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2006.09.28

唐茶屋(からぢゃや) 落語

ガリバーのような稀有壮大な作り話です。

お調子者の総兵衛が隠居の家で
「朝比奈島巡り」という絵草子を見せられる。

小人国、大人国、一つ目の国など、
珍しい国が数ある中で、女島というのは、
女ばかり産まれて男は一人もいないというので、
総兵衛にわかに身を乗り出し
「でも、男と女が蒸さなけりゃ、子ができないでしょう」
「それができる。女島の女は朝、浜辺に立って
『日本の男風日本の男風』と三べん招くと東風が吹いてきて、
それが女の前に入って子ができる。子供は風の子といって」

からかわれているようだが、
総兵衛、それでも女島に行ってみたくてたまらなくなり、
つてを頼って外国船に乗せてもらい、密航同然に航海に出発。

途中、小人国で殿様をつまみ上げてからかったち、
大人国では逆につまみ上げられて宿屋に着くと、
そこの子供にキーホルダーにされかかったりしながら、
着いたところが唐人の国。

向こうから髭(ひげ)を生やした人が来るので、
聞いてみると、日本人だという。

十年前、嵐でここに漂流してきて、
今では商人となっているとやら。

同国人は懐かしいと大歓迎し、
何と吉原に連れていってくれた。

大門から仲の町から全部あって、
案内されたのが碧妙館という引手茶屋。

芸者を呼ぶが、中国語なので言葉が通じない。

男に通訳してもらいながら、
いよいよお陽気に騒ごうということになり、
お座付きに端唄に三下がり、幇間(たいこもち)が
「チューチューペイウンホンチョイベー」
と踊る。

そのうち芸者が酔っぱらいだし、
総兵衛が河東節をうなりだすと、女はみんな逃げた。
「それもそのはすだ。トラは河東(=加藤清正)が天敵だから」

【うんちく】

長編冒険活劇の後半

後半の唐人国の部分が、本来の「唐茶屋」で、
上方落語の長編スペクタクル「万国島めぐり」
(「世界一周」参照)の後半です。

あらすじは、六代目桂文治の明治30年9月の
速記を基にしていますが、大人(巨人)国までは
「島めぐり」そのものです。

「島めぐり」をひっくるめての原話は、
小人国と大人国の部分が延宝8(1680)年刊
「噺物語」中の「大風に逢し舟の咄し」で
安永2(1773)年刊「仕形噺口拍子」中の
「島」も類話です。

それ以前にも、室町時代の「お伽草子」に
「御曹司島わたり」のような島めぐりものが
広く存在しました。

このテーマで、平賀源内(=風来山人)が
辻講釈師が女護が島へ渡る「風流志道軒伝」
(宝暦13=1763年刊)を執筆。

これも原話の一つと見られます。

実録・朝比奈

ここにいう朝比奈は、朝比奈義秀(生没年
不詳)がモデルです。

義秀は鎌倉期の武将で、和田義盛の四男。
豪遊をもって知られ、建暦3(1213)年、
父にしたがって反乱(和田合戦)に従軍。

獅子奮迅の働きを見せたあと、行方知れずになりました。
一説には朝鮮に渡ったともいいます。

豪傑の典型として、狂言「朝比奈」のはか
歌舞伎(「寿曽我対面」ほか)や浄瑠璃などに
その架空の冒険が描かれました。

トラと加藤

加藤清正の虎退治伝説をオチにしたものです。

清正は神(清正公=セイショウコウ)に祀られ、
江戸時代には最も親しまれた英雄でした。

清正公については、「清正公酒屋」を
ご参照ください。

元々、清正は豊臣恩顧の武将で、公儀にとっては
目の上のタンコブだったはず。事実、その
死後、嫡男・忠広の代、寛永9(1632)年に
加藤家は肥後五十二万石からなんと出羽・
庄内一万石に飛ばされ、事実上のお取りつぶしです。

しかし、清正自身は最後まで表面上は
家康に忠実で、関が原役にも東軍として
参戦の事実がありますから、幕府もその
神格化を黙認するほかなかったのでしょう。

トージンて、だれアルカ?

江戸時代にはヨーロッパ人も中国人も韓人も
日本人以外はひっくるめてすべて唐人。

これは当時、「唐、天竺」が外国のすべてを
象徴していたのと同じ理屈です。

唐人のケツで「空っケツ」という下らない
洒落も残っています。

1957年の日活映画「幕末太陽伝」で、
品川遊郭へエロ本のセールスに来た小沢昭一の
貸本屋の金蔵が「今度は唐人のアレをね」
と、卑猥な笑みを浮かべていたのが印象的です。

演者と音源

東京の「唐茶屋」は昭和初期に八代目桂文治と
三代目三遊亭金馬が演じ、それぞれSPレコードに
吹き込んでいますが、現在、CDはもちろん、
LPにも復刻されていません。

上方の方は、「島巡り」と題した桂文紅のが
唯一CD化されましたが、艶笑落語のオムニバスの
一編で、小咄的に女護島のくだりを演じた程度です。

朝比奈島めぐり

「実録・朝比奈」と前後してしまいましたが、
総兵衛の憧れをかきたてる「朝比奈島巡り」とは、
滝沢(曲亭)馬琴(1767-1848)作の読本
「朝夷奈巡島記(あさいなしまめぐりのき)のことです。

文化12(1815)年から文政10(1827)年まで、
12年かけて刊行されました。

未完に終ったのを、のちに松亭金水が書き継いで
完成させましたが、結局題名とは裏腹に
島めぐりの場面まで書かれずに終っています。

これの種本は古浄瑠璃の「あさいなしまめぐり」。
島めぐりのくだりがないのに、この噺で
女護島や航海の場面があるのは変ですが、
ナニ、落語なんぞ元からいい加減なものです。

あるいは、隠居はこの種本を含め、そういう
場面がある浄瑠璃本を見せたのかも知れません。

まさか、「ガリバー」を読んだわけではないでしょうが。

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