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2007.01.07

万病円(まんびょうえん) 落語

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ろくでもない奴の、脅しのテクニック集です。

悪侍の行状記。

その1。

湯屋にて、湯船の中で、
自分の褌ばかりか、女房の下袴まで堂々と洗濯。

ほかの客から番台に苦情が出て、
湯銭をみんな返させられるので、
困った親父が恐る恐る抗議すると、
きさまは番台で男客の○○や××を預かるか
と逆襲。

アレは切り離せないから預かれない
と言うと、
正物は平気で湯につけているのに、
それを包む風呂敷である褌を洗うのがなぜいけない
と屁理屈で逆ネジ。

帰りしなに、わざと五両中判を出し、
釣りを出せと無理難題。

まんまと湯銭を踏み倒す。

その2。

居酒屋にて、肴をいろいろ聞いて、
番頭が
「後は蟹のようなもの」
と答えると
「じゃ、その『ようなもの』をくれ」

蛸も海老も茹でると赤くなると聞いて
「それじゃ、稲荷の鳥居は茹でたのか?」
などとからかった挙げ句、
「どうだ、蟹代あんこう代鱈の四文なり
(=「紙代判行代でただの四文なり」という読売瓦版の売り立て文句)
というのは?」
と、しゃれでケムにまき、
番頭がだまされて承知したのをタテに、
支払った代金は三品取って、酒代と合わせてたった八文。

文句を言うと
「値段を決めておいてそれが成らんとあれば主人をだせ。
刀の手前容赦はできん」
とすごんだ上、町奉行所に訴え出ると脅し、
まんまと飲食代を踏み倒す。

その3。

菓子屋にて、小僧をつかまえて、
饅頭の蒸籠の上で褌を干させろ
と無理難題。

金鍔を猫の糞、餡ころ餠を馬糞などと汚いことを言ってからかい、
小僧が、一つ四文の積もりで
「餡ころ餠はいくつ召しても四文で」
と言ったのを、あちこち食い散らして都合十個食い、
「いくつ食っても」と言ったのだから全部で四文だ
と強弁。

「一つ四文ならなぜそう申さん。
フラチな奴だ。主人を出せ。らちが明かなければ裁判を」
とコワモテ。

まんまと饅頭代を踏み倒す。

その4。

古着屋にて、袷の綿入れの値段を聞くと、
掛け値なしの三両二分。

これを一分一朱に負けさせようとしたが、失敗。

サンピン、盗ッ人、団子、屁でも嗅げ
と親父の悪態を背に退散。

これで三勝一敗。

その5。

紙屋にて、例によって
「疫病神はあるが、疱瘡神はどうだ」
と攻撃をしかけ、
「風の神は」
と聞くと
「ございます」

扇を出され、
「開かねば扇も風の蕾(つぼみ)かな」
という句で切り返される。

ここは薬も売っているのに目をつけ、もう一勝負。

万病の薬と張り紙があるので、
「病の数は四百四病と心得るが、万病とは大変に増えているな」
「子供の百日咳を入れると五百四病で」
「そろばんを貸せ。五百四病だな」
「殿方の病で疝気(せんき)を入れると千五百四病」
「なるほど」
「ご婦人の産前産後もあれば、脚気肥満(=しまん、四万)もあります」

【うんちく】

噺のなりたち 1

各部分で原話が異なります。

湯屋と菓子屋のくだりは不明ですが、
居酒屋の部分は文化3(1806)年刊、
十返舎一九作の咄(=落語)本・
「噺の見世開」中の「酒呑の横着」。

この部分は昭和期に、三代目三遊亭金馬が
「居酒屋」として独立・改作し、
大ヒットを飛ばしました。

次の古着屋くだりは、上方落語の「ないもん買い」の踏襲で、
原話は安永5(1776)年刊「立春噺大集」中の「通り一遍」、
紙屋の方は、同2(1773)年刊「千年艸」中の「紙屋」です。

