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2006.10.19

首ったけ(くびったけ) 落語

珍しく、遊廓の女がひどい目にあう噺です。

いくら、廓(くるわ)で女郎に振られて怒るのは野暮(やぼ)だといっても、
がまんできることとできないことがある。

惚(ほ)れてさんざん通いつめ、切り離れよく金も使って、
やっとなじみになったはずの紅梅花魁(おいらん)が、
このところ、それこそ、宵(よい)にチラリと見るばかり。

三日月女郎と化して
「ちょいとおまはん、お願いだから待ってておくれ。じき戻るから」
と、言い置いて行ったきり。

まるきり、ゆでた卵で帰らない。

一晩中待ってても、音さたなし。

それだけならまだいいが、
座敷二つ三つ隔てて、
あの女のキャッキャと騒ぐ声がはっきり聞こえる。

腐りきっているこっちに当てつけるように、
お陽気なドンチャン騒ぎ。

ふて寝すると、
突然ガラガラドッシーンという地響きのような音で起こされる。

さすがに堪忍袋の緒を切って、
若い衆を呼んで文句を言えば、
なんでも太った大尽(だいじん)がカッポレを踊ろうと
「ヨーイトサ」と言ったとたんに尻餅で、この騒ぎらしい。

ばかにしゃあがって。

その上、腹が立つのがこの若い衆。

当節はやりかは知らないが、
キザな漢語を並べ立て、当今は不景気でござんすから、
芸者衆を呼んで手前どもの営業隆盛を図るだの、
あなたはもうなじみなんだから、
手前どもの繁盛を喜んでくだすってもいいだの
と、勝手な御託ばかり。

帰ろうとすると紅梅が出てきて、
とどのつまり、売り言葉に買い言葉。

「二度と再びてめえの所なんか来るもんか」
「ふん、おまはんばかりが客じゃない。
来なきゃ来ないでいいよ。こっちにゃあ、いい人がついてんだから」
「何をッこのアマ、よくも恥をかかせやがったな」
「何をぐずぐず言ってるんだい。さっさと帰りゃあがれ」

せめてもの嫌がらせに、
野暮を承知で二十銭ぽっちのつり銭を巻き上げ、
腹立ちまぎれに、向かいの女郎屋に上がり込む。

なじみの女郎がいるうちは、
ほかの見世に上がるのはこれも吉原のタブーだが、
そんなこと知っちゃあいない。

なんと、ここの若柳という花魁(おいらん)が、
前々から辰つぁんに岡惚れで、紅梅さんがうらやましい
と、こぼしていたそうな。

そのご本人が突然上がって来たのだから、
若柳の喜ぶまいことか。

もう逃がしてなるものかと、
紅梅への意地もあって、懸命にサービスに努めたから、
辰つぁんもまた紅梅への面あてに、
毎晩のように通いつめるようになった。

そんなある夜、
たまたま都合で十日ほど若柳の顔を見られなかったので、
今夜こそはと思っていると、表が騒がしい。

半鐘が聞こえ、吉原見当が火事だという。

おっとり刀で駆けつけると、もう火の海。

女郎が悲鳴をあげながら逃げまどっている。

ひょいとおはぐろどぶの中を見ると、
濁水に首までどっぷり浸かって溺れかけている女がいる。

助けてやろうと近寄り、顔を見ると、なんと紅梅。

「なんでえ、てめえか。
よくもいつぞやは、オレをこけにしやがったな。
ざまあみやがれ。てめえなんざ沈んじゃえ」
「辰つぁん、そんなこと言わずに助けとくれ。今度ばかりは首ったけだよ」

【うんちく】

多くの原話の寄せ集め

四代目三遊亭円生(1904年没)作といわれます。

原話は複数残っていて、元文年間(1736-40)刊の笑話本
「軽口大矢数」中の「はす池にはまったしゃれ者」、
安永3(1774)年刊「軽口五色帋(ごしきがみ)」中の「女郎の川ながれ」、
天明2(1782)年刊の「富久喜多留」中の「迯(にげ)そこない」
などがあります。

どれも筋やオチはほとんど変わらず、女郎がおぼれているのを
なじみの男が助けずに逃げます。

女郎は溺れながらくやしがって、
「こんな薄情な男と知らずにはまったのが、口惜しい」
というもの。

愛欲におぼれ、深みにはまったのに裏切られたのを、
水の深みにはまったことに掛けている、ただのダジャレです。

ただ、時代がもっとも新しい「迯そこない」のオチは、
「エエ、そういう心とはしらず、こんなに首ったけ、はまりんした」
と、なっていて、「首ったけ」の言葉が初めて表れています。

首ったけって?

「首ったけ」は、「首っきり」ともいい、
足元から首までどっぷり、愛欲につかっていること。

おもに女の方が、男に惚れ込んで
抜き差しならないさまをいいます。

戦後まで残っていた言葉ですが、
今ではこれも、完全に死語になったようです。

戦後は志ん生の専売

古い速記では、大正3(1914)年の
四代目橘家円蔵のものがあります。

戦後は、二代目三遊亭円歌が演じたほかは、
五代目古今亭志ん生の、ほぼ一手専売でした。

志ん生、円歌とも、おそらく初代柳家小せんの直伝でしょう。

志ん生は、後味の悪い印象をやわらげるため、
女郎に、こんなことを言わせています。

「騒々しいッたってしょうがないじゃァないかねェお前さん、
こういう場所ァ、みんなああいうふうに賑やかなのが、
本当のお客さまなのよ。お金ェ使うから」

図々しいものです。

若い衆には、
「弁解に窮します」
「出るとこィ出まして法律にてらして」

やたら漢語を使わせて、笑いを誘うなどしています。

後半の火事の場面は、自ら25歳のときに遭遇した
吉原の昼火事の体験を踏まえていて、
リアルで生々しいものとなっています。

志ん生から、息子の十代目馬生、志ん朝に伝わりました。

馬生のは、レコードもあります。

最近では、ほとんど手掛ける者がいません。

吉原の火事

吉原遊郭は、明暦の大火(1657)によって全焼。

そのため、日本橋から浅草日本堤に移転しますが、
その後も、明治維新までに平均十年ごとに火事に見舞われ、
その都度ほとんど全焼しました。

小咄でも、
「吉原が焼けたッてな」
「どのくらい焼けた? 千戸も焼けたかい?」
「いや、万戸は焼けたろう」
という、いささか品がないのがあります。

明治以後は、明治44(1911)年の大火が有名で、
六千五百戸が消失し、移転論が出たほどです。

火事の際は、その都度、仮託営業が許可されましたが、
仮託というと不思議に繁盛したので、
廓主連はむしろ火事を大歓迎したとか。

おはぐろどぶって?

おはぐろどぶは、
吉原遊廓を囲む幅約二間(3.6m)の下水。

下水の黒く汚いところを、江戸時代、既婚女性がつけていた
お歯黒に見立てて名づけたものです。

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