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2006.09.24

剃刀(かみそり) 落語

別題は「坊主の遊び」。めったに聴けない珍品です。

せがれに家を譲って楽隠居の身となったある商家のだんな、
頭を丸めているが、心は道楽の気が抜けない。

お内儀(かみ)には早く死なれてしまって、
愛人でも置けばいいようなものだが、
それでは堅物の息子夫婦がいい顔をしない。

そこで、ピカピカ光る頭で、せっせと吉原に通いつめている。

今日も出入りの髪結いの親方といっしょに、
夕方、紅灯の巷(ちまた)に繰り出した。

洒落っ気があり、きれい好きなので、
注文しておいたヒゲ剃り用の剃刀を取りに髪結床(かみゆいどこ)に寄ったところ、
親方が、吉原も久しぶりだからぜひお供を、
ということで話がまとまったもの。

ところが、
この親方、たいへんに酒癖が悪い。

いわゆる「からむ酒」というやつで、
お座敷に上がってしこたま酒が入ると、もういけない。

花魁(おいらん)にむりやり酌をさせた上、
てめえたちゃ花魁てツラじゃねェ、普通のなりをしてりゃあ化け物と間違えられる
だの、
こんなイカサマな酒ェのませやがって、本物を持ってこい
だのと、悪態のつき放題。

隠居がなだめると、今度はこちらにお鉢が回る。

ツルピカのモーロクじじいめ、酒癖が悪い悪いと抜かしゃあがるが、
てめえ悪いところまでのませたか、糞でもくらやァがれ
とまで言われれば、隠居もがまんの限界。

大げんかになり、
こんな所にいられるもんけえ!
と捨てぜりふを吐いて、親方はそのまま飛び出してしまう。

座がシラけて、隠居は面白くないので早々と寝ることにしたが、
あいかたの花魁がいっこうにやってこない。

しかたなくフテ寝をして、
夜中に目が覚めたとたん、
花魁がグデングデンになって部屋に飛び込んでくる。

「だんな、お願いだから少し寝かしておくれ」
と、ずうずうしく言うので文句をつけると、
「うるさいよ。年寄りのくせに。イヤな坊さんさよ」
と、今度は花魁がからむ。

隠居は
「おもしろくもねえ。客を何だと思ってやがる。
こんな奴には、目が覚めたら肝をつぶすような目に会わせてやろう」

持っていた例の剃刀で、
寝込んでいる花魁の眉をソリソリソリ。

こうなるとおもしろくなって、
髪も全部ソリソリソリソリ。

丸坊主にしてしまった。

夜が明けると、さすがに怖くなり、ひどい奴があるもの、
隠居、はいさようなら
と、廓を脱出。

一方、花魁。

やり手婆さんに、
お客さまがお帰りだよ、
と起こされ、寝ぼけ眼で立ち上がったから、すべって障子へ頭をドシーン。

思わず頭に手をやると
「あらやだ。お客はここにいるじゃないか。じゃ、あたしはどこにいるんだろう」

【うんちく】

原話の坊主は流刑囚

中国・明代の笑話集「笑府」巻六で
奇人・変人の話を集めた「殊稟部」中にある
「解僧卒」がネタ元、原典です。 

これは、兵卒が罪人の僧侶を流刑地まで護送する途中、
悪賢い坊主は兵卒をうまく酔いつぶし、
頭をくりくりに剃った上、自分の縄を解いて
しばると、そのまま逃走。

目覚めた兵卒が、自分の頭をなでてみて……
という次第。オチは同じです。

江戸笑話二題 

江戸の笑話としては、正徳2(1712)年に江戸で刊行の
「新話笑眉」中の「夜明のとりちがへ」が
もっとも古い原話で、ついで寛政7(1795)年刊の
「わらふ鯉」中の「寝坊」があります。

「夜明…」の方は、主人公は年をくって、
もう売れなくなった陰間(=少年男娼)。
この辺が見切り時と、引退披露を兼ねて
盛大な元服(=成人)式を催し、したたかに酒をくらって
酔いつぶれて寝いってしまいます。

