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2006.09.19

金の味(かねのあじ) 落語

奇妙な嗜好をもった人の噺です。

日本橋あたりのご大家の若だんなが、
三年越しの大病。跡取り息子なので両親も頭が痛い。

医者に診(み)てもらっても、
何か心に思い詰めたことがかなえられれば治るというばかり。

そこでだんな、
たまたまご機嫌伺いにまかり出た幇間(たいこもち)の桜川長光に、
礼ははずむから、せがれが思い悩んでいることを聞き出してほしい
と、頼んだ。

こいつはうまい
と、早速若だんなにヨイショして聞き出そうとすると
「おまえ、あたしの願いをもし当てて見せたら、土地八百坪やるよ」
「へえ、鳥も通わぬ山奥で、
三日目に虎に食われて死んじまうような所じゃあないでげしょうね」
「ばかァ言え、ちゃんとした神田の土地だよ」
「それじゃ、招魂社(靖国神社)の鳥居を盗んでみたいとか」
「違うっ」

あたしの考えは深いことだから、おまえにはわかるまい、一緒においで
と、連れだされたのが、浅草寺の境内。

「おまえ、この二百円をやるから、頼みたいことがある。
もし聞いて笑ったら、おまえと刺し違えて相果てるよ」
「物騒だね、こりゃ。何です?」
「五重の塔のてっぺんの、擬宝珠(ぎぼうしゅ)の青いところをなめてみたい」

思わず吹き出しかけた長光、若だんながピストルを出しかけたので
慌てて、住職にこれこれと願い出ると、
「ウーン、唐土(もろこし)の莫耶(ばくや)という人が鉄の気を好んで、
名剣を鍛えたという例もあるから、まんざらない話でもなかろう」
と、許可が出た。

早速、鳶頭が出張して足場を組むという騒ぎで、境内は黒山の人だかり。

若だんな、勇んでてっぺんに登ると、
ベロベロベロベロとうまそうになめるわなめるわ。

そこへ心配して駆けつけた両親、
「伜は?」
「なめてらっしゃいます」
「こいつは驚いた。実はオレも婆さんも、擬宝珠が大好物なんだ。
やっぱり血は争えねえなあ、婆さん」
「あたしは、ニコライ堂のが一番おいしかったよ」
「神田橋のも京橋のもいけたなあ。めいめい味が変わっていていいや」

大変な一家があるものと、一同あきれていると、
さすがに堪能したのか、若だんなが元気いっぱいになって下りてくる。

「おい、うまかったか」
「タクアンの味がしました」
「塩っ気が強かったか。タクアンの塩ならどのくらいだ。四升か五升か」
「いえ、六升(緑青)の味がしました」

【うんちく】

鋭い「嗅覚」! 

もっとも古い原話は、元禄16年(1703)、
赤穂浪士切腹の年に、大坂で刊行された
初代米沢彦八・編著「軽口御前男」巻一にある
「鼻自慢」という笑話です。

彦八(?~1714)は、初めて大坂・生玉神社境内に
葦簾ばりの小屋掛けで一席うかがった伝説の人で、
上方落語の祖ともいえる存在です。

この「鼻自慢」は、題名からも推測されるように
なめるのでなく、金物の匂いを嗅ぐのが好きな男の話。
男が四天王寺の塔の九輪を投石で打ち落とし、匂いをかいで、
「三具足(仏前に置く花瓶・燭台・香炉)と同じ匂いだ」
という、ごく当たり前なオチ。

今なら文化財保護法違反で、即お縄です。

観音さまも塩気が足らない?

その後、明和5(1768)年刊の「軽口春の山」中の
「ねぶり好き」では、現行にだいぶ近づき、
東寺の塔の九輪をなめたあと、
「三条大橋の擬宝珠と同じ味だ」というご託宣。

さらに、安永2(1773)年刊「聞上手」中の
「金物」になると、舞台は江戸になります。

現行通り浅草・五重塔の擬宝珠を味わって、
「思ったほどうまくない。橋の擬宝珠から
塩気を抜いたようなもんだな」
という、ソムリエ顔負けの厳しい判定。

これが、オチを除けば、東京版の直接の原型でしょう。

なお、上方落語の演出では、古くから
東寺の塔をなめるのが普通です。

金属嗜好症って?

実態は不明です。

類話に、お嬢さんが癪(しゃく=胃けいれん)の薬にと
ヤカンをなめたがる「梅見の薬罐」がありますが、
銅(もしくは鉄、錫)に、
一種の麻薬的効果があるのかどうか、疑問です。

鉄なら、あるいはミネラル不足のため、
体が無意識に要求するのかも知れませんが、
銅に空気中の水分と二酸化炭素が付着して生じる「緑青」は
明らかに猛毒のはずです。

毒と知って「逆療法」として用いたか、
または、醤油の飲み比べなども行われた
幕末の「デカダン」の名残りなのでしょうか。

擬宝珠って?

ぎぼうしゅ、ぎぼうしともいいます。

もともとはネギの花の別名であるため、
これに似た形の、欄干の柱に付ける飾りをいいました。

擬宝珠のある橋は大橋で、日本橋など
市街の中心部にしかないため、
明治・大正までは、
東京の繁華街の寄席に出演できる
一流の芸人を「擬宝珠の芸人」と称しました。

莫耶って?

古代中国、呉の刀工・干将とその妻・莫耶が、
呉王(一説に楚王)の妃が鉄の精を宿して産んだ鉄塊を、
夫婦協力して名剣に鍛えたという故事から
「干将莫耶の剣」といいます。

この故事は、歌舞伎の時代狂言にはたびたび登場。

たとえば「実盛物語」では、平清盛の魔手から
源氏の源義賢の室・葵御前と遺児を守るため、
実盛が、葵御前が人の腕を産んだと強弁。

その先例として、長々とこの莫耶の剣の講釈をし、
鉄の塊を出産したためしがあるのだから、
腕が産まれるのも不思議ではないと
マカフシギな論証で、敵方をケムに巻きます。

喬太郎が怪演!

この噺、明治期は初代三遊亭円遊(鼻の円遊)、
大正に入って初代柳家小せんが得意としました。

今回のあらすじでは、明治25年の円遊の速記を
参考にしましたが、円遊はテリガラフ(テレグラフ=電信)、
ステンショ、鹿鳴館など、文明開化の風俗を
ふんだんに取り入れています。

戦後は三代目三遊亭小円朝が演じました。

現在はあまりやり手がありませんが、
2005年7月の「落語研究会」で、柳家喬太郎が好演。

主人公を思い切りヘンタイ的に演じ、
この噺の新境地を開く、画期的な高座でした。

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