうと半信半疑だが、
男が、
それはきっと偽装工作で、かみさんにでも書かしたものに違いない
と言い張るので、棟梁もだんだん心配になる。

かと言って、出入りの棟梁だから、
家から縄付きを出して世間に恥をさらしたくないので、
それじゃおまえ、棟梁の兄貴を知っているんだから兄貴から事の白黒をつけてもらえ
と、言いつけられる。

兄貴も、いきさつを聞いてびっくり。

早速、棟梁を呼びにやり、
てめえはあろうことかあるめえことか、恩人から預かったものをぶち殺すとは何事だ
と責めたてるが、当人は質入れのことがバレたと思い込んでいるから、
話がかみあわない。

召し連れ訴えされるのがイヤなら自首しろ
とネジ込むと、三日のうちに必ず返すから待ってくれと平身低頭。

とどのつまり、
棟梁が、川上という質屋に万年青を放り込んだと白状。

押し入れに隠れていた男、やにわに飛び出して、
「あんた、その川上へ放り込んだのはいつのこってす」
「そうさなあ、九か月ほど前のこった」
「それじゃもう、とうに流れたんべえ」
「なに、利揚げしてある」

【うんちく】

初代円左が創作?

初代三遊亭円左が速記(明治32年)中、
マクラで、この噺は自分の専売ということを言っていますが、
この人は明治後期から末年にかけ、
自作自演を始め、益田太郎冠者・作の新作なども
多く手掛けたこともあるので、
おそらくはこれも、円左の当時の創作でしょう。

昭和初期から戦後にかけ、
八代目桂文治がよく演じ、ついで五代目古今亭志ん生が
レパートリーにしました。

現在、志ん生の音源(CD)だけが残っています。

志ん生のは、ごく短く演じてだんなは登場せず、
おもとを質入れしたのは棟梁の義弟・辰公で、
質屋の隠居の方が、おもとの見事なのに感嘆して、
枯らさないから、自分の店に質入れしてくれろと
頼んでくる設定になっています。

万年青の流行がきっかけ?

万年青(おもと)はゆり科の、葉の厚い常緑多年草で、
江戸中期の享保年間(1716-36)あたりから盛んに栽培されました。

江戸時代を通して、はやりすたりを繰り返したようで、
文政期(1818-30)には江戸最後のブームで、品種60種以上を数えたとか。

その後、明治20-30年代、つまり円左の速記の前後にも
再びはやりだし、盛んに品評会が催されました。

この噺も、そうしたブームを当て込んで、作られたものでしょう。

現在知られている品種は、約200種もあり、
主に葉を鑑賞するもので、栽培には手間がかかります。

通は、葉の広がり方、表面のつや、葉に斑点があるなしなどにうるさく、
この噺の棟梁が、預かった万年青を
「墨流しといって一番高い」ものだと言っていますが、
これは墨流し染めのように葉の表面に波紋がある品種のこと。

万年青の茎は、漢方で強心剤・利尿剤として用いられます。

利揚げって?

「質屋庫」でも触れましたが、質流れの期限は
天保年間(1830-44)以後は8か月で、
利揚(上)げは、それ以前に借り主が利息を入れて、質流れを防ぐ処置です。

五代目志ん生は、オチをわかりやすく
「心配すんな、利息が入れてあるから」
と、言い換えていました。

ぶち殺す!?

江戸のスラングで、「死地(=質)に入れる」の
洒落(しゃれ)かと思われますが、語源は不明確です。

同義語に「曲げる」があり、こちらは、質=同音の七で、七の字は
十の字の尻を右に「曲げる」ことから。

江戸には職人言葉からきた「物騒な」言い回しがかなりあり、
たとえば、山芋を完全にとろろに下ろさず、
かけらを半分残したものを、「半殺し」と呼んでいました。

噺のアラをおぎなう工夫あれこれ

この噺、鉢植えの「万年青」と人名の「おもと」の食い違いだけの
かなり他愛ない噺ですが、 
両者の「オモト」は、アクセントからして
モトモト違う語なので、よけい無理が目立ちます。

そこで、初代円左から志ん生まで、
このアラをなるべく目立たせないため、けっこう苦心していたようです。

たとえば、円左や八代目文治では、
なるべく「オモト」という言葉を使わない、
噺をスピーディーに運んで、客にアラを気づかせないなどの工夫がみられます。

噺の重心を「ぶち殺した」をめぐっての、権助を加えた登場人物三人の、
話の食い違いによるチンプンカンなやりとりにおくことで、
それぞれの話芸によって笑いを誘ったと思われます。

円左では、棟梁が問い詰められて
「三日でカタをつけます」
と言うところがちょっとおかしく、
志ん生では、権助の
「殺すのはいいぜェ、洞穴ィ埋めるとァなんだい」
というセリフが、ちょっとアナーキーで笑えます。

この噺、サゲで、質屋の名と実際の川が
混同されているわけなので、誰が演じても
質屋の名は「川上」でなければならないはず。
当然ながら、江戸時代を舞台にしてはできないわけです。

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