朝目覚めて頭をなでると、
月代(さかやき)を剃ってあるのでツルツル。
寝ぼけていつもの癖でハゲの客と間違え、
「もし、だんな。夜が明けました」。

それから八十年以上経った「寝坊」では、
筋はほとんど現行の落語と同じで、主人公は坊主頭の医者。
オチは、くりくり坊主にされた女郎が
「ばからしい。ぬしゃ(=あなたは)まだ居なんすか
(あんた、まだいたの?)」というもの。

志ん生が演じた珍品

めったに聴けない珍品の部類です。

古くは四代目橘家円蔵、俗に品川の円蔵の
大正4(1915)年の速記が残されています。

戦後では「坊主の遊び」の題で
五代目古今亭志ん生、二代目三遊亭円歌が時々演じ、
特に志ん生は短い郭噺として好んで取り上げたようです。
本あらすじも、志ん生の速記を参考にしました。

志ん生は、しばしばサゲを
「坊さん(お客)はここにいるじゃないか」
と短く切り、前半に「三助の遊び」(近日アップ予定)の
発端部をつけるのが常でしたが、主筋とのつながりはなく、
単に時間を埋めるだけのものだったようです。

円歌は、坊主遊びの本場であった品川を舞台にしていました。
継承して、現・円歌も演じますが、
東京版での音源は志ん生のもののみです。

あざとい上方ヴァージョン

上方の「坊主茶屋」は、大坂新町の「吉原」が舞台。
ただし、こちらの吉原は、新町の外れの最下級の売春窟で、
江戸でいうと「お直し」に登場する
羅生門河岸の「ケコロ」というところ。

したがって女もひどいのが多く、
梅毒で髪の毛は抜け、眉毛もなければ鼻もない代物。
これをあてがわれて腹を立てた客が、
どうせ抜けているのやからと、
きれいにクリクリ坊主にしてしまうという、
悪質度では東京の隠居の比ではない噺。

特に、その鼻欠け女郎の付け鼻を、
客が団子と間違えて食わされてしまう場面は、
東京人には付いていけないあざとさでしょう。

現在、この「坊主茶屋」は、CDでは
月亭八方のもののみが出ています。

オチはいろいろ

「あらすじ」のオチがもっともスタンダードですが、
昔から、演者によって、微妙に違うニュアンスの
オチが工夫されています。

上方のものでは、古くから
「そそっかしいお客や。頭を間違えて帰りはった」
というオチもよく使われ、そのほか
「湯灌して帰ってやった」(桂小文治)
「医者の手におえんさかい坊主にされたんや」(米朝)
というのもあります。

いずれにしても、「大山参り」の趣向と、「粗忽長屋」に似た
異次元的錯覚を感じさせるオチを併せ持つ名品なのに、
現在、あまり高座に掛けられないのは残念です。

頭を丸めても……

坊さんといっても、ここでは本物の僧侶ではなく、
隠居して剃髪している商家のだんなが主人公ですが、
江戸時代には東西とも隠居→剃髪の習慣は広く行われました。

隠居名を名乗ることも多く、
上方では「○○斎」と付けるのが一般的でした。

本物の坊主の方も、廓遊びにかけてはかなりお盛んで、
女犯は表向きは厳禁なので、
同じ頭が丸いということで医者に化けて登楼する
不届きな坊主も多かったとか。

「中宿(注=茶屋)の内儀おどけて脈を見せ」
という川柳もあります。
隠居の方も、
「新造は入れ歯はずしてみなという」
など、からかわれ放題。

まあ、お盛んなのは結構ですが、
いつの時代も、やはり趣味は、トシ相応が無難なようで。

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コメント

志ん生さんは花魁の名前は言っていませんが、志ん朝さんはご隠居には「ませがき」花魁、床屋さんには「はつのり」花魁としゃれてます。とっても早口でさらっと言っているので聞き取りにくいけど。名前だけでも遊んでますね。

投稿: 彩雲観月 | 2013.03.17 11:01

彩雲観月さま

コメントありがとうございました。

「ませがき」という源氏名は、落語ではポピュラーなものですが、
これは「まがき(籬)」で、背の低い垣根のこと。源氏物語
にもみられる古い言葉ですね。歌舞伎の「新薄雪物語」にも、
恋の取り持ち役で「籬」という奥女中が登場します。
昔は女郎屋の亭主でも、これほど優雅な古語をちゃんと
知っていたわけで、変なところで(?)江戸の文化水準の高さに感心します。

投稿: たか | 2013.04.10 07:51

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