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2006.10.28

鍬潟(くわがた) 落語

珍しい相撲ネタの噺です。

身長が二尺二寸(68センチ)という小さな男。

何か背が伸びる方法はないかと、隣の長屋の甚兵衛に相談した。

甚兵衛、
背丈はどうにもならないが、おまえさんが奮起すれば、
大男にも負けないだけの働きができる、
と言って、昔の大坂相撲の鍬潟という力士の話をする。

鍬潟(くわがた)も、なんと三尺二寸(97センチ)の、超ミニサイズ力士。

ところが、ある時、江戸で
無敵の大関・雷電為右衛門(らいでんためえもん)を破って、
満天下をあっと言わせた。

雷電は、六尺五寸(197センチ)、四五貫(170キロ)はあろう
という、雲つく大男。

身長は、ゆうに倍以上、巨人と赤ん坊。

まともならぶつかっただけで、バラバラにされてしまう。

ところが、鍬潟、
一計を案じて体中に油を塗り、
立ち上がると土俵の中をチョロチョロと逃げ回る。

雷電、あせって捕まえようとするが、
油でツルツル滑る上、なにせ小さいからどこにいるのかわからない。

さんざん追い駆けっこをした挙げ句、
滑ってつんのめったところを、
鍬潟が足にくいついたので、雷電たまらず土俵下へ、
という、前代未聞の一番。

満場は爆笑の渦。

のちに、この雷電と義兄弟の縁を結び、
名力士として名をなしたという話。

これを聞いて、小男は一念発起。

ワシも第二の鍬潟になれるかも
と、相撲部屋に入って修行を積むが、
ある日、稽古疲れで、家に帰ると高イビキ。

起こされると、布団から手足が出ていたから、
稽古のおかげで背が伸びたと喜んだ。

女房、
「足が出るわけさ。そりゃ座布団だもの」

【うんちく】

大酒の甲斐もなく……

原話は安永6(1777)年に大坂で刊行された笑話本、
「新撰噺番組」巻五の「一升入る壺は一升」です。

これは、子供並に小さな男が、何とか背を伸ばしたいと、
日夜神に祈ると、ある晩、不思議な童子が夢枕に。

童子は男に、飯、餅、酒を一斗(18ℓ!)ずつ飲食し、
目覚めたあと背伸びをすれば、汝の背は
布団から足が出るくらいにはなるぞよと、妙なご託宣。

男は下戸だったのに、大きくなりたい一心。
命がけで酒をのみ干し、馬のように食らって目覚めると、
アーラ不思議、本当に足がにゅっと布団の外へ。

やれありがたいと狂喜して立ち上がると、背は元のまま。
後ろを振り返ると、寝ていたのは座布団の上。

オチの部分がそっくりですが、この小咄の題は、
しょせん、人には生得の、定められた器しか
与えられないという教訓でしょう。

円生の逃げ噺

上方落語で、東京にいつ移植されたかは、不詳です。

上方の演出では、発端が少し違っています。
道頓堀の芝居小屋に、関取が顔パスの無料で入場。
見ていた二尺二寸の小男が、巨体の陰に隠れて
いっしょに入ろうとし、つまみ出されます。

そこで、男がくやしがって一念発起。
相撲取りになってやろうと決心するわけです。

東京では、大正から昭和初期に
五代目三遊亭円生(1940年没)が得意にしました。
五代目は「デブの円生」とあだ名されたほど、
相撲取りなみに恰幅がいい落語家でした。

戦後は、養子の六代目円生が継承。

客種が悪いときに演じる「逃げ噺」の一つにしていました。

円生は、自身相撲に造詣が深く、
ほかに、相撲ネタの「阿武松」「花筏」なども十八番でした。

二尺二寸の「見果てぬ夢」

類話「小粒」では、ある小男が大きくなりたい一心で
芝山の仁王尊に願掛けします。

すると、仁王さまが夢枕に立ち、
「汝の信心の威徳により、背丈を三寸伸ばしてとらす」
と、ありがたいお告げ。

目覚めて、半信半疑で足を伸ばすと、
蒲団から足がニュッ。
やれありがたやとはね起きると、布団を横にして寝ていた、
というものです。

原話の形には、こちらの方が近いですが、
オチのダメ押しが効いています。

小男がからかわれる噺では、
上方落語「野崎まいり」があります。

野崎まいりの慣習、船上と土手の上の悪口合戦。
船の小男がさんざん悪態をつかれ、くやしまぎれに
「山椒は小粒で、ひりりと辛いわい」と言い返そうとして、
「さんしょは、ええと、ひりりと辛いわい」。

土手の男が、
「やい、教えてもろたんならちゃんと言え。小粒が抜けとるわい」
と言うと、小男、川の中をキョロキョロ探して
「えっ? ど、どこに」

雷電と鍬潟

雷電為右衛門(1767-1825)は信濃(長野県)出身。最高位大関。

松江藩主松平家の抱え力士で、怪力無双、優勝相当25回、

生涯成績は254勝10敗2分14預かり5無勝負、
勝率9割6分2厘。

文化8(1811)年2月、43歳で引退。

全盛時は197cm、170kg。
43、44、38連勝、各一回。

横綱・大関には一度も負けず、生涯10敗は、小結に一敗以外は
すべて平幕・十両相手のポカ負けというところから、
この噺のようなヨタ噺が考えられたのでしょう。

相撲至上最強といわれる、伝説の強豪ですが、
横綱になれなかったのは、
免許を出す吉田司家が外様の肥後・細川家の家臣だったので、
松平家が申請しなかったためと伝えられます。

鍬潟は、もちろん架空の力士です。

江戸時代には、小人力士や巨人力士、子供力士などを
見世物的に巡業の看板にすることはあっても、
実際に割りを組んで、相撲は取らせませんでした。

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コメント

お久しぶりです。^±^

高橋さんの持家というHPは終了したので、今は「高橋さんの写真館」というブログ1本にしました。

そこで「持家」時代のコーナーもぼちぼちと入れてます。
最終的には来年夏辺りまでに90作以上、全部入れる予定です。
とりあえず、「大安売り」という落語を入れました。
同じ相撲のネタということで。

今後ともよろしくです。^±^

投稿: てくっぺ | 2009.01.28 00:46

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