このうち、前者の原話では古着屋の代わりに
道具屋と竹細工屋がなぶられ、
後者の紙屋のオチは「風の神なら、おくりやれさ(=送れ)」
と言って踏み倒します。

噺のなりたち 2

この噺の核になる、最後の薬屋のくだりは、
貞享4(1687)年刊の笑話本「正直咄大鑑」中の
「万病錦袋円」が最も古い形です。

これは、下谷・池の端の「くわ(か)んがくや(屋)だいすけ」
という江戸名代の薬屋で、「錦袋円(きんたいえん)」
なる万病に効く霊薬を売り出したところ、
浪人がゆすりにやって来る設定。

「四百四病」の言いがかりはそのままで、
機知のある店の若い者が、
「あなたのような御浪人さまにも『臆病』という病はあるはず」
と、切り返すところが異なります。

宝暦5(1755)年刊の「口合恵宝袋」中の「万病円」では、
京都・二条の薬屋で「十三味地黄丸」の看板を見た男が
「地黄丸(造血・強精剤)は六味か八味のはず」
と、因縁をつけるところから始まり、
主人が「あまり売れないので五味(=ゴミ)がかって十三味」
と、撃退されます。

その後、やはり「万病円」と四百四病の問答から、
疝(千)気→腸満(=万)でオチになります。

文化4(1807)年刊「按古於当世」中の「もがりいいの侍」を経て
天保15(1844)年刊の「往古噺の魁」中の「ねぢ上戸」では、
さらにシャレが豊富になり、「百日咳」「産前産後」「脚気肥満」
と、より現行に近くなっています。

いずれにしても、他愛ないダジャレの応酬で、
「一目あがり」同様、だんだん数が増えていくだけのものなので、
落語家がそれぞれシャレを工夫して、付け加えたものでしょう。

類話といえる上方の「ないもん買い」が
幕末の桂松光の楽屋ネタ帳「風流昔噺」に記載されているところから、
この噺も、やはり幕末から明治初期に、
最終的にまとめられたと思われます。

五両中判って?

浪人が湯屋で、ゆすりの小道具に使います。

あまり聞きませんが、天保五両判金のこと。
天保8(1837)年から安政2(1855)年までの十八年間、通用しました。

大判十両と小判一両の中間ですが、
なぜこんな大金を浪人風情が持っていたのかは、?です。

ゆすった金か、さもなければ、ニセ金かも知れませんね。
もし、金に困っていないのなら、この男、
純然たる「愉快犯」ということになります。

金馬以後はやり手なし

「侍の素見(ひやかし)」と題した、
四代目橘家円喬の速記(明治29=1896年)が最古です。

短い噺なので円喬は、昔は侍がどれだけいばっていたか、
というテーマの小咄を、マクラに二題振っています。

オチの「脚気肥満」は、江戸っ子が「ヒ」を「シ」と発音することから、
「ヒマン」→「シマン(=四万)」 としたダジャレで、
円喬の工夫かもしれません。

戦後では三代目三遊亭金馬と六代目三升家小勝が得意とし、
速記は両者、音源は金馬のもののみが残ります。

金馬は、この噺に居酒屋が登場するため、
同題の自身のヒット作との縁で、よくこちらも
高座に掛けていました。

東京では最近は、ほとんど聞かれません。

また、金馬は、原話の「万病円」や、上方のオチにならって
「一つで腸満(=兆万)があります」と、サゲていました。

上方の「ないもん買い」

現在でも、笑福亭仁鶴などが得意とするネタです。

東京と異なり、なぶりに来るのは、タチの悪い町人です。
最初に古着屋で、三角の布団や袷の蚊帳を出せと
無理難題を言ったあと、魚屋で「『めで鯛』をくれ」。

けんかになったところで仲裁が入り、
「おまえもたいない(=他愛ない、大阪弁)やっちゃな」
「いや、タイがあったさかいに、こんな目におうた」
と、オチになります。

古くはこのあと、「万病円」につなげることも。
その場合、オチはやはり「たった一つで腸満」でした。

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