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2006.11.03

高野違い(こうやちがい) 落語

ところどころ、古典の知識が試される、ペダンチックな噺です。

出入りの鳶頭(とびのかしら)が店に年始に行くと、
だんなが子供たち相手にカルタをやっている。

鳶頭はカルタなど見たことがないので珍しく、
あれこれトンチンカンなことを言うので、
だんながウンチクをひけらかして、ご説明。

洗い髪で、大層ごてごてと着物を着ている女がいると言うと、
それは下げ髪、着物は十二単(じゅうにひとえ)で、
百人一首の中の右近(うこん)と教えられる。

同じような女が二人いるが、
赤染衛門(あかぞめのえもん)に、紫式部。

赤に紫に黄色(鬱金色=右近)で、
まるで紺屋の色見本のよう。

紫とやらいう女の歌が、
「巡り逢ひて見しやそれとも分かぬ間に雲隠れにし夜半の月かな」

誰かに逢いたいと神に願掛けしている歌だと聞いて
「そりゃ合羽屋の庄太ですよ。借金を返しゃあがらねえ」
「おまえの話じゃないよ」

太田道灌が
「急がずば濡れざらましを旅人の跡より晴るる野路の村雨」

弘法大師の歌が
「忘れても酌みやしつらん旅人の高野の奥のたま川の水」

これは六玉川のうち、
紀州は高野山の玉川の水は毒があるため、
のまないよう戒めた歌だというので、
鳶頭、親分が大和巡りに行くから知らせてくると飛び出す。

「それで、その歌はなんだ」
「忘れても酌みやしつらん旅人の、跡より晴るる野路の村雨」
「それじゃ尻取りだ。下は『たかのの奥の玉川の水』というんだろ」

鳶頭、先に言われたので癪なので揚げ足を取ろうと
「親分、タカノじゃなくてコウヤでしょう」
「同じことだ。仏説にはタカノとある」

またへこまされたので、それではと
「ごまかしたって、こっちにゃ洗い髪の女がついてるんだ。
じゃ、こんなのはどうです?
『巡り逢ひて見しやそれとも分かぬ間に雲隠れにし夜半の月かな』
さあ驚いたろう」
「驚くもんか。それは誰の歌だ?」
「ナニ、着物であったな、鳶色式部だ」
「鳶色式部てえのはない。紫だろ」
「紫と鳶色は昔は同じだったんで。これは仏説だ」
「そんな仏説があるか。大変に違わあ」
「へえ、そうですか。それじゃ紺屋が間違えたんでしょう」

【うんちく】

国文科を出ても? わからない噺

古風な噺で、和歌の教養がないと、
今ではよくわからないでしょう。

原話は、文化8(1811)年ごろ刊行された、
初代三笑亭可楽(1833年没)作の噺本「種が島」中の「源氏物語」です。

無知な男が、和歌の解釈を聞きかじって、
トンチンカンなひけらかしで失敗するパターンは現行通りです。

原話では紫式部の歌でなく、謡曲「源氏供養」にある、
式部が石山寺の観音の化身だという伝説から、
「鳶色式部」を出しています。

サゲは、弘法大師(高野山)と太田道灌の歌の上下をとり違えたのと、
「紫(色)」と「鳶(色)」の間違いを掛け、
色→紺屋(こうや)の連想から、紺屋=高野の
ダジャレオチとしています。

原話のオチは、
「ナアニ、おれがそそっかしいのじゃアねへ(え)。ぜんてへ(え)、
せんに(=だいたい、前に)高野で間違った」
というもので、むしろ、こちらの方がいくらか
分かりやすいかもしれません。

紺屋の色見本

紺屋形ともいいます。
今でもある、服地のサンプルまたはカタログですね。

紺屋は、初期は藍で紺色を染めるだけだったのが、
のちに染料の進歩により、様々な色の染物ができるようになりました。

特に紺屋の女房になった、吉原の六代目高尾太夫考案の、
浅黄色の早染め(かめのぞき)は評判になりました。

かめのぞきについては、「紺屋高尾」(アップ済)をごらんください。

オチは、高野山・弘法大師の歌の間違いに、
そそっかしい紺屋が、色見本を見ても紛らわしい紫と鳶色を
染め間違えたことを掛けてあるわけです。

六玉川って?

六玉川(むたまがわ)は、歌枕に詠まれる全国の六つの玉川のこと。

山城の井出の玉川
摂津の卯の花の玉川
近江の野路の玉川
陸奥の野田の玉川
武蔵の調布の玉川、
紀伊の高野の玉川

高野の玉川は、高野山奥の院・弘法大師廟のそばを流れる川です。

川水の毒については、噺の中でだんなの解釈する通り、
弘法大師のこの歌が載っている「風雅和歌集」の詞書に、
「高野奥院へまゐ(い)る道に玉川といふ(う)河のみなかみ(=上流)に
毒虫の多かりければ、この流れを飲むまじき(飲んではならない)
由(よし)を示しおきて後よみ侍(はべ)りける」
とあって、実際に中毒の危険を示唆しています。

高野山には女人禁制であったため、
「毒水を飲む気づかひは女なし」
という川柳もありました。

ただし、別の説では、
名水をいたずらに酌むなという教訓が
のちに「毒水」と誤伝されたものともいいます。

鳶色式部って?

鳶色(とびいろ)は、鳶の羽色の茶褐色のこと。
布地では、「鳶八丈」を指します。

鳶八丈とは、鳶色の地に、黒または黄の格子縞の着物です。

明治中期に、袴の色から、
女学生の異名に用いられたこともあり、
あるいは、それもかけられているかもしれません。

名人・円喬のオハコ

古くから口演された江戸落語で、
明治28年の四代目橘家円喬の速記が残ります。

円喬はこの噺を好み、よく高座に掛けたようです。

名人の名を後世に残しながら、ややキザで
教養をひけらかす臭みがあったという、
この人が好みそうな噺でしょう。

戦後は、三代目三遊亭金馬、二代目三遊亭円歌という、
兄弟弟子だった二人が、ともに手掛けました。

金馬、円歌とも、速記・レコード(CD)を残しています。

金馬は、大衆に愛されながらも、「やかん先生」とあだ名され、
やはりペダンチックなところが嫌われもしました。

このような古ぼけたうんちく噺は、
円喬や金馬のように、才気ばしった落語家でないと
衒学趣味だけが鼻につき、さまにならないのかもしれません。

現在は、ほとんど演じられていません。